もうすぐ・・・(その2)

(前回より続く)

        
台湾では、月餅と並ぶ中秋節のもうひとつの定番と言えば
文旦(ザボンの一種)がある。

       
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中国語で「柚子(ヨウズ)」といい、
同じく中国語で子供に加護があるという意味の「佑子(ヨウズ)」と同音なのだ。
          

この文旦の皮をバナナのように縦にむき、
子供たちの頭にかぶせると、縁起がいいとされているとか。

 

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台南の麻豆鎮産が有名ブランドだが、
他にも雲林、花蓮産も近年ブランド化に力を入れている。

      
       

今年の6月に、日本の生産者の皆さんと台北西北部の八里という、丘陵広がる産地に交流に行った時も、ブランド文旦が栽培されていた。

         
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これも中秋節用ということだったから
きっと今頃出荷されていることだろう。

     
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青い果実も収穫してしばらく貯蔵しておき
表皮が黄変したら食べごろ。

   
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酸味は抜け、爽やかな香りととても甘い果肉が心地よい。
             

あま~い月餅に少々ゲッペイしてた口中がサッパリとして
思わず「これはいい」と心の中でつぶやいた。
           

領土問題で主張しあうのも必要だが
相手の文化を学び、自国の文化を発信するのも
同じくらい重要だと考える。

        
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八里の観光農園で。これなら子供連れがリピーターになる。 アイデア!
                    

もうすぐ…(その1)

               
9月30日は旧暦8月15日の中秋節を迎える。

      
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今年は閏年だからずいぶん遅い中秋となる。

        
日本では、お月見にススキとお団子というイメージだろうか?

        
中華圏では、多くの皆さんが知っているように、
旧正月(春節)に次ぐ大きな節句で、重要なギフトシーズンでもある。

 

今回、台湾、香港、マカオへの訪問でも
訪ねる親しい会社や友人宅では、月餅が振る舞われ、
お土産に、と必ず頂くのが通例である。

      
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小豆やナツメ、ハスの実の餡にアヒルの卵を名月に見立てて
      

これが少々重くて、かさばるから
昔の日本の結婚式のように持ち帰るのが辛いのも
この季節の風物詩のようなものだ。

 

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マカオの会社からも大きな包みを頂いたが…

 

それに加えて、月餅は皮にも餡にもラード(豚脂)を使うから
艶があっていいのだが、口に入れると重くて、
ひと口食べると胸がつかえるほどヘビーな食感なのだ。

    
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最近の和菓子などは甘さ控え目、ソフトな口当たりが主流だから、日本人には少し持て余す食べ物だけど、お節句の品だから仕方がない。

         
景気の良い会社、パートナーとして期待されている会社からは、月餅と共に、赤い専用のポチ袋もこっそり配られる。
      
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結構な額が入っていてビックリ。 面子(メンツ)の国なんだなあ

      
いつの時代もどこの国でも季節の節句は楽しいひと時。

      
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香港にて
      
      
今頃、各地ではランタン祭りやパーティー、観月会、音楽会など、賑やかに行なわれていることだろう。
               

現場が第一 荒れるアジアを12日間巡り、自らの原点に立ち戻った

            
またまたご無沙汰してしまいました。

ごめんなさい。
         

8日から12日間、急きょ台湾、香港、中国広東、マカオを回ってきました。

        
       
目的はもちろん反日の嵐に揺れるアジア各地で、ニッポンの地方の販路開拓現場の実情はどうなっているか、自分の目と耳と肌の知覚アンテナで感じるためです。

     
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普段はいつも穏やかな香港・ビクトリア湾も今回はとても荒れた
         
             

思えば、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したときも、香港・台湾に向かう大きなエアバス旅客機の乗客はたった数人という体験から、2度の鳥インフルエンザ、靖国参拝、さらに、一昨年の中国漁船体当たり事件、昨年の原発風評など、それらの渦中にあって、いち早くサービス現場の実情を観ておくことが、少しでも元気ニッポン全国の仲間の皆さんたちへの参考に供したいとの思いからなのです。

(断っておきますが、私が触れるべき現場というのは、デモの様子や、流行病で野戦病院化した医療現場なんかじゃありませんので。絶対に近寄ってはいけません)

 

      
各地では様々ビジネス関係者、支援機関サポーターの皆さんの生の話を聞いたり、販売サービス、物流などの現場に行ったり、テレビや新聞などの現地報道などに浸りっぱなしになるのです。
      
