遠くて近い国へ(その1)

               
えっ!! まさか、こんなところまでッ!

    

    
成田から遠く1万8,497キロ。 飛行機でおよそ24時間。

      

時差は12時間で、季節も冬。
    

反対の、そのまた反対だ。

       

そう、日本のちょうど真裏に当たるブラジルにやってきたのだ。

       

足元を掘り続ければ、地球の中心を貫いて日本にたどり着くのかも・・・。

    

Dsc_6108
日本から持参した携帯電話  見よ!時差がちょうど12時間なのだ

    

Dsc_6107
持参したアナログの目覚まし時計は、
時差があるのに12時間だと針を動かさなくて良いのだから不思議

    
   

海外には4泊以上しないことを原則にしている僕が、2週間の長期にわたりブラジルとアルゼンチン、そしてアメリカ合衆国を訪ねるのだ。

    

少し大げさに言えば、南北アメリカ大陸縦断の旅・・・か。

      
世界中がBeijing(北京)に釘付けになっているときに何もわざわざひねくれて反対方向に行かなくても・・・。

    

    

南米は初めてだ。

    
Dsc01342
いよいよ赤道を越えた・・・   機内の座席モニターで

    
   

行くと決めてからずっとワクワクのしっぱなし。

   

20代の頃の未知の世界に足を踏み入れる緊張感を久々に思い起こすことになった。

    

ブラジルに行ったことのある人たちからは

「とにかく遠くて疲れるよ」と異口同音に脅かされた。

    

   

Dsc01338_3最初の訪問地、ブラジル・サンパウロにはニューヨーク経由で行く。

     

おかげでマイルが一度にタップリ貯まった・・・。

            

         

しかし、数日前まで海外での仕事を抱えていたために、なんの事前勉強も予備知識もないまま、駆け込むように飛行機に飛び込んだ僕には、頂いた南米に関する資料に目を通し、夢を膨らませるのに24時間はむしろ短いくらいだった。

        

僕って、まだ若い!?

     
   

でも正直、ボお~ッとした頭と体を引きずりながら、ブラジル・サンパウロ空港に到着したのだった。
                                  (次回に続く)

     

Dsc_2980
サンパウロ・グァルーリョス国際空港

   
Dsc01376
   

Dsc_2851

      

   

お知らせ

    

連日の猛暑も、夕立・雷雨が過ぎ行くごとに少しずつ涼しさの気配を感じるようになりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

    

このブログも札幌編までたどり着いたのですが、実はその後も各地へ、そして旧盆期間中は、とても元気な方々と香港にも行って来ました。アップが追いつかなくてごめんなさい。

      

実はこれから、私が初めて訪ねる「遠くて近い国」(近くて遠い国ではありませんよ)へ2週間出張します。

    
最近、滅多に4泊以上の海外へは行かない私ですが、今回は少々長丁場。とても楽しみにしています。

      

9月10日前後にアップを再開させる予定です。

     

皆さんもお体にはご自愛くださいね。

    

Dsc_1765
福岡市地行浜で開かれた夏イベント「イルサ・デ・サルサ」

   
Dsc_1236
カーニバルのサンバ 本物観てみたいッ !!

   
Dsc_1761
サルサに舞う夏の夜

       

ダイナミック農水産業の拠点で

(先回より続く)
         
札幌市で「北海道農商工連携フォーラム」に参加させていただいた。

http://www.hkd.meti.go.jp/hokic/noushoukou_f/index.htm

    
Dsc00993
会場のホテル

      

会場は300名を大きく越える参加者が集まり、さすが北海道は農林水産業の一大拠点であることを再認識した。

     
Dsc01012
     

   
     

高橋北海道知事も駆けつけ、先頃行なわれた洞爺湖サミットを通じて世界中に北海道の素晴らしさを発信でき、これを契機に厳しい状況から大きな発展に換えていこうとエールを送った。

     
  Dsc01035

       

    

はじめに農商工連携88選の道内関係者の授与式が行なわれた。

http://j-net21.smrj.go.jp/expand/noshoko/88/01.pdf
(農商工連携88選)

           
    

地場産小麦を使った高品質麺の開発やIT農業の実践、酪農用自動給餌システムなど7団体などだが、ユニークかつ日々の挑戦と努力が結集した生産者ばかりで、その謙虚な姿勢にもとても共感した。

