今、シンガポールに来ています。
今回は特別にとっても素敵なメンバー10数名とご一緒です。
とってもエキサイティングで、実り多い現地視察となりました。
シンガポール名物チキンライス(海南鶏飯)
<日本の農林水産物の輸出、海外展開><新時代の地域活性化><アジアとの新連携>を目指し、 海外に向けてニッポンを売り込み、地方の元気作りを支援する行動派コンサルタントの奮闘記
マカオ編をアップしている間、
実はこの一週間、初めて訪ねるある国に行っていた。
すっかり虜になっちまった・・・。
これからお見せする写真で、
ここがどこだか当ててみて欲しい。
答えは、次のエントリで。
とは言え、また今日から2週間の長丁場で海外を渡り歩くので
いつアップできるか定かではありませんけど・・・。
まだまだあちこちで建築ラッシュは続いていた・・・
あちこちから豊富な農産物が「集まって」来る
本物はやっぱ違う・・・
さすがフュージョン和食の雄 !!
この地域の特産と言えば、これでしょう
ワッッ!目の覚めるような美貌!!
でも、この国に美人が多いかどうかは「見るだけでは」解からない!?
地元グルメも「向学のため(!?)」堪能してきましたよ
あった あった!! 福岡産「博多あまおう」がここでも大人気
(前回から続く)
マカオと来ればお決まりのシンボル的観光名所 “聖ポール天主堂跡”(大三巴)。
マカオのシンボル大三巴
まだ旧正月休暇中とあって、香港やマカオの地元はもとより中国大陸や台湾・東南アジアからの観光客でごった返していた。
人、人、人・・・。
やはり中国は、人の活気こそが社会発展の原動力だと改めて感じる。
社会主義だろうが、市場主義だろうが関係ない。
マカオ名物、味付け乾し肉(猪肉乾)
ご存知“エッグタルト”もマカオ名物
マンパワーの発露こそ、厳しい自然や社会を逞しく生き抜く絶対唯一のエンジンだ。
カジノでの勝ち方なんかじゃなく、
青年時代の多感な僕が、多くの広東人から学んだ絶対法則でもある。
自分の力で生きていく・・・。
当たり前のことが今、身に沁みる。
自分の足で立って、歩け!と広東人に教えられた
とはいえ、もちろん巨大な新設カジノにも足を向ける。(テヘヘ!)
「ベニス人の家」
なんともバブリーな、そしてかつて東京にも乱立したような短絡的欧米テイストの張りボテお伽の館だった。
でも豊かさを知り、そして海外に目を向け始めた圧倒的な新興層にとってはたまらないコンセプトなのだろう。
なんと館内に運河が仕付けられ、ゴンドラが・・・
ああ
僕ら日本人だって笑えないはず。長い事ずっとそうだったんだもの。
カジノ場も、昔のような辛気臭くアウトサイダーな雰囲気は微塵も感じられない。
欧米のカジノのような社交場とはではいかなくても、十分に明るい、健全なアミューズメントパークになっていた。
もう10年以上もギャンブルした事がなかったため、かつて腕を鳴らした秘匿のノウハウを思い出す間もなく、限度に決めた香港ドルがボードの露と消えてなくなるのに数分とかからなかった。
さわやか以前のあっけらかんとした感慨だけが胸のうちに残った。
早々とカジノフロアを抜け出し、ショッピングモール、イートインコーナーを散策した。
いよいよ中国にも新中間層の消費文化が始まったなと妙に実感。
カジノで失った情けない想いに比べて、
何百倍、何千倍のショックでもあった。
(次回に続く)
中国の四字熟語で、滄海桑田を知っている人は
結構「漢語通」かも知れない。
見渡す限りの大海原が、
あっと言う間に桑畑に生まれ変わっているということで
世の移り変わりが激しいことの喩(たと)えである。
前回いつ来たんだっけと忘れてしまったくらい、何年かぶりに
マカオ(澳門特別行政区)を訪れた。
1980年代、サラリーマン時代に出張で香港に立ち寄った際、
しょっちゅう上司の目を盗んで、深夜こっそりホテルを抜け出してジェットフォイルでマカオに出向き、夜通し地元のギャンブラーたちに混じってカジノに耽ったり、漆黒の街を散策するなどして、明け方、またこっそりと香港に戻り、翌朝何気ない顔をして仕事を続けていたものだ。
20代の若い時はそういう離れ業ができたのだ。
ちなみに僕はバカラ(百家楽)が得意だった・・・。
いや、そんな話題ではない。
マカオと言えばそのカジノか、せいぜいポルトガル植民地風の街並み観光だけだった小さな小さな暗黒の別世界だった処が、
まさか「ニッポンを売る!」ターゲットとして、この地に踏み入るとは予想だにしなかった。
1999年にポルトガルから中国へ返還されれば、
真っ先にフェードアウトされるはずだと思っていたのに。
旧正月の華やかな飾り付けが目に焼きつく
恐るべし中国人の柔軟なるリアリズム。
人民共和国にだって公認カジノ群はあるのだ。
今や、あのアジア一の経済優等生であるシンガポールまでもが
カジノを建設する時代なのである。
マカオでもまだ建設中のカジノがある
香港からの高速艇を降り立った途端、
すでにかつての面影は全く無し。
まさに、滄海桑田である。
いにしえの四字熟語が今、現実の姿として目の前に広がる。
一体ここはどこなの?
