少々気の重い日々に、心癒される街

パソコンが退院してきた。
      
が、まだ完全回復でなく
重症のままでの帰宅である。
       

器械が思うに任せず、気が重い・・・。

 

 

さて、この間、島根県松江市に行ってきた。

    
Dscn8049_2

8月最後の日とはいえ、沿線山間部の田園風では
稲穂がこうべを垂れ始めている。

     
Dscn7934

島根県は、農産物の輸出では、知る人ぞ知る
JA西いわみの米と、JAくにびきの牡丹などの輸出で
早くから組織的な活動を展開し、
実績・経験を有している先進県である。
         

今年も面白いことをやってくれそうである。

 

         
しばし、街へ繰り出してみた。

 

名城松江城を中心に城下町を散策できる遊歩道が整備されている。

 

Dscn8867_2         
Dscn8772
武家屋敷前  日本の道百選
            

Dscn8759                
Dscn8897
出雲名物「割子そば」

                  
松江は訪ねる度に、また来たくなる静的な魅力に満ちた街である。

            
Dscn8806_2
         

 
静的魅力とはいうものの、どっこい今は
国民の応援を担って最前線で頑張ってくれている。

       
Dscn8062_4
                                           
Dscn8053
こんなにも近かったんだ

 

今年は古事記編纂1300年を記念して出雲大社を中心に
11月まで様々なイベントが繰り広げられている。
http://www.shinwahaku.jp/(神話博しまね)
       

   
ぜひ多くの人に訪ねてもらいたい聖地である。

 

   
Dscn8088
宍道湖大橋川河口の夕景に心を奪われた 
                                 

元気の源が失われる危機感を実感した

                                              
酷暑のただ中、熊本県阿蘇市を訪ねた。
       

そう、先月11日から発生した「九州北部豪雨」で        
もっとも被害の大きかった地域のひとつである。

        

Dsc_3555
      

阿蘇五岳の山腹もごらんのとおり、
普段ならばこの季節、鮮やかな緑に覆われている斜面も
猫が引っ掻いたように深くえぐられた跡が生々しい。

   
Dsc_3608
     

麓の土砂ダムにはおびただしい流木や土砂が堆積し
行く手を塞いでいる。

   
Dsc_3652

   
Dsc_3577

夏休みの観光シーズンを迎え、
危険な個所を応急手当てを施され、
幹線観光道路は安全が確保されている。

   
Dsc_5012

          
連日の全国ニュースで報道されていた内牧(うちのまき)地区は、
阿蘇を代表する温泉街のひとつだが、
付近を流れる黒川が氾濫して大きな被害を受けた。
         

なかには1メートル以上の水が押し寄せ、
ホテルや病院に深刻な打撃を与えたという。

     

地域の被災廃棄物(水害がれき)置場に行ったら息を呑んだ。

 
Dsc_4898

             
おびただしい量のがれきが積み上げられている。

  
Dsc_4865
      

これでも半分以上が処理されたというのだから
その被害がいかに大きかったかが想像される。

  
Dsc_4878

話を聞けば、
水分を含んだ畳は、大人二人でも持ち上がらないほど
重くなるのだそうだ。
      

また、火山灰の土砂を含む洪水は泥流と化し、
排除がままならない。
    

さらに、水が引くと今度はセメントのように固まり、
手が付けられないほどの状態だったと言う。

     

       
地区の親しい畜産農家さんをお見舞いに訪ねた。
    

幸い、畜舎も水田、畑も
道路一本隔てて難を逃れたそうだが、
避難指示が出て数日間非難をされていて連絡がつかなかった。
        

当日深夜の豪雨の恐怖体験を伺い、
その後の気の遠くなるような復旧の苦労を耳にすると
かける言葉がまったく出てこない。

    
Dsc_4924
      

20年前にもこの地区では
浸水被害が出るほどの豪雨があったが
今回の被害は比べ物にならないそうだ。
     

このお家からわずか150メートルほどの裏手では
外輪山の麓の土砂が崩落して家屋を呑みこみ
3名の尊い命が犠牲となった。

  
Dsc_4954       

絶句して腰が抜けてしまった。

  
Dsc_4930

      
       