    
Dsc01039

    

      
基調講演は慶応大学大学院(札幌)の林美香子教授による「農都共生のすすめ」。

       
    

しっかりしたフィールドワークによる説得力ある研究成果とキャスター出身の見事な話術に、つい引き込まれてしまった。
      

     
Dsc01048

        

          
      

後半は農商工連携支援施策の説明とパネルディスカッション。

      

ディスカッションの中のやり取りの中で、北海道と九州を比較するような話題となり、

私が、

九州から観ると北海道の農水産品の層の厚さとバラエティーさ、作り込みの巧さに、国内のみならず海外でも引っ張りだこでうらやましい と水を向けたら、

    

コーディネーターの林さんに

北海道のスケソウダラの卵が辛子明太子として付加価値を加え、全国で有名な特産品に変えた九州の商売上手には適わない と切り替えされたのには面食らった。
     

博多名物辛子明太子もなるほど、考えてみたら確かに原料は北海道産だ、と言われてみればその通りだが、正直これまで考えてみたことも無かった。

       
    

でも同じような事は、大産地の鹿児島や宮崎の緑茶が静岡ブランドになっていたり、九州産の南高梅が紀州ブランドになって価値を上げていたりしてもいる。
   

    
それに、九州に旅行に来る台湾の人たちが、福岡市の中心街にある札幌出自のレストランに大勢押しかけて、大好物のタラバガニの鍋料理を頬張りながら、
     
  

やっぱり本場の[E:cancer]カニは旨いッ!!

      

などと喜んでいるのを観ると、なかなか興味深いものである。

     

Dsc01058
パネルディスカッションの壇上で  皆さんユニークな発言で面白かった

右は㈱イソップアグリシステムの門脇社長、右2は㈱ナチュラルアートの鈴木社長
左奥はコーディネーターの林さん  

     

     

いずれにしても、北海道や東北と九州・中四国という北と南のエリアが頑張ってこそ、真に日本は動き出すのかもしれない。

      
   

北端と南端で連携して、ものすごい事は出来ないだろうか???

        

Dsc00867
北海道の空と大地は、本当に包み込まれるように雄大だ

     

     

いつもはのんびり構えている僕の脳みその一部がメラメラと動き始めてきたゾ。
                           

        

南端から北端へ

       
二日前に上海から帰国して、その日は早朝から新幹線つばめ号で鹿児島に出張。

     

       
Dsc_3077
大河ドラマ篤姫バージョンのつばめ号

    
     

もう禁句である“暑い”を通り越す、暴力的な天候だ。

でも、この時期当たり前か…。

      
Dsc_1415

      

桜島が今日はひときわ男性的に見えた。
     

Dsc_1456

      

     
Dsc00511
思わずニンマリしてしまう焼酎のラインナップ

       
Dsc_2939
種類の多い鹿児島産サツマイモ -改めてその凄さに驚いてしまう

        
 

鹿児島の人はシロクマを喜んで食べる???

    
Dsc_2820
     

暑い時はこれが一番!

            

      

   Dsc_2533
    現代の篤姫たち???

     

      
午後5時までミーティングのあと、鹿児島空港からなんと挑戦的にもそのまま札幌へ向かった。

    
       

羽田では乗り継ぎ時間0分という綱渡りで、しかし、なんということなく新千歳空港に無事到着。

        

        
しかし、だ。

    

最近特に頭の回転が鈍くなっている上に、さっきまで桜島を拝していたら、もうまもなく時計台???

    
   Dsc_4103

       

  オツムがまったく切り替わらないッ。
         

          
札幌駅に降り立ったら、街全体がクーラーが効いているかのような爽やかさ。 23℃くらいじゃなかろうか。
      

    
Dsc00564

      
    
家路に急ぐ札幌のサラリーマンは、お付き合いでクールビズにしてるんじゃないかというくらい。

        

        
駅前でも、大通公園でも、ドでかいビアガーデンで何百人という若い男女が盛り上がっているじゃないか。
           

        
Dsc01072

        

       
こんなに外が快適なら、きっと夏バテ知らずなんだろうなあ。

            

Dsc00571
     

しゃぶしゃぶをつついているグループも大勢いる!!!

