4半世紀ぶりの訪問

に24年ぶりのハノイ再訪である。

 

1992年以来ということになる。当時は日本から直行便はなく、
行き帰りはバンコク経由しかルートがなかった。

ビザの手続きもベトナム商工会議所が一元的に管理しており、
全行程に現地のガイドの同行が義務付けられていた。

入国時は、荷物検査がやたら厳しく、
蒸し暑い税関を通過するのに2時間くらいかかったことを
覚えている。

 

そして月日は流れ、2016年
  
   

日本の援助で建てられたのだろうか?
ハノイ・ノイバイ空港は、日本の施設と見間違えるかのような外観と内装のとても近代的な空港ビルに変貌していた。
  

 

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今やイミグレや通関のスムーズさは、日本のそれを凌ぐかのよう・・・。

 

でも出迎えゲートの人混みとムッとむせ返るような熱気は当時のまま。

 

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空港から出迎えのバスに乗り、そのまま近郊の
タンロン工業団地」を視察した。
   

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ここは日本の商社が開発した北部ベトナムを代表する工業団地である。

 

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そのほとんどが日系企業で、錚々たる大手メーカーが整然と軒を連ねている姿は、
さながら30年前の大連や広東、江蘇などの経済特区や保税区を思い起こさせる。

   
企業のアジア展開も多様化している。

 

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先行モデルがあって、後発者が追いつくスピードは、
予想をはるかに超える速度で進み、そして過ぎていく・・・。

 

 

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エイヤッ!と飛び込んだイスラム食堂で、アツアツ、サクサク、モチモチを体験

観光客でごった返すサルタンモスクを早々と離れて、
横丁を入ると、どうも食堂街のような風情。

 
 
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賑やかな声と共に、辺り一面、エスニックな香りが漂ってくる。
 
 
 
 
通りから窓越しに厨房が覗ける。
 
 
小麦粉をパーム油だろうか油で練った生地が積み重なって見える。
 
 
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その生地を広げて丸い鉄板の上で焼いている。  
 
 
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卵や具材を載せて、手際よくヘラで何層にも折りたたんでゆく・・・。
 
 
  よしッ!  これに決めたッ!
 
 
空腹に勝てず、このピザのような食べ物に挑戦することにした。
 
 
ドアも仕切りもない、通りにオープンなこの店、
客でごった返していて、しかもムスリムの人たちばかり。
 
 
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入るのにちょっと躊躇したが、
そこはイスラムを肌で感じる、と決めていたので
意を決して中に入ったら、意外にあっさりと席に着けた。
 
 
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マスターのような恰幅のオヤジさんが、
細長いヘラを上手に扱って焼いてる様子は
いつまで見ていても飽きることがない。
 
 
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ガラスには、“HALAL"の文字が。
 
 
今、日本で多くのビジネスマンが注目している認証マークである。
 
 
 
 
ずっと見ていたこの食べ物
ムルタバ(Murtabak)というらしい。
 
 
 
中の具材がチキンやサーディン、鹿肉なんて色々あるが、
僕は、王道のマトンを注文した。 
 
 
ハラル食材を使った料理だというだけで楽しみだ。
 
 
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待つこと数分。あっという間に出てくる。
 
 
無言、無表情の給仕も気になることはない。
 
これも異文化体験の1ページ。
 
 
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思ったほど大きくはないが、
目の前で、デーンと大きな存在感を示してくれる。
 
鼻先に、プーンと小麦粉が焼けた香ばしい香りが
食欲をそそる。 
 
 
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卵と羊肉の他には、タマネギとニンニクなどの香味野菜、それに複数のスパイスが生地に織り込まれている様子だった。
 
 
外皮はサックサク、中はモッチリとした食感は
見た目を裏切らない絶品もの。
 
 
焼き立ては本当に旨い。
 
 
具材の甘みが、口の中に一気に広がる・・・。
 
 
 
イスラム凄し!
 