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いよいよ神戸BEEFが香港上陸
          
      
だから、いくら現場のライブとはいえ、
一部の見聞や伝聞ということになりますから、これだって部分的な体験談に過ぎない訳ですけど。
           

中国、香港、台湾というと
とかく同じ中華系と一括りにされがちですが、
それぞれに反応や行動パターンが違います。
           

中国大陸が一番過激だと思われがちですが、
報道では香港が最も強烈でしたよ。
           

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香港の街頭で売られている英字紙
         

親日といわれる台湾でも
戦後史を観れば必ずしもすべてがそうではないことは理解できるでしょう。

      
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台北郊外でプロジェクトが始まる
     
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今回は残念ながら路地裏歩きの時間はゼロだった・・・。 台北・天津街で
       
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台北世界貿易センター展示場では次の展示会の準備が進んでいた

      
とはいえ、あれだけ過激な報道、散発的な事件があるにもかかわらず、消費者・生活者としての市民多数の消費行動は目立って変化していません。

      
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香港の中心街で行われたドラえもんのイベントには大勢の人でごった返した
       

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子供の笑顔をみると、今回は一際ホッとする

 

もちろんこれが国家や組織、イデオロギーとなると、まるで違う見方をしているのですから十分に注意しなければなりません。

 

海を超えると、様々な視点、価値観等が、多様に複合的に存在しているのです。

 

最近、円高や景気動向にばかり目を奪われていましたが
改めて海外でチャレンジする原点に立ち戻った感覚が鮮明に蘇り、背筋が伸びる思いがしたのです。
                       

第二の古都を訪ねて(その9)

    
鹿港(ルーガン)の街を歩くと、道端で
牡蠣(カキ)の殻をむく作業をしている光景に出会う。

  
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ここが海辺に近い街であることを改めて感じる。

          
おしゃべり好きのお年頃(?)のオバさんたちが、
なぜか黙々と作業をしている。

     
       
そう、鹿港の名物に、カキのオムレツ(蚵仔煎)が挙げられる。

     
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そう、台北の屋台でも良く見かける一品ですね。
        

焼けた鉄板の上に、
カキ、卵、そして片栗粉を溶いた液体で合わせ
レタスや青菜などを散り、店独自の甘辛タレで味付けする。

   
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天后宮の参道でも、数件が店を連ね
店頭で実演調理している。

   
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片手で卵をつかんで割りいれ、殻をポンと横に投げ捨てる瞬間

   
そのアクロバティックな動きも興味をそそるが、

やはり、
ジュウ~ジュウ~という乾いた音、
香り立つオムレツの匂い、
そして熱い鉄板で踊る食材を観ていると
五感を刺激されますね。

   
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この日34.5℃もあり、暑くて水ばかり呑んでる僕が
名物を実際に口にすることはなかった・・・。

   

さらに露天街をディープに進んでいくと
やたら長い行列が出来ている店がある。

   
これも鹿港名物「芋丸」である。

   
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あまりに人気なので、写真だけとって
あとから引き返したら丁度行列が切れて
商売上手な姉さんが、

  
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ちょっとぉ、名物食べていきなさいよ~!

と誘われたものだから、
不覚にもつい求めてしまった。

   
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なぜ不覚なのかというと
あまり口に合わないことを体験済みだからである。

    
今回もまた、買った責任をやっとの思いで果たした。

    
僕は絶対にその土地の食べ物の素晴らしさを感じるまで
好奇心を持ってトコトン好きになるのだが、

どうにもこの芋丸だけはまだまだ時間がかかりそうだ。

    
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豚肉の餡をタロイモの細切りで包んで蒸し、甘辛のタレを付けて頬張るのだ 。

       
僕の座右の台湾版書籍には、

「傾国傾城的超級美食」とあるのだが、
そのココロが未だ理解できないもどかしさに襲われる。

    
でも、だからこそ食文化って面白いと思う。

   

僕が20年以上前にここを訪れて忘れられない味は

焼きたての牛舌餅である。

  
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一番手前が「牛舌餅」

       

鹿港の街ではどこにでも売っている名物駄菓子である。

餅と名付いているが、
日本でいうもち米製のの粘り気のある食べ物ではなく
練った粉を焼いたサクサクするパイのようなもので、
普通に売られている分には、
正直言って、味もそっけもない素朴なスナックのようなものなのだ。

   

これが、冒頭強調したように「焼きたて」なら話は別。

  
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働き者の親子が一生懸命に牛舌餅を焼く
      

     
鉄板からそのままアツアツを頬張ると
なんとも深~く甘い匂いと適度に香ばしい香りが溶け合って
フランスのパイに匹敵する! と感動したことを覚えている。

             

まさに地域ブランドの現場でしか味わえない価値がある。  

そう、桁外れの暑さと芋丸の重い余韻のせいで
今回は牛舌餅も敬遠となってしまった。

  
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鹿港産手延べ麺線  そうめんのような感じ
  

鹿港名物には、ほかにも肉まん、麺線、イカのとろみスープ(魷魚羹)などがあり、台南と並んでB級グルメやスナックの宝庫といえるだろう。

   
(シリーズ終わり)