    

    

狭い日本。そんなに急いでどこへ行く

などというが、これで結構広いのかも。

     
    

急いでやって来た分、感動もひとしおだ。

   
一粒で2度美味しい一日だった。

                              (次回に続く)

祭りの裏舞台

   
(先回から続き)
     
    
オリンピックの一部会場となる青島も上海も、これに合わせて空港ターミナルビルが一新している。

    
Dsc_9929
上海浦東空港新ターミナルスポット

   

上海浦東空港は第2ターミナルビルが5月1日に供用を開始していて、成田や羽田と同様、航空会社ごとにビルが違うから、これからは注意が必要だ。

   
Dsc_9862
第2ビルに乗り入れている航空会社の案内板

   
Dsc_9881
魚眼レンズで撮っているように見える第2ビル内のデザイン

   
 

   

青島流亭空港も新ターミナルビルに変わっていて、8~90年代にプロジェクトで何度と通っていた頃と一変していたのでビックリした。

    
Dsc_5723

   
Dsc_3520

   
Dsc_7867 

    

     

五輪開幕が近づくとなると、当然警備も厳しくなっていた。

     
Dsc_7919
持ち込み手荷物制限の厳守に関する通知
   

    

今、何か起こったら長い間費やしてきた準備が台無しになってしまう。
    

           
そこで

飛行機移動時の国内線は出発の3時間前、
国際線はなんと4時間前に空港ビルに入ること!!

という通達があったというのである。
      

かなり厳しそうだなぁ~ッ、と気が滅入ってしまいそうだ。

   

   
Dsc_7853
ビル入口での入念なチェック    
    
Dsc_9870 

         

空港ビルに入る時もまずチェックが入り、一定人数が集まるまで、中に入れないというこれまで体験した事がない厳重な警備がビルの入口から始まったので、これからどんな厳しいチェックが入るのだろうとさらに憂鬱になったが、実際は不愉快な思いはなかった上に、それほど気にするほどの検査ではなかった。
    

    
Dsc_7915
不愉快な思いをさせることなく乗客の安全を確保する

     

むしろゲートやカウンターの数が増えているから、あまり並ぶこともなく以前より却ってスムースだったくらいである。

    

Dsc_7934
同行の方が場内で搭乗券を落としたが、このサポートのお嬢さんが終始
笑顔で最後まで対応してくれた
   

  

入出国検査や税関でも笑顔を絶やさずサービスに努めていることが伝わり、むしろ日本の入管にも参考にしてもらいたいくらいだった。
    
     
もちろん空港内や機内、市街など僕らが気づかないところで厳しい警備の目が光っていたことだろう。

     
   
Dsc_7909
こんなものまで

     

東京五輪の時と世界情勢は一変している。

また大陸・多民族国家の持つ複雑な背景も、日本とは直接比較してはならない要素が十分にあることを忘れてはならない。

      
     
Dsc_7957
青島空港で

      
     

旧暦でネズミ年に変わった途端、中国は相次ぐ災難に見舞われている。

   

2月の広東を中心とする記録的な大寒波。

山東省での大規模列車事故。

南部の大水害。

チベットでの混乱。

世界を震撼させた四川の大地震。

そして今、連日38℃を越す猛暑。

   
    
Dsc_7935
上海の空港でも四川地震の募金箱が
     

   

また青島では、沿岸一帯、海草(藻?)の異常大発生で、海岸から見渡す海面がすべてゴルフ場の芝のように緑に覆いつくされてしまった。

    
Dsc_6021
藻の大発生で、全く水面が見えないほどだったという   
Dsc_6653 

       

先週まで解放軍など13万人を動員して人海での撤去作業は壮観だったという。

    
Dsc_6788
朝の5時半だというのに大勢の海水浴客が泳いでいた

   
Dsc_6703
この美しい海岸が・・・ 信じられない

   

    
青島で生まれ育ったおばあちゃんが、ここで80年暮らしていて、こんなこと初めてだと言っていた。

         

         
オリンピックは社会を近代化へ推し進めると共に、それまでに起こり得なかった軋(きし)みのようなものも露わにしている。

      

Dsc_5609
今や普通の乗り物となった飛行機   ― ごった返す待合室
        

Dsc_7974
優先席も近代社会の産物?   
    

     

Dsc_5426
上海の終日の交通渋滞も激しさを増している

  
Dsc_3880
この巨大都市上海で、今何が起こっているのだろう?