僕が、誰にも教えたくないと秘めやかにしていた
あのディープスポットはどこに行っちゃったんだろう?!
でも、そんな惜別の思いに浸る間もなく、
新生マカオのタウンウオッチングに俄然興味をそそられた。
僕も結構、無責任に新しい物好きなのである。
この悲しい性分は今さら変えようがない。
(次回に続く)
久々のアップとなってしまった。
申し訳ありません。
弁解をすれば、
実は新年明けて1月6日より毎週、海外に一回、国内に一回と出張を繰り返しており、海外には駆け足で延べ9都市を周り、金融危機後の経済動向、旧正月商戦の推移、新たな注目すべき動きなど情報の収集・発信をしている。
この活動を4月中旬まで続けるつもりである。
(体力・気力を鍛えなきゃ。)
春節前でごった返す香港・ネイザンロード (1月)
中国・東南アジアの各大都市でも予想に違わず、どこも景気が急減速しており、いまだ底が見えない不透明感が漂うが、その中でもビジネスマンや市民たちが懸命の復興を模索している姿をあちこちで見かけた。
目抜き通りでも、数多くの空き室が目立つ 台北 (2月)
一方、国内でも、今年は年明け早々全国各地で、地域活性化、農商工連携、海外チャレンジ等積極的なテーマをもった事業が展開されており、毎週本当に多くの元気な皆さんとの新たな出会いや再会に興奮しっぱなしである。
先10日、沖縄県那覇市で、農水省の委託事業である輸出オリエンテーションの会が開かれ、単独県での開催としては円高・不況という時勢にもかかわらず、多くの「ニッポンを売る!」マインド一杯の事業者の皆さんが一堂に集まり、海外バイヤーとの間で積極的な交流が展開された。
那覇でも積極的な商談・情報交換が行なわれた
“輸出商品発掘会” 皆さんショートプレゼンが上手
沖縄の恵みを・・・
このように内外で懸命の景気の建て直しに、多くの官民元気人たちがアクションを起こしているのだが、毎週帰国するたびに日本の報道に接すると、国会での高級官僚の天下り問題やら不正問題の暴露のようなものばかりで、この大切な時期に経済通と言われる総理大臣が何のビジョンも示せないでいることに、本当に憤りを感じている。
僕らは百年に一度のチャンスだ!と叫んでいるのに、下を向きっぱなしの国民とよそを向きっぱなしの上部構造の姿を観て、違和感を通り過ぎ「ああ、またこのまま20年を無駄にするのか」、と
ため息が出てしまう。
もう一律バラ撒き、政策下賜の時代はとっくに終わっているはず。
小さなこと身近なことでも、自分でアイデアを見つけ、仲間を集め、アクションを起こしていく人たちにしかチャンスも支援も巡ってこないことは明白。
変わるべきは政治や行政でもあろうが、
私たち国民が今こそチェンジしよう。
一部の条件に恵まれない方々を除いて、政治や行政は活用するものであり、依存するものではないゾ。
高雄港(台湾)を高台から望む (2月)
ピンチの時こそ、その人の真価が明らかになる。
いま、前を、上を向いて、自らの足で歩み出している人は輝いている。
マカオにて (2月)