全国、そして海外でも自然災害が多発している。

     

この現実にどう向き合うべきか思案しているさ中にも
また新たな被害が地域を襲い続ける。
        

Dsc_4941

        

大都市に対しても生命線の
食糧、水、空気、電気、元気を供給している地方が
次々と深刻な打撃を受けているのだ。

               

Dsc_4955

           

        

待っていてはもう答えは出ない。
        

東洋の真珠に一陣の強風を観た

          
昨夜まで香港経由で中国広東に駆け足で行って来た。

    

滞在中、ずっと雨模様でうんざりしたが
香港では今まで見たこともないような光景を観てショック。

  
Dscn7068
    

23日夜から24日未明にかけて襲った台風8号
(アジア名:ヴィセンティ・韋森特)の直撃を受け、
かなりの被害を受けた様子だった。

   
Dscn7037

   

シグナル10という最高度レベルの台風警報が発令され、
24日の晩は強風と大雨に一睡もできなかったと友人が恐怖を語っていた。

   
Dscn7053

    

シグナル10が発令されたのは1999年以来というから13年ぶりということになる。
            
ちなみにシグナル8以上で学校や会社は休みとなる。

   
Dscn7040

            

僕が訪ねたところも、大きな街路樹が根こそぎ倒れ、
太い生樹の枝が折れるなど、その物凄さがうかがえる。

  
Dscn7033
   

この地域でこれだけの台風が発生するのは珍しいことだそうで
先日も豪雨が九州を襲ったが、
ここ香港でも異常気象、地球の変化が噂されるようになっている。
   

Dscn7024       
Dscn7036

     

それでも郊外の大型アウトレットモールに足を運べば
買う気満々の中国大陸から来た観光客でごった返し
そんな土砂降り雨にもかかわらず、
目を疑うような買い物ぶりを今日も見せつけていた。

     
Dscn7170    
Dscn7191
   
Dscn7223
        
   

これも一陣の強大台風と言えばそうかも知れない…。
            

試練を超えて希望に向かう火の国

   
福岡県、大分県と並んで
今回「九州北部豪雨」で大きな被害を受けた熊本県
3日間かけて、現在なお復旧作業中の阿蘇地方を除く
県下を巡回訪問してきた。

  
Dscn6421
熊本市の中央を流れる白川  普段は清らかな水をたたえる清流も今回濁流と化した爪痕を初めて目撃した

   
JAの方の話によると20日現在、未集計の数字でも
熊本県など被災3県では1100億円を超えるという
桁違いの被害が発生しているらしい。

   
Dscn6626
あちこちで重機を用いて護岸工事をしていた

   
未だに阿蘇地方では道路が寸断されて車両が進入できず
JA職員が人海戦術で物資を搬入している所もあるという。

    
Dscn6429
熊本市から阿蘇地方を眺める あの山懐では未だ懸命な救出復旧作業が続いている

   
それでも各地を訪ねると多くの生産者、事業者、行政、JA関係者の皆さんたち延べ150名を超える熱心な皆さん方と海外販路開拓について、情報交換をこの3日間で集中的に行なった。

   
Dscn6498
安全・健康に心を込めた商品創りを目指す水俣の町

   
    
この2年間、県庁の担当官と一緒に
県下50を超える事業者を訪れ、
現場の声を聞き、支援の戦略戦術メニューを策定したり
海外での個別サポートを行ない、実績を積み上げている。

     

販路開拓にかける事業者の皆さんの熱意には、
いつも圧倒される火の国の熱いマグマが沸騰している。

  
Dscn6660
大人気キャラクター「クマモン」関連商品も溢れている

      
    