          

祭りの準備

            
北京オリンピックまでいよいよ2週間を切った中国の上海と青島に出張してきた。

    
Dsc_6495
いよいよあと13日!!           青島にて

    
Dsc_5582
上海虹橋空港で (上の青い人形は上海万博のシンボル、海宝くん)

      

       
主会場は北京だが、サッカーの予選は上海、ヨット競技は青島で開催されるから、どちらも準備モードで大わらわである。

         
Dsc_7805
青島空港

      
Dsc_5776

     
   

街中のあちこちに真新しいオリンピックの飾り付けが施され、世界最大の祭典であるオリンピック成功のために国を挙げて取り組んでいることがこちらにもビンビン伝わってくる。

    
Dsc_7833
空港のディスプレイでこんな作業も

   

Dsc_5851
青島の新興住宅街にも

        

    
中国は昔から外からの客人を迎えることを非常に得意としていて、また実際、もてなし上手な伝統がある。

       
    
Dsc_5667
青島空港では中国入りする選手団のためにの受付も設置された

    
Dsc_5159
上海では五輪(奥運)の後に万博(世博)が控えている

      
Dsc_4608
日本のスポーツ用品メーカーもこの機にビジネスチャンスを拡げる

     

    

今回の訪問でも、努力をしてさらにサービス力がアップし、どこへ行っても接客や応対のレベルが上がっていることを実感した。

      
      
Dsc_7877
「加油!中国」(ガンバレ中国)のロゴも目立つ

       

Dsc00259
青島の中心街ではビルごとオリンピックだ

      

五輪開催を契機に、また社会全体を変化させていることを目の当たりにしてきた。

                              (次回に続く)

      

Dsc_6248
青島の夜

         

交易拠点都市の新アジア戦略

           
福岡最大の夏祭り「博多祇園山笠」のフィナーレである追い山が15日早朝に行われた。

      
Dsc_0067_2 Dsc_0038_2
画像は昨年の様子。今年は参観する時間が取れなかった。残念・・
今年の模様は盟友ブログ「
博多っ子の元気通信」を参照されたい。http://blog.livedoor.jp/luckymentai/archives/cat_1466542.html
       
        

       

その翌16日、福岡市で「アジア戦略アドバイザー会議」が開催された。

   
Dsc_3244_2
福岡市庁舎
    
Dsc00421_2

    
   

Dsc00423_3この日、吉田宏福岡市長、副市長をはじめ、市の経済・国際担当幹部の 方々と共に、九州大学の教授2名、アジアビジネスに精通するコンサル社長と私“ニッポンを売る!”の計4名がアジア戦略アドバイザーとして一堂に会し、約2時間にわたって福岡市の新たなアジア経済・ビジネス交流戦略について意見を交換した。      冒頭挨拶する吉田市長

        

       

福岡市は1970年代からアジアとの経済文化交流を市政戦略の柱としている政令市で、中国の広州市との間で姉妹都市(友好都市)締結が行われ、来年ではや30周年を向かえる。

  
最近は韓国プサンや中国上海・大連との都市間交流にも実績が上がっている。

      

この間、福岡市はアジアゲートウェイ都市、国際交流拠点都市、東アジアのマルチクロスポートなどのスローガンを掲げ、積極的にアジア各地との経済文化交流事業の実績を積み重ねてきた。

    
Dsc_3125
博多港アイランドシティー深水バースで荷役する大連船籍のコンテナ船
       

    

考えてみれば、古代では大陸文化吸収の拠点であり、中世には交易の窓口であったことから、ある意味当然なのかもしれない。
      

       
福岡市が日本発祥とされる事物には、稲作農業、禅宗、茶、饅頭、そば・うどん、そしてセーラー服まであるとされる。

      
        
Dsc_3349
現代の商業の中心  -天神地区

       
       
言ってみれば、「新しいもん好き」の風土があるのだ。

      
    

Dsc_3155
福岡(博多)のシンボル的な風景 -中洲
    

昨今、日本の外交、通商のパートナーが欧米に加えアジアの比率が高まるにつれ、その意義はますます強まっていくことだろう。

   

    
日本の沿海各都市が、そろってアジアとの交流拠点・窓口を標榜している今、先行・福岡市はさらにステージアップされた新らたなアジアとの経済交流のコンセプトを打ち出す方針だ。