   
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第二の古都を訪ねて(その8)

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海上航行の安全を願う媽祖を祭った天后宮の門前

               

     
鹿港の総鎮守的存在である天后宮前の参道エリアは
商業圏としても観光屋台群としても集積が進んでおり
日差しが強烈だったこの日も大勢の市民や観光客でごった返していた。

   
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外気温34℃の猛烈な暑さだが、
木陰に入ると一息つける。

   
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爽やかな風が頬を伝っていく。

  
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参道は、鹿港のメインストリートでもある中山路にそのままつながっている。

  
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往時はとても豊かであったのだろう、アーケードが設けられ「不見天」、
道路はレンガが敷き詰められていて「不見地」、
さらに当時は女性はあまり気軽に外出できなかったことから
通りでは女性を見かけない「不見女人」の「三不見」と言われていたそうだ。

    
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通りの至る所にこのようなレトロな建物が

  
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商店街は観光客でごった返す
      

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採れたてのアスパラガスと柔らかなニラの花を売ってる
              
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サツマイモのチップスだろうか  卍のマークは精進を表しているのかな
    
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鹿港の伝統工芸品として有名なのが燈籠(とうろう)。
          
中山路のあちこちに燈籠店が店舗を構えている。

    
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有名な呉敦厚燈籠舗

    
国賓の土産になることもあるそうだ。

  
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鹿港名物の浜風に揺れる燈籠
          

  
今回の鹿港シリーズ、
なんか観光案内みたいになってしまった。

   

最後の一回、B級グルメまでお付き合い頂きましょう。

        

(次回に続く)
            
           

第二の古都を訪ねて(その7)

                         
最近は台湾でも中国・香港でも復古調の路地や街並みを再現した商業エリアの出現が目立つ。
   

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鹿港にも「鹿港老街」と称する昔の街並みを再現した観光通りが整備されており、古都の風情を感じながら、往時の賑わいに少しだけタイムスリップさせてくれる。

     
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路地の両側には、木造家屋やレンガ造りの家が軒を並べる。

    
きっとかつての日本とも そんなに違わないはず。

   
      
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今、鹿港老街と呼ばれている一帯は、もともと「古市街」と称されていた。

  
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烏魚子とは「からすみ」のこと。台湾でも名物
   
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どこの国でも子供のおねだりは微笑ましい
   
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手彫り彩色のゴムパチンコ。懐かしい。ひとつ190元(約600円)なり

         

この一帯は、清朝乾隆年間に鹿港が最も栄えていた頃の、
埠頭街の貿易商で賑わっていたエリアだそうである。

  

Dscn2075       中国大陸とも僅か200kmほどだったんだ

         

中国大陸から続々と移民が入り、
米や砂糖、農産物などを中心とした貿易を活発に行っていたようである。

  
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当時の豪商屋敷にあったと言われる「半辺井」。 とても貴重な井戸も、半分は自分の家で使い、半分は往来の人々にも分け与えたという、往時の栄華と鹿港人の美徳を表している遺産と言われている
    
Dscn1957        

        
台湾の地方に行くと、最近、
食の分野で「古早味」なんて言葉をよく見かける。

           
台湾や福建閩南地方でよく使われる言葉で、「懐かしの味」といった意味だろうか。

    
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ここにも古早味の文字が…

   
          
街歩きの好きな人なら、いくら時間があっても足りないだろう。

   
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Dscn2026   
       

とにかく日差しが強くて暑かった。

  
鼻の頭が日焼けで真っ赤になってしまった。
    
季節違いの鹿港版トナカイさんだ。

   
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木を愛する人々でもある
   
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ここにも路地裏を見つけた。つい足を踏み入れたくなる
    
Dscn1949         
(次回に続く) 
               

第二の古都を訪ねて(その6)

(先々回から続く)
         
再び、台湾中部の鹿港(ルーカン)訪問記に戻ろう。

         
趣味を持たない僕の数少ない楽しみが、これまで何度も紹介している
出張先でのわずかの時間を見つけての路地裏歩き

           

普通、宿泊ホテル周囲のガイドブックに載っていない庶民生活空間を、時間がある限り歩く訳だが、ここ鹿港は路地裏(台湾では巷と言う。北京では胡同フートンが有名)も重要な観光資源で、さっそく2大路地裏を探検した。
       

ひとつ目は、九曲巷(正式名称は金盛巷)である。

 
そう、すなわちいくつも曲がりくねった路地のこと。
                     
     
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昔の街は、川沿いに造られたりしたから
曲がった路地が多い。

  
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また一説には、強い海風や砂塵が吹き込まないような構造を採ったためとも言われている。