この熊本県ほど海外販路開拓においては、
間違いなく最も熱心で、層が厚い県はないだろう。

  
3~5年先が楽しみだ。
     

必ず結果を出すことは間違いない。

    
Dscn6606
   

一日も早い復旧を願い、被災された皆様には
心からお見舞い申し上げます。

                       

第二の古都を訪ねて(その9)

    
鹿港(ルーガン)の街を歩くと、道端で
牡蠣(カキ)の殻をむく作業をしている光景に出会う。

  
Dscn1446

   
ここが海辺に近い街であることを改めて感じる。

          
おしゃべり好きのお年頃(?)のオバさんたちが、
なぜか黙々と作業をしている。

     
       
そう、鹿港の名物に、カキのオムレツ(蚵仔煎)が挙げられる。

     
Dscn2427

   
そう、台北の屋台でも良く見かける一品ですね。
        

焼けた鉄板の上に、
カキ、卵、そして片栗粉を溶いた液体で合わせ
レタスや青菜などを散り、店独自の甘辛タレで味付けする。

   
Dsc_3019

    
天后宮の参道でも、数件が店を連ね
店頭で実演調理している。

   
Dscn2217
片手で卵をつかんで割りいれ、殻をポンと横に投げ捨てる瞬間

   
そのアクロバティックな動きも興味をそそるが、

やはり、
ジュウ~ジュウ~という乾いた音、
香り立つオムレツの匂い、
そして熱い鉄板で踊る食材を観ていると
五感を刺激されますね。

   
Dscn2218 
      

  
この日34.5℃もあり、暑くて水ばかり呑んでる僕が
名物を実際に口にすることはなかった・・・。

   

さらに露天街をディープに進んでいくと
やたら長い行列が出来ている店がある。

   
これも鹿港名物「芋丸」である。

   
Dscn2422
    

あまりに人気なので、写真だけとって
あとから引き返したら丁度行列が切れて
商売上手な姉さんが、

  
Dscn2414

   

ちょっとぉ、名物食べていきなさいよ~!

と誘われたものだから、
不覚にもつい求めてしまった。

   
Dscn2416

     
なぜ不覚なのかというと
あまり口に合わないことを体験済みだからである。

    
今回もまた、買った責任をやっとの思いで果たした。

    
僕は絶対にその土地の食べ物の素晴らしさを感じるまで
好奇心を持ってトコトン好きになるのだが、

どうにもこの芋丸だけはまだまだ時間がかかりそうだ。

    
Dscn2421
     
豚肉の餡をタロイモの細切りで包んで蒸し、甘辛のタレを付けて頬張るのだ 。

       
僕の座右の台湾版書籍には、

「傾国傾城的超級美食」とあるのだが、
そのココロが未だ理解できないもどかしさに襲われる。

    
でも、だからこそ食文化って面白いと思う。

   

僕が20年以上前にここを訪れて忘れられない味は

焼きたての牛舌餅である。

  
Dscn2186
一番手前が「牛舌餅」

       

鹿港の街ではどこにでも売っている名物駄菓子である。

餅と名付いているが、
日本でいうもち米製のの粘り気のある食べ物ではなく
練った粉を焼いたサクサクするパイのようなもので、
普通に売られている分には、
正直言って、味もそっけもない素朴なスナックのようなものなのだ。

   

これが、冒頭強調したように「焼きたて」なら話は別。

  
Dscn2168
働き者の親子が一生懸命に牛舌餅を焼く
      

     
鉄板からそのままアツアツを頬張ると
なんとも深~く甘い匂いと適度に香ばしい香りが溶け合って
フランスのパイに匹敵する! と感動したことを覚えている。

             