     

福岡市は以前から結構「住みやすい街」として、国内だけでなく海外からも評価されている。

    
   

Cover15 最近も、イギリスの情報ビジネス誌である「MONOCLE(モノクル)」の7月8月合併号で「世界で最も暮らしやすい25都市」ランキングで、福岡がショッピング部門で第1位、総合でも17位に選ばれた。
    
(画像は福岡市公式サイトから引用)    

               

ショッピング部門で世界一というのは正直驚いたが、日本からは東京(総合3位)、京都(同20位)と並んで3都市がランクインしている。

      

ちなみに、総合1位はコペンハーゲン、2位はミュンヘンだったという。

     

どういう基準なのか定かではないが、世界的には知名度の低い福岡市がランクインしたことは嬉しい限りだ。

      
   
今後、どんどんニッポンを売り込んでいくためにも、ここ福岡市は「プロモーションシティー」として商流・物流の拠点の役割が期待されること、

そして、アジア各国の人たちの日常的なライフスタイルの一部に福岡がその快適な空間やサービスを提供する街になることを戦略化して欲しい事を、この日の会議で提起させていただいた。

      

   

10年ワイドの都市戦略を練るということは極めて高い構想力、イメージする能力が求められることを実感した。
      

     
アクション重視が伝統の福岡市が打ち出す新たな戦略に注目だ。

   

     
Dsc_3132

    

    

熱い街

      
あぢいいい~~ッ!!

     

     
福島から、サミット厳戒の東京を渡り歩いて
一気に南国・宮崎にやって来た。

      
      
Dsc_2262

               
同じ暑さでも、宮崎の場合は気合の入り方が違う。

     
Dsc_2249

     
     
通りを歩いていても気を失いそうだ。

      
    
Dsc_2377

エエッ?! 道行く人の影が無いッ!

    

頭の真上から容赦なく陽光が浴びせかかっているんだ。

              

Dsc_2375

      
何処をさまよっても真っ青な天を仰ぐばかり。

    

タオル地のハンカチの感触だけが、襟首の薄い皮膚を通して、 自分がまだ正気であることをなんとか確認できる。

    

         
日中の通りは繁華街でも誰も歩いている人はいない。

    

きっと宮崎の人はみんな屋内でじっとしているに違いない…。
    

僕だってそうしたいもん。

    
   

ところが、午後から県下の様々な分野の皆さんと面談したが、
なんのなんのみんなパワフル元気なのには驚いた。

    
      

次々と心に秘めたチャレンジ構想やアクションプランをぶつけてくれ続け、終始圧倒された。

     

しかも終日、いや午前様・・・。

    
   

 すげええええ~ッ。

   

宮崎の人は、いったい何食べてるんだろう???
         
何飲んでんだろう? 何鍛えてるんだろう?

      

いろいろ憶測してしまうほど底知れぬ南国パワー。

    

気温が上がれば上がるほどテンション上がっているんじゃなかろうか。

      

Dsc_2425

来訪50万人を突破した宮崎の「あの観光地」は

今日も若い女性が大勢詰め掛けていた。

    
Dsc_2433

    

      

深夜まで語らうテーマも前向き、アクティブ、ポジティブ。

    

それも一人や二人の話ではない。次々と・・・だ。

   

体力はほとんど消耗しても、精神は満タン充電状態に「させられ」た。

      

   
Dsc_2361

   
方言だって資産。 胸を張って堂々と・・・

   
Dsc_2469
この暑さ どげんかせんといかん!!

        

   

翌日は土曜にもかかわらず、帰路の空港にまで何人もの方が議論に訪ねて来てくれた。

    

Dsc_2332

    

トロピカルフルーツ王国の片鱗

   
Dsc_2309

   
Dsc_2316
とても僕には手が出ない高価な宝石たちよ

       

     

「大変化している10年後を見据えて、今やるべきこと」

    

ホントに大勢の元気人が、自分の頭と体で考え抜いている現実テーマである。

    

宮崎の街は暑い、いや 熱いゼ!!