 
 
テーブルに一人で座っていた僕は、
   
こういう異文化体験では、
不思議と「相席にならないかなあ」なんて
日本じゃ考えられないことをふと思ってしまう。   
 
 
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そうしていたら、見事に熟年のカップルが
隣に座ってくれて、ラッキー。
 
 
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アイコンタクトを取ったら
いろいろ観察させてくれたし、
何よりもイスラムの雰囲気に
ひとりどっぷりと浸った気にさせてくれる。
 
 
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こんな感じ。
 
 
 
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ムルタバには、味が単調にならないよう
カレー味のソースが添えられている。 
 
 
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これをチョイとかけると
また格別の食感が生まれる。
 
 
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米食文化も奥深いが、粉食文化もまた多様で面白い。
 
 
中国の焼餅(シャオピン)も似たような一品で、
数多くのバリエーションがある。 
 
 
 
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このムルタバのお決まりの付け合せは、甘めのチリソースがかかったキュウリらしい。
 
パサパサなんだけれど、食べるとサッパリとして
また食感が回復する。
 
 
 
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ほかにも様々な惣菜があって、興味をそそられる。
 
 
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お腹も満ちて、また元気が出てきた。 
 
 
 
次の面談に向けて、
賑やかだけど、どこか律儀な雰囲気漂うこの街を後にした・・・。
 
 
 
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太陽と月と星と

ふと気が付くと、目の前に

サルタン・モスク(Masjid Sultan/蘇丹回教堂)がそびえていた。
 
 
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金色のドーム様が印象的な立派な建物は
1824年に建造された星港最大最古の回教寺院である。
 
 
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アラブ人街のランドマーク的な存在で
あまりにも有名な観光拠点であるから
多くを語る必要はあるまい。
 
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イスラムを象徴する三日月。 
 
 
我が国が太陽の恵みを感謝し
日の丸を国旗にデザインしているのに対して、
イスラムではなぜか三日月と星である。
 
暑い砂漠のある国では、
夜間を照らす月や星の方が
信仰の対象になるのだろうか?
 
   
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ドームの頂点にもちゃんと三日月と星とが
    
 
 
そう言えば、シンガポールの国旗も
マレーシアも、トルコやパキスタンなど
多くの国の国旗は、三日月と星が
デザインされているぞ。
 
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シンガポール国旗
 
 
Photo
マレーシア国旗
 
    
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しばらく歩いたためか、
なんだかお腹が空いてきた・・・。
    
 
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ぶらり アラブ人街 街歩き

モスクを出て、出来るだけ生活臭のある住宅街に身を浸してみようと、勘を頼りに歩き出す。

 
     
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そこには、マレー系かインド系か区別はつかないが、
美しい褐色の肌を持つ人々の生活の場が垣間見えた。 
 
    
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とはいえ、狭いシンガポール。
 
 
なんとなく人ごみの多い賑やかな通りが現われた。
 
 
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アラブストリート
 
 
どうやら、この界隈は、
アラブ系繊維関係の問屋や店舗が集まる地域らしい。 
 
 
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色とりどりの衣装や生地が目に飛び込んでくる。
 
暑い地方では、全く違和感がない。
 
 
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僕はアパレル関係のビジネスのお手伝いもしているから、興味津々。
 
 
 
もっと時間があれば・・・。
 
 
これだから寸暇を惜しんでの街歩きはやめられない。
 
 
 
    
街行く人も本当にオシャレになった。
 
 
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ムスリム女性は、外では肌を晒さないため
ヒジャブ(星港での呼称は不明)と呼ばれるスカーフを頭に巻いているが
その形も覆い方も千差万別。
 
  
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ますますファッショナブルになっている。
 
暑い地方では、さぞ蒸し暑いだろうに、と
他人事ながら心配するが、
生地の風合いもあるし、直射日光を避けられるので
むしろ理に適った衣装なのである。  
 
 
最近は日本女性も紫外線対策に
夏の盛りに肌を覆う人も増えていることからも分かる。
 
 
 
中東のイスラム諸国に多いカンドゥーラと呼ばれる男性の白い衣装や、アバヤと呼ばれるムスリム女性をすっぽり包む黒い衣装の生地は、日本製の人気が圧倒的に大きいことは、つとに有名だ。
 
 
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UAE・ドバイのショッピングモールで  2009年2月
 
 
 
