これから、今年最後の海外出張に出かけます。


2006年 北京の東来順で


室温に晒すと途端に脂身が溶けはじめるほど

初めて食べた厚切りタイプ 秀逸だった

基本となるゴマダレ


脇役となる具材は、淡白なものが僕は好き。あくまで羊肉の引き立て役だ

北京では木炭火力で、中央部の長煙突が特徴の鍋だ。香港店はビルの規制だからだろうか、IHだったが問題ない。画像は2006年北京

香港店のもう一つの名物、デザート点心。北京宮廷料理の系譜がうかがえる

あっ! 小豆あんじゃなかった

<日本の農林水産物の輸出、海外展開><新時代の地域活性化><アジアとの新連携>を目指し、 海外に向けてニッポンを売り込み、地方の元気作りを支援する行動派コンサルタントの奮闘記


















せっかくブログ更新が軌道に乗ってきたというところで、
また19日から海外出張で日本を離れます。
今回は、少しばかり長くて、16日間の予定です。












抜けるような秋空に誘われて足を運んだのは、
7月に豪雨で被害の大きかったひとつである熊本県だ。











先週末、東京赤坂のジェトロ(日本貿易振興機構)本部で
日本全国のジェトロ所長および農産物・食品輸出担当者が集まる情報交換会に参加させて頂いた。
会合では、農水省の専門担当官から
「海外における残留農薬の規制や課題について」
「米の生産状況と輸出について」
その他最新の施策や関連情報が交換された。

毎回かなり専門的・ハイレベルなやり取りが行われており、
輸出の最前線では、科学的見地、政治政策的見地、経営実務見地等から、農産物食品輸出の現実は多岐にわたって展開されていることを実感した。
ジェトロでは、今年1月から新たに
「農林水産物・食品輸出促進本部」が設置され、
全国の事業者を対象に支援体制が大幅に強化されている。
http://www.jetro.go.jp/news/announcement/20120201622-news

まだまだ暗中模索の輸出事業であるが、
ジェトロの内外のネットワークと情報蓄積は
間違いなく日本一だといえる。
ほぼ全国の県庁所在地に「ジェトロ貿易情報センター」が窓口を開設しているので
輸出に挑戦する意向ある事業者は、ぜひ一度ここに相談されることをお勧めしたい。

虎の門・霞が関オフィス街
最近、たまに一泊二日の海外出張をすることがある。
国際航空路線ほかアジアの交通インフラが発達した賜物だ。
先日もまた中国上海に一泊二日の弾丸出張を敢行した。
しかも今回は、上海だけでなく、浙江省杭州、江蘇省某市の
長江デルタ3都市を実質34時間で駆け巡る
超ウルトラハード強行スケジュールとなった。
福岡から上海まではわずか90分あまり。
そのまま上海虹橋新幹線駅に直行。
とてつもない広さの待合コンコースに、
とてつもない数の乗客が列車を待っている。
巨大中国。

脅威と映るか、後進と映るか、
それとも市場と映るか、チャンスと映るか?

あの事故からちょうど一年の新幹線(高速鉄道)に乗車し
わずか一時間足らずで杭州に到着。

1980年代初めにプロジェクトで杭州に通っていた頃、
確か3~4時間かかっていたことを思うと
ほっぺたをつねりたくなるような信じられない速さだ。
しかし、駅に降りたら、雨模様も手伝って
タクシースタンドは長蛇の列。
100人以上は並んでいた。
これも昔では考えられなかった光景。
世界文化遺産に指定され、万里長城クラスの
中国を代表する観光資源である西湖を横目に
ビジネスは時間との闘い。

この日も水墨画のごとき絶景 -西湖


その名も高き名料亭で打合せ。発祥とされる東坡肉(トンポーロー)など杭州名菜を一口も食することなく後にした…
ここで最も有名なレストラン「楼外楼」、
かつては杭州飯店と呼ばれた有名ホテル「シャングリ・ラ」で面談して
とんぼ返りで上海に戻る。

新旧織りなす上海の外景
慣れた街とはいえ、毎日変わる外観にいつも戸惑うメガシティー。

常態化した上海の交通渋滞
翌朝、専用車で江蘇省へ。
場所も、目的も明かせないが、
今、世界で最も注目されているハイテク機器の成約調印に立ち会う。

上海ガニで余りにも有名な地域ブランド「陽澄湖(ようちょうこ)」を通り過ぎる
生産も消費も、そして技術レベルも中国が世界一という
まさに世界中が注目している分野の最前線事情について
どうして日本人は、マスコミを含め理解を深めようとしないのか?
領土問題も当然重要だが、
世界やアジアがどんどん変わっている現実から目を背けることの方が
もっともっと脅威である。
調印を終え、これから日本が望むも望まぬとも関わらず
漕ぎ出さねばならないグローバルビジネスの厳しさを噛み締める間もなく、上海経由で忍者のごとく帰国した。
日本との往復を含め、わずか2日間で
これだけの行程を走破し、
これだけの案件を処理する時代となった。
ニッポンは、日帰りでさえ行ける伸張アジアの真っ只中にいる。
この現実も忘れてはいけない。
先週、台湾・鹿港の記事を自動アップしていた10日間で、
香港、中国、そして台湾に2度行ってきました。
日本は梅雨の真っ只中で水害にも見舞われているが、
香港は雨期が終わったのだろうか、
6月末のその日は過酷な暑さだった。

