中国の四字熟語で、滄海桑田を知っている人は
結構「漢語通」かも知れない。
見渡す限りの大海原が、
あっと言う間に桑畑に生まれ変わっているということで
世の移り変わりが激しいことの喩(たと)えである。
前回いつ来たんだっけと忘れてしまったくらい、何年かぶりに
マカオ(澳門特別行政区)を訪れた。
1980年代、サラリーマン時代に出張で香港に立ち寄った際、
しょっちゅう上司の目を盗んで、深夜こっそりホテルを抜け出してジェットフォイルでマカオに出向き、夜通し地元のギャンブラーたちに混じってカジノに耽ったり、漆黒の街を散策するなどして、明け方、またこっそりと香港に戻り、翌朝何気ない顔をして仕事を続けていたものだ。
20代の若い時はそういう離れ業ができたのだ。
ちなみに僕はバカラ(百家楽)が得意だった・・・。
いや、そんな話題ではない。
マカオと言えばそのカジノか、せいぜいポルトガル植民地風の街並み観光だけだった小さな小さな暗黒の別世界だった処が、
まさか「ニッポンを売る!」ターゲットとして、この地に踏み入るとは予想だにしなかった。
1999年にポルトガルから中国へ返還されれば、
真っ先にフェードアウトされるはずだと思っていたのに。
旧正月の華やかな飾り付けが目に焼きつく
恐るべし中国人の柔軟なるリアリズム。
人民共和国にだって公認カジノ群はあるのだ。
今や、あのアジア一の経済優等生であるシンガポールまでもが
カジノを建設する時代なのである。
マカオでもまだ建設中のカジノがある
香港からの高速艇を降り立った途端、
すでにかつての面影は全く無し。
まさに、滄海桑田である。
いにしえの四字熟語が今、現実の姿として目の前に広がる。
一体ここはどこなの?
僕が、誰にも教えたくないと秘めやかにしていた
あのディープスポットはどこに行っちゃったんだろう?!
でも、そんな惜別の思いに浸る間もなく、
新生マカオのタウンウオッチングに俄然興味をそそられた。
僕も結構、無責任に新しい物好きなのである。
この悲しい性分は今さら変えようがない。
(次回に続く)
田中 豊
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「滄海桑田」というのを久々に聞いた様な気がします。というか、言われてぼんやりと思い出す程度ですが。(高校時代の恩師が漢文の時間に、授業から逸脱ばかりで色々な話をする方でしたので)
一方で、「泰然自若」ということが浮かんできます。変化の激しいときだからこそ、慌てず騒がず動じない。
どちらかが良いではなくて、どう自分が選択するかということでしょうか?
それにしても、ニッポンを売る!さんがバカラに強いとは、御見逸れしました(^^
すみません。コメントだけ書いて送信していました。
三方よしでした。
三方よしさん コメントありがとうございました。
滄海桑田と泰然自若は相反するようで、実は見事に中国人の処世感を表していると思います。社会、政治、環境すべて身の回りに起こることは大きく変わる。常に相対的であるべし。一方、自らの哲学、価値観はどんなに周りが変わろうとも変えてはいけないもの・・・。日本は独特の社会なので結構反対の観念で物を見がちですが、今のように激変の時代には中国人の処世感に学ぶことは多いと思いますよ。
今日から、全く社会も宗教の違う異文化世界に向けて出発します。
ニッポンを売るさんは、バカラでしたか。
小生は大中の達人です。マカオでは周囲から驚嘆の目で注目されていました。
でも、運気をマカオで使って、どこかで減ってしまったような・・・(^-^;
それにしてもマカオに限らず、世の中の変化が激しすぎると思うのは、年取ったせいでしょうか???
じーこむらさん コメントありがとうございました。僕は大小は得意ではありませんでしたヨ。またご一緒にカジノ詣でなんか洒落こみたいですね。
世の中の変化が激しいのも大変ですし、また変わらねばならないのにいつまで経っても変えられない歯がゆさも感じます。
攻めの気持ちを持続するのは大変ですが、面白いですよね。