僕も1984年から北陸の織物メーカーの支援で、中東向けのアバヤを中国で生産して輸出するという投資プロジェクトのサポートに、重慶市郊外に工場を作るべく、何度も通った経験がある。
    
    
重慶の田舎では、習いたての標準中国語が全く通じず、二重通訳は当たり前で、時に北京から来た中国人にも解せず、三重通訳という場面もあったことを懐かしく思い出す。   
 
 
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星港に住む、観光にやって来るムスリムの人たちの
衣食住が急速に豊かになった
ことを改めて実感した。 
 
 
 
 
なんて、いろいろ思いに耽りながら歩いていたら、
いつのまにか賑やかな観光地が現われてきた。
 
 
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星港のモスクで袖触れ合った老人から感じとったイスラムに対する視座について考える

近、イスラム商圏への関心が高まっている。

 
 
 
ここは星港 シンガポール
 
 
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リトルインディアと呼ばれる地区の外れの一角。
 
 
 
イスラム諸国やインド向けに
ニッポンを売る!”可能性について情報を得るために
現地系の問屋さんを訪ねた。  
 
 
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話を聞いてみると、
やはり中途半端な取り組みではとても対応できない。
                
しっかりと己れを識り、イスラムの文化、商習慣や現場の事情を理解してからでないといけないと痛感。
 
 
 
 
商談が終わって時間があったから、どこか訪ねてみようと
近くのムスリム施設を訊いたら、教えてくれたのが、
ここ Abdul Gafoor Mosque (アブドゥル・ガフール・モスク)である。
 
 
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1910年に建立されたというこのモスク、
緑色と象牙色のコントラストが見事な外壁がとても印象的だ。
 
 
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しばし見入っていると、
ベンチに腰を掛けていた初老の回教徒らしい叔父さんに呼び止められて、 
    
「まあ、ここに腰掛けろや」
   
とでもいう風に手招きされた。
 
 
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僕も何も警戒することはなかったので、
躊躇なくベンチに座って、辺りを眺めることにした。
 
 
 
その間、この叔父さんは、僕の方を見て、何やらずっと話しかけてくる。
 
 
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もちろん何語とも解らないから、愛想だけ振りまく。日本人特有のアレだ。
 
 
叔父さんの柔和な顔を見て、穏やかな声を聴いていると
こちらの心がなぜか癒されてくるような感覚がしてくる。
 
 
何か説教か法話でも聞かされていたんじゃなかろうか。
 
世間話では無かったように思える。
 
 
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と、そこに知り合いと思われる別の男が現われ、
僕のことなど始めから知らなかったとばかりに
二人は会話を始めた。
 
 
 
とても穏やかな時が流れる・・・。
 
 
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僕は一体どのくらいベンチに腰かけていただろうか?
 
 
 
ふと見ると、叔父さんは、荷物を抱えて帰って行くところだった。
 
 
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仙人のようでもあったけど、そこはやはり市井の
温和で、ちょっぴりお節介焼きな、人なつこい老人だったに違いない。
 
    
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僕は、イスラムに対する理解のほんの入り口に立っただけだが、
深い信仰に生きる人の大部分は、こんな普通の生活者なんだ
当たり前なんだけど、改めてそう感じた。
 
     
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ニュースをひねると、イスラム国やら、シリア惨劇など、中東アラブ諸国の過激なテロ事件ばかりが報道されている。
 
欧米の価値観や中国の秩序維持というような超大国の論理とは別の視座を持つべきだと思う。
 
 
とりわけ全世界に拡がる多様なイスラム圏に対する理解の妨げにならないよう、自戒の念を込めて、これからは先入観を廃し、敬意と相互理解の信念をもって向き合っていきたい。
 
 
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靴を脱ぐ。ある種日本の文化にも共通するけじめの文化。我が国の禅宗には更に脚下照顧し、履物をそろえるが、逆にムスリムには日本にはない掟やマナーも沢山あるに違いない・・・
 
 
モスクの中に入ると、そこには神聖で静寂な礼拝の空間が広がっていた。
 
 
 