香港・ネイザンロード
ちょうど、7月1日は香港が中国に返還されて15周年という節目にあり、
胡錦濤主席が香港を訪れることもあり、結構騒がしかった。
新しい行政長官の就任に当たり、
香港市民の政治不信は神経質に思えるほどで、
民主化実現へのプロセスの難しさを改めて強く感じた。
それはお隣、中国広東省もかなり荒れたニュースが飛び込んおり、
新体制のかじ取り手腕が問われそうだ。

香港コンテナターミナル
とはいえ、香港の元気な仲間たちは相変わらずパワフルで
日本から来た元気人たちとの交流が実現し、
面白いアイデアや情報を交換できた。
ヒントや答えは、常に現場にある…。

異常に蒸し暑い香港での一服の清涼剤 “港式檸檬茶(レモンティー)”
香港・日本のチャレンジャー諸氏の熱気たるや
震災前とも違うし、震災後の去年ともすっかり変わってきたぞ。
台湾も、二期目の馬英九政権がスタートしたが
ここでも多くの不安定要素を抱えている。
日本も政治がガタガタだとよく言われるが、
僕の眼には、近隣アジアはどこも同じに映る。
そういう時代の過渡期なのだ。
一回目の訪台は、台北とその郊外。

動き出す農業プロジェクト 日本の農業者にとっても今や輸出だけが海外チャレンジではない

久しぶりに訪ねたらすっかりベットタウン化していた淡水の街
二度目は台北ではなく、さらに北部の淡水や中北部の桃園県、ハイテク園区で有名な新竹市を廻り、これからの台湾の「延びしろ」を舞台にしたプロジェクトの可能性を探ってきた。

桃園県のアクセス良好な土地でニッポンを売る!!仕掛けが始まる

「東洋のシリコンバレー」新竹科学工業園を目指す道
ニッポンの外に、
グローバル市場という名の桃源郷があるわけではない。

ハイテクシティー新竹も、夜になるとアナログ・ホットな夜市も現れる 城隍廟夜市
いつも強調しているように
「探すものではなく、創るもの」
改めてそう感じた巡回出張だった。
台風接近する今日午前、
僕は半年ぶりにかかりつけの近所の病院へ行き
定期のミニドック検診を受けた。
採血、血圧、心電図、眼底検査など着々とこなしていく。

台湾・台北の総合病院 今年5月
担当の看護師さんが、僕がリラックス出来るように
作業をしながら語りかけてくれる。
「台風前で蒸し暑いですねぇ。
私、蒸し暑いの大嫌いなんです。」
「そ、そうなんですか?」
と僕は突然の語りかけに戸惑いながら生返事をした。
「でもこの蒸し暑さが、ツバメなど夏に日本にやって来る渡り鳥にとってとても意味があることをご存知ですか?」
若い看護師さんは採血用の注射器を器用に扱いながら続けて問いかけてくる。
「い、いえ、知りません。 何故なんですか?」
と間抜けそうに返事する僕。
「蒸し暑くなると蚊をはじめ、鳥のえさになるような虫たちが大量に発生するじゃないですか。巣を造り、子を産み育てるのに、エサ取りに都合が良い環境になるんですって。」
「へえ~っ」と頷きつつ、だんだんのめり込んでいく僕。
「四季がはっきりしている日本の蒸し暑さこそ、渡り鳥たちにとって最適な環境なので、タイやフィリピンなど東南アジアから何千キロも渡って来るんですって。」
との解説だった。

フィリピン・マニラ郊外山岳地区 2000年
考えてみれば、ただ暖かいところだけで良ければ、一年中暑く、適度にエサがある熱帯・亜熱帯の地域に定住していれば良いところを、命を懸けて海を越えてくる価値があるというものだろうか。

タイ・アユタヤ県の穀倉地帯 2006年
その科学的な真偽については読者の知識や判断に委ねることとして、
僕は、その時とっさに別のことを考えていた。
「日本という世界で最も暮らしやすい環境にいても、これからの厳しい経済環境で生きていくためにはビジネス世界においても、リスクはあっても最適環境を求めて海を越えて新興国市場に果敢に移住や行き来する“ツバメのような日本人も”益々増える時代が来たんだろうなぁ…。」
* *
「ハイ、終わりましたよ!」
採血し終えた3本の試験管を手にしながら、その看護師さんが優しく微笑んだ。