    

Dsc_2267_2

     

      

      

東北の雄に降り立って

                
今、福島県郡山市に来てます。

   
Dsc_1048_3

    

乗り換えのために通過したことはあるけれど、目的地としてやって来たのは初めてなので、いつもながら興味津々である。
      

  
Dsc_1351

   

仙台市に次ぐ東北第二の商圏といわれる郡山について僕はあまりに知らないことが多い。

   
Dsc_1057
郡山のランドマーク -ビックアイ

     

東日本の交通の要所という地勢的な優位性も見逃せない。

   
Dsc_1163

    
      

福島県はこの数年、農産物や食品などを中国、台湾、香港などに
とても熱心にプロモーションしている雄藩ならぬ攻めの雄県である。

   

この街にも中心市街地のシャッター通り現象が見受けられるが、
知れば知るほど興味が広がる街であることがわかる。

  
Dsc_1155
最近、どこでも見られる風景となってしまった

     
     

駅から程なく、安積國造(あさかくにつこ)神社に立ち寄った。
   

        
Dsc_1326

  
Dsc_1305_2

  
      

そうそう、幕末の大学者である安積艮斎(あさか ごんさい)の誕生の地だったのである。

  
Dsc_1242
安積艮斎の像

     

幕末の歴史ファンである僕は当然釘付けだ。

  
Dsc_1290

    

1853年ペリー来航の際、アメリカからの国書の翻訳も行なった官学の頂点に立つ学者として知られるが、多くの門人の中には吉田松陰だけでなく、高杉晋作や小栗上野介、岩崎弥太郎までいたとは僕も知らなかった。

    
    

福島の幕末期というと、会津藩の数奇な歴史をすぐに思い浮かべるが、安積艮斎の存在は福島県のイメージを一新させてくれた。

      
   

明日はその会津にも足を伸ばす予定だ。
    

    
Dsc_1188
僕は坂がある街が大好きだ

    

Dsc_1332
きっと優しい人が多い街

      

      
ここ福島県は、これから何度も足を運ぶ土地になりそうな予感がする…。

       

     

出島精神

(先回から続く)

長崎といえば、いにしえから続く交易の窓口。

 

その活発な動きは、今にも通じている。
   

「ニッポンを売る!」ことでも長崎は早くから取り組んでいる。

   

活魚の中国向け輸出に熱心なことはつとに有名である。

    
Dsc_9806
新鮮ピチッピチの鮮魚

     
   

最近はイチゴやビワなどの農産物を台湾や香港にも盛んにプロモーションしている。

   
Img_0581
海外でも長崎の味が手に入る

  
Dsc_4371

         

        
江戸時代には、長崎俵物といって、当時の高級海産物を中国に輸出していた歴史がある。

     
   
Dsc_0210

    

特に、俵物三品といって、フカヒレ、干しナマコ、干しアワビは中国大陸では珍重されたのだという。

    
Dsc_0213

    

今と同じではないか。

      

     
明治以降、土地の干拓で現存しなくなったけれど、出島が立派に再現されており、往時を偲ぶことが出来る。

     
Dsc_8998

     

出島は1636年に江戸幕府により建造された人工島である。
      

      
Dsc_9141

                
ここを訪れるとなぜかタイムスリップ感を味わえる。
   

なんだか映画撮影のセットのよう。

       

Dsc_9017

    
Dsc_9224

     
     
     
今、わが国では、エネルギーや食糧の高騰、政治不信、海外摩擦などで偏狭なナショナリズムや愛国心が高まっているようで私は危機感を覚えている。

    

Dsc_9194
精神の扉だけは常に開いておきたい・・・
異なる文化、他者を受け入れる精神を大切にしたい

        

世界の動きに敏感なはずの日本人が、かえって内向きの議論をはじめていることに危惧しているのである。

      

幕末や太平洋戦争前の様子と重ね合わせているのは僕だけなら良いのだが・・・。
     

    

ここ長崎は常に国際交流の舞台として大きな役割を担ってきた。

      
Dsc_9237

   

東京に行くより上海の方が近い長崎では、考え方が柔軟な人が多いことは財産である。

    

Dsc_9117

          

ぜひアジアの活力を取り込み、この国を元気にする最前線となってもらいたいものだ。
                               (終わり)

    
Dsc_9920

  
ここ長崎から熊本県に続く国道324号線は、なんと長崎中心街である浜町アーケードを貫いているという全国でも珍しい国道である。

   
Dsc_9928
ここが国道なのだ

    

   
Dsc_0223
長崎蛇踊り