まさに地域ブランドの現場でしか味わえない価値がある。  

そう、桁外れの暑さと芋丸の重い余韻のせいで
今回は牛舌餅も敬遠となってしまった。

  
Dscn2183
鹿港産手延べ麺線  そうめんのような感じ
  

鹿港名物には、ほかにも肉まん、麺線、イカのとろみスープ(魷魚羹)などがあり、台南と並んでB級グルメやスナックの宝庫といえるだろう。

   
(シリーズ終わり)

   
Dscn2205
    
Dscn2187 

 

第二の古都を訪ねて(その8)

Dscn2207
海上航行の安全を願う媽祖を祭った天后宮の門前

               

     
鹿港の総鎮守的存在である天后宮前の参道エリアは
商業圏としても観光屋台群としても集積が進んでおり
日差しが強烈だったこの日も大勢の市民や観光客でごった返していた。

   
Dscn2447

         
外気温34℃の猛烈な暑さだが、
木陰に入ると一息つける。

   
Dscn2160

         
爽やかな風が頬を伝っていく。

  
Dscn2164

     

参道は、鹿港のメインストリートでもある中山路にそのままつながっている。

  
Dscn2152      
     

往時はとても豊かであったのだろう、アーケードが設けられ「不見天」、
道路はレンガが敷き詰められていて「不見地」、
さらに当時は女性はあまり気軽に外出できなかったことから
通りでは女性を見かけない「不見女人」の「三不見」と言われていたそうだ。

    
Dscn2500
通りの至る所にこのようなレトロな建物が

  
Dscn2424
商店街は観光客でごった返す
      

Dscn2387
採れたてのアスパラガスと柔らかなニラの花を売ってる
              
Dscn2439
サツマイモのチップスだろうか  卍のマークは精進を表しているのかな
    
Dscn2541
     
   

鹿港の伝統工芸品として有名なのが燈籠(とうろう)。
          
中山路のあちこちに燈籠店が店舗を構えている。

    
Dscn2494
有名な呉敦厚燈籠舗

    
国賓の土産になることもあるそうだ。

  
Dscn2488
鹿港名物の浜風に揺れる燈籠
          

  
今回の鹿港シリーズ、
なんか観光案内みたいになってしまった。

   

最後の一回、B級グルメまでお付き合い頂きましょう。

        

(次回に続く)
            
           

第二の古都を訪ねて(その7)

                         
最近は台湾でも中国・香港でも復古調の路地や街並みを再現した商業エリアの出現が目立つ。
   

Dscn1931
      

鹿港にも「鹿港老街」と称する昔の街並みを再現した観光通りが整備されており、古都の風情を感じながら、往時の賑わいに少しだけタイムスリップさせてくれる。

     
Dscn2030
     
Dscn1985
   
Dscn2006
     

路地の両側には、木造家屋やレンガ造りの家が軒を並べる。

    
きっとかつての日本とも そんなに違わないはず。

   
      
Dscn2038
         
Dscn2066

            
今、鹿港老街と呼ばれている一帯は、もともと「古市街」と称されていた。

  
Dscn1994
烏魚子とは「からすみ」のこと。台湾でも名物
   
Dscn1962_2
どこの国でも子供のおねだりは微笑ましい
   
Dscn2103
手彫り彩色のゴムパチンコ。懐かしい。ひとつ190元(約600円)なり

         

この一帯は、清朝乾隆年間に鹿港が最も栄えていた頃の、
埠頭街の貿易商で賑わっていたエリアだそうである。

  

Dscn2075       中国大陸とも僅か200kmほどだったんだ

         

中国大陸から続々と移民が入り、
米や砂糖、農産物などを中心とした貿易を活発に行っていたようである。

  
Dscn1953
当時の豪商屋敷にあったと言われる「半辺井」。 とても貴重な井戸も、半分は自分の家で使い、半分は往来の人々にも分け与えたという、往時の栄華と鹿港人の美徳を表している遺産と言われている
    