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時間の許す限り、イスラムを感じよう。」  
 
 
そう思って、僕はモスクを出て、
住宅街の中に足を踏み入れて行った・・・。
 
 
 
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47番目がトップに躍り出る時

本で47番目に有名な県

 
 

島根は日本の領土です
 
 
人はいませんが・・・神様はたくさんいますよ
 
 
などと自虐的なフレーズでカレンダーを作った
島根県が、今、元気がいい。
 
 
その1
出雲大社の平成の大遷宮効果で、昨年の
観光入込客延べ数が3474万人と前年比755万人と大幅に増加。
日銀松江支店によると、
経済波及効果が344億円と予想値を大幅に上回った。
 
 
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その2
皇室の高円宮典子さまと出雲大社禰宜の千家国麿氏が
正式に婚約された。
 
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先日島根を訪ねた時も松江駅には大きな看板が
 
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その3
先日の全米オープンテニスで松江出身の錦織選手が準優勝して日本中を沸かせたことは未だ記憶に新しい。
 
 
 
などなど、今、島根県には追い風が吹いているかのよう・・・。
 
 
 
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確かに、今年4月1日現在の島根県の人口が
初めて70万人を下回るという厳しい数字が出て、
危機感も広がっている。
 
 
 
でも、僕も足かけ5年、島根に通い
全県を巡回させて頂いているが、
確かにここ数年、とても元気がいいような気がする。
 
 
 
海外販路展開でも、
ボタンの花、コメ、日本酒、瓦などは
早くから全国のモデルとなる程の積極的な展開を見せている。
 
 
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松江で観た見事なボタンの花にウットリしてしまう
 
  
また、西日本では珍しくロシアやEU向けの海外展開意欲が強い事業者が多く、すそ野も広がっている。
 
 
 
知れば知るほど奥深い魅力を見せてくれる島根は、その歴史や自然と共に、心地良い距離感で迎えてくれる島根県人の温かさも加わり、どこまでも興味が尽きることはない。
     
 
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海外で、仕事以前に大切な心がけを再確認する

今、巷間騒がれている話題の一つに
デング熱の全国的な流行がある。

 

   
11日の厚労省の発表によると
15の都道府県で計105人の感染者が
報告されているという。 (時事通信社)

 

 

このデング熱、僕らのようにもう30年も前から
頻繁に東南アジアに出張する者にとっては
基礎知識として誰でもが知っているべき熱帯感染症の一つである。

 

香港でもずっと以前から街中のいたるところで
デング熱や日本脳炎に注意するよう呼びかける
横断幕やポスターが貼られている。
      

                                                        
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都心の街市(マーケット)の壁面にも、このように大きな横断幕が。  -香港

 

  
登革熱がデング熱のことだ。日本脳炎もここでは患者が発生する。
共に蚊が媒体になって伝染するのだ。

 

  
日本では、インフルエンザのA香港型なんていうが、
香港の方では、日本脳炎が伝染病として恐れられている。
別に反日とは関係がない。

 

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シンガポールの街頭でもデング熱の注意喚起が  (今年2月)

                                              
                    

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蚊が発生する溜まり水をつくらないこと  罰金もあるとか

        

2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)
何度か発生した鳥インフルエンザの時は
香港や台湾、中国、ベトナムでは死者も出た。

 

僕はその時、決死の覚悟をして現地に行ったが、
未知の伝染病と命がけで闘う医師や看護師が
野戦病院と化した屋外で、
必死の形相をして治療にあたっていた光景は、
今でも脳裏に焼き付いている。

 

幸いデング熱は、きちんと知識を持っていれば
パニックに陥ることはない。

 

   
どんな症状があり、どんな経過をたどるのか?
特効薬やワクチンは?免疫はどうなるのかなど
情報を仕入れておくことは大切だ。

 

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九龍公園で

 

蚊に刺されないようにすること。
                      

疲れ過ぎないようにして、免疫力や抵抗力、体力などが落ちないよう注意すること。

 

暴飲暴食や冷たく冷えたものを食べすぎないこと。

 

生水、生卵や
生煮えの貝類や甲殻類は口にしない。

 

   
睡眠をよくとること。

 

 

