まさか、最後にドンデン返しが起ころうとは!!
中国での出張日程をすべて順調に終え、ビジネス交渉も上手くすすみ、いよいよ帰国の途に着くことになった。
まさかこれから災難が降りかかろうとは… 北京空港にて
北京空港でも、予定通りの離陸のアナウンスを受けて
無事中国国際航空(CA)の機内に着席したと思ったら、
それから1時間以上経っても、
機体は出発スポットに張り付いたままピクリともしない。
もちろん気の利いた説明アナウンスや謝罪の言葉などあろうはずも無い。
皆イライラしていると、離陸もしないうちに乗務員が機内食を配りだしたのには驚いた。
「マズいッ!」
機内食の味のことではない。
もともとの成田到着時刻が午後9時だから、出発が2時間以上遅れたら、接続の交通機関が無くなってしまうので、その日のうちには自宅に帰りつけないと直感したのだ。
私は大体、機内食を食べないことにしているのだが、そのうち乗務員が慌しく食器を片付け始めたのである。
暫くすると機体がゆるりと動き始めた。
狭い機内に長時間閉じ込められていた乗客も安堵の声をあげてくつろぎ始めた。
2時間遅れだ。
「やっぱりマズい!」
予感は当たった。
やっとのことで成田に着いたのが夜10時50分。
もう成田23時05分発のの最終列車には間に合わない。
出迎えホールに誰もいないおかしな風景
航空会社が、東京駅と新宿、横浜行きの無料バスを出すと言うのだが、それに乗っても、結局その先の電車は終電を過ぎて無くなっている。
深夜新宿で、重い荷物をガラガラ引いてホテル探しをするのも大変だ。とはいえ、成田で高いホテルに泊まるのは癪に障る。
ここは思い切って空港のベンチで一夜を明かす決意をした。
何十年ぶりだろうか。20代のサラリーマンの頃、ときおり公園や駅のベンチで夜を明かしたことを思い出した。今でもきっと出来るはず…。
ベンチで長期戦の構えに移ろうと思った矢先、県警の人にここはダメだから別のところに移るよう促された。なんてことはない、夜明かし人を一箇所に集められただけのことで、やはりベンチに寝ることには変わりなかった。
警察官にパスポートを見せ、住所や連絡先を細かく聞かれ、それとは別に警備会社の人にも同じ事を確認された。近々、空港反対派の集会が予定されているのだそうだ。だからロッカーも使えない
ホールの照明も落とされ、なんだか蒸し暑い。
「なぜ僕は今、こんなところに居るんだろう…。」
さまよえる旅人の心境だ。
ベンチで寝ているのは、欧米人の中年男女が数名と日系ブラジル人の老人、そして中国人の若い女性で、日本人は僕だけであった。
さながらワールドカップ状態だ。
サムライ日本を代表する僕が、ここでメゲではいけないのだ。
それにしても皆んな、アッという間に横になって寝入っている。
なんと逞しい事だろうか…。
結局僕は一睡もせず、ずっとパソコンで仕事をする羽目になった。
おかげさまで、原稿3本と出張レポートが完成したのは喜ばしい限りではあるけれど。
中国の航空会社にしてみれば、たった2時間遅れただけだろうが、
この「たった2時間」のおかげで、とんでもないトバッチリを受けてしまったのである。
それにしても、僕らがベンチで休んでいる間、
ずっと警備員の方が交代で夜通し見張りをしてくれた。
心から感謝している。
一夜明けて、帰国したんだな、と初めて思った。
帰国した日に、余計に日本で一泊して帰宅できないというのは、本当に心身疲れるもの。
チョー便利な成田空港 バンザイ!!
田中 豊
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