 
Dscn1918       

前回訪れた時と比べ、余りに俗化・観光地化されていて、
生活臭は微塵もないので面白くはないが、
往時の街並みを体験するにはやはり訪れて良かった。

  
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結局、曲がり角がその名のとおり9か所だったかどうかは
数えるのを忘れたから、不明のままになっちゃった。

  
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二つ目の路地は「摸乳巷」。
   

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読んで字のごとく、すれ違うと胸が触れ合うほど狭い路地。

   
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肩幅が広い僕が普通に立つと、もう路地を塞いでしまい、ホントにすれ違えないほどに狭い。
     
長さは100m、幅は70㎝ほどしかないらしい。

  
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どうか、どうか、向こうから女性がやって来ますように…。」

と強く念じながら、この路地を進んでいったが、
悲しいことに、何びとともすれ違うことなく無事反対側にたどり着いた…。
           
    
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結局、胸どころか、僕の突き出たお腹が壁にこすれそうだった。
      

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これだから、海外での路地裏歩きは止められない。

(次回に続く)
                

巡回してきました。

                   
先週、台湾・鹿港の記事を自動アップしていた10日間で、
香港、中国、そして台湾に2度行ってきました。

        
    
日本は梅雨の真っ只中で水害にも見舞われているが、
香港は雨期が終わったのだろうか、
6月末のその日は過酷な暑さだった。
    

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香港・ネイザンロード   
     
     
ちょうど、7月1日は香港が中国に返還されて15周年という節目にあり、
胡錦濤主席が香港を訪れることもあり、結構騒がしかった。
    

新しい行政長官の就任に当たり、
香港市民の政治不信は神経質に思えるほどで、
民主化実現へのプロセスの難しさを改めて強く感じた。

 
Dsc_1270     
   

それはお隣、中国広東省もかなり荒れたニュースが飛び込んおり、
新体制のかじ取り手腕が問われそうだ。

   
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香港コンテナターミナル

     

とはいえ、香港の元気な仲間たちは相変わらずパワフルで
日本から来た元気人たちとの交流が実現し、
面白いアイデアや情報を交換できた。

  
ヒントや答えは、常に現場にある…。

        
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異常に蒸し暑い香港での一服の清涼剤  “港式檸檬茶(レモンティー)
      
   
           
香港・日本のチャレンジャー諸氏の熱気たるや
震災前とも違うし、震災後の去年ともすっかり変わってきたぞ。

  

台湾も、二期目の馬英九政権がスタートしたが
ここでも多くの不安定要素を抱えている。
     

日本も政治がガタガタだとよく言われるが、
僕の眼には、近隣アジアはどこも同じに映る。
   
そういう時代の過渡期なのだ。

    
    

一回目の訪台は、台北とその郊外。

  
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動き出す農業プロジェクト  日本の農業者にとっても今や輸出だけが海外チャレンジではない   

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久しぶりに訪ねたらすっかりベットタウン化していた淡水の街

      

二度目は台北ではなく、さらに北部の淡水や中北部の桃園県、ハイテク園区で有名な新竹市を廻り、これからの台湾の「延びしろ」を舞台にしたプロジェクトの可能性を探ってきた。

  
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桃園県のアクセス良好な土地でニッポンを売る!!仕掛けが始まる 
    
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「東洋のシリコンバレー」新竹科学工業園を目指す道 

      
    
ニッポンの外に、
グローバル市場という名の桃源郷があるわけではない。

   
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ハイテクシティー新竹も、夜になるとアナログ・ホットな夜市も現れる     城隍廟夜市  

     

いつも強調しているように
        
探すものではなく、創るもの

  
    

改めてそう感じた巡回出張だった。
                      

第二の古都を訪ねて(その5)

                  
前回に続いて、古都・鹿港の寺社風景をどうぞ。

   
  
天后廟

    
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あっ、ここにも平安米が   お米は幸運をもたらす
      

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次も、同じ天后廟。 鹿港の街の総鎮守のような存在。

  
あの媽祖を祭る航海安全の神様。
        

       
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手を合わせてお願い事
   
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ご先祖様があの世でもお金に困りませんように
    
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参拝者のほとんどがお線香を上げる
   
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台湾のお寺は多神教が多い。様々な神様が祭られている
    
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一度にたくさんお寺を廻ってお参りしたら、
僕も心が少し清められた気分がした。

(次回に続く)
                        

第二の古都を訪ねて(その4)

                              
鹿港は、古都だけにやはりお寺が多い。

   
アルバム風に情景の一部を紹介しよう。

   
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文武廟
  
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文武廟の境内で  大木の木陰で子どもとお年寄りが共にいる懐かしく微笑ましい風景
         

   

続いては、龍山寺。

  
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歴史を感じさせる山門
   
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(次回に続く)