少なくとも仕事で渡航している以上、
体調管理には気を付けることを本能的に対応する力を持っていなくてはプロフェッショナルとは言えない。

 

 

            
2004年に中国衛生部(厚労省に相当する)大臣と面会した時も
当局の情報として、わかっているだけで約200近くの風土病が各地にあるという。

 

その中には狂犬病やコレラなども含まれる。
            

 

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大都会ではネズミの媒介する伝染病も恐ろしい     香港にて

 

ほかにアジアでは広く性病や流行性肝炎なども本当に怖い。
   

専門の医師の話によると、
抗生物質が効かない新たな耐性菌が次々と出てきているそうなのだ。

 

              
これだけ日本人も頻繁に東南アジアや中国大陸に行き来する時代になったが、僕は毎回随行する際は、出発時にメンバーには、犯罪治安とともに自己責任で身を守ることを警告することにしている。

                                   
      

これは仕事以前の命にかかわる大事だからである。

 

        
表面上は日本と変わらない都会でも、見えない悪魔が潜んでいることを強く肝に銘じてもらいたい。 

 

             
日本人は商談だけでなく、多くのことであまりにも無防備な人が多すぎる。

中部ジャワ地方の奥深い味を堪能し、インドネシア料理に対する認識が変わった(その3)

続いて僕が触手を伸ばしたのは

温かいスープ料理である。
 
バリ島などインドネシアの一部では
食事は朝の一度だけ作り置きをして
三度に分けて食べる家庭もあると聞いたことがあるためか
アツアツの炒め物や鍋物、汁麺などあまり見かけない。
 
暑い地域とはいえ、熱い料理も恋しくなるもので
温度もまたバラエティー感を感じる大事な要素だと思う。
 
 
そこで所望したのが、
TENGKLENG KAMBINGというラムの骨付きリブのスープだ。
 
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しっかりとコク味の強いラムのスープだが、
揚げたエシャロットや刻んだリーキ(ポロ葱)などの香味野菜や
スパイス・ハーブがしっかり味のバランスを補っていて
ホッとする絶妙な一品だった。
 
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昔は天秤棒を担いで売っていたのだろうか?温めて供してくれる
 
 
得てしてこの種の料理は、羊臭かったり、香料が強すぎて
閉口することが多いのだが、全く僕のストライクゾーンだ。
 
ジャワ風おすまし というところか。
 
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なんか中部ジャワの料理ってホッとする味、癒される味なのかなと
ひとりで勝手に得心してしまった。
 
 
また、中部ジャワの代表的な料理なんだそうだが
GUDEG BU AYU (グドゥッ)を食した。
 
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これは、世界最大のフルーツと言われている
ジャックフルーツ(現地ではナンカ、和名は波羅蜜)
若い果肉と鶏肉、ココナッツミルク、牛皮などを煮込んだ料理。
  
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ジャカルタの屋台で見かけた巨大なジャックフルーツ
 
 
これも味のメインは椰子砂糖で甘口だが、
噛みしめるほどに口の中に豊かさが拡がるような味わい。
 
ここでしか味わえない逸品でございました。
 
 
ジャワ料理のフルコースにも似た品々を味わい、
それらを支える食材、副材に思いを馳せる。
 
スパイス、ハーブ、調味料を眺めると
その一端を垣間見ることが出来る。
 
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主役級の調味料の椰子砂糖(パームシュガー)をはじめ
クローブ、クミン、ショウガ、タマリンド等のスパイス、
レモングラス、エシャロット等のハーブ類が脇を固める。
 
 
またこの国の料理に欠かせないのが、
サンバルソースだ。
 
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唐辛子をベースに、ニンニク、タマネギ、トマト、エビの発酵品などを煮詰めて作る
 
 
毎回食事のお伴に登場するけれど
これまではあまり深みのないものだと思っていたが
今回は地方やメーカーによって味が違うことが解るに至り
その奥深さの一端を知った。
 
 
もしかしたら、人間と同じように
異文化の料理を理解するのにも
思い込みや伝聞を廃し、
時間をかけながら興味と関心をもって
素直な気持ちで向き合い続けることが大切なのかもしれない…。
 
 
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(次回に続く)