Dscn1957        

        
台湾の地方に行くと、最近、
食の分野で「古早味」なんて言葉をよく見かける。

           
台湾や福建閩南地方でよく使われる言葉で、「懐かしの味」といった意味だろうか。

    
Dscn1937_2
      
Dscn2046
ここにも古早味の文字が…

   
          
街歩きの好きな人なら、いくら時間があっても足りないだろう。

   
Dscn1961    
Dscn1945
   
Dscn2026   
       

とにかく日差しが強くて暑かった。

  
鼻の頭が日焼けで真っ赤になってしまった。
    
季節違いの鹿港版トナカイさんだ。

   
Dscn2093
木を愛する人々でもある
   
Dscn2003
   
Dscn1972
ここにも路地裏を見つけた。つい足を踏み入れたくなる
    
Dscn1949         
(次回に続く) 
               

第二の古都を訪ねて(その6)

(先々回から続く)
         
再び、台湾中部の鹿港(ルーカン)訪問記に戻ろう。

         
趣味を持たない僕の数少ない楽しみが、これまで何度も紹介している
出張先でのわずかの時間を見つけての路地裏歩き

           

普通、宿泊ホテル周囲のガイドブックに載っていない庶民生活空間を、時間がある限り歩く訳だが、ここ鹿港は路地裏(台湾では巷と言う。北京では胡同フートンが有名)も重要な観光資源で、さっそく2大路地裏を探検した。
       

ひとつ目は、九曲巷(正式名称は金盛巷)である。

 
そう、すなわちいくつも曲がりくねった路地のこと。
                     
     
Dscn1845

            
昔の街は、川沿いに造られたりしたから
曲がった路地が多い。

  
Dscn1914

               
また一説には、強い海風や砂塵が吹き込まないような構造を採ったためとも言われている。

 
Dscn1918       

前回訪れた時と比べ、余りに俗化・観光地化されていて、
生活臭は微塵もないので面白くはないが、
往時の街並みを体験するにはやはり訪れて良かった。

  
Dscn1860
   
Dscn1863
   

Dscn1910     
        
結局、曲がり角がその名のとおり9か所だったかどうかは
数えるのを忘れたから、不明のままになっちゃった。

  
Dscn1869
   

Dscn1855      

           

二つ目の路地は「摸乳巷」。
   

Dscn1828        
    

読んで字のごとく、すれ違うと胸が触れ合うほど狭い路地。

   
Dscn1791
     

肩幅が広い僕が普通に立つと、もう路地を塞いでしまい、ホントにすれ違えないほどに狭い。
     
長さは100m、幅は70㎝ほどしかないらしい。

  
Dscn1800       
    

どうか、どうか、向こうから女性がやって来ますように…。」

と強く念じながら、この路地を進んでいったが、
悲しいことに、何びとともすれ違うことなく無事反対側にたどり着いた…。
           
    
Dscn1816
     

結局、胸どころか、僕の突き出たお腹が壁にこすれそうだった。
      

Dscn1841

           
これだから、海外での路地裏歩きは止められない。

(次回に続く)
                

巡回してきました。

                   
先週、台湾・鹿港の記事を自動アップしていた10日間で、
香港、中国、そして台湾に2度行ってきました。

        
    
日本は梅雨の真っ只中で水害にも見舞われているが、
香港は雨期が終わったのだろうか、
6月末のその日は過酷な暑さだった。
    

Dsc_1281
香港・ネイザンロード   
     
     
ちょうど、7月1日は香港が中国に返還されて15周年という節目にあり、
胡錦濤主席が香港を訪れることもあり、結構騒がしかった。
    

新しい行政長官の就任に当たり、
香港市民の政治不信は神経質に思えるほどで、
民主化実現へのプロセスの難しさを改めて強く感じた。

 
Dsc_1270     
   

それはお隣、中国広東省もかなり荒れたニュースが飛び込んおり、
新体制のかじ取り手腕が問われそうだ。

   
Dsc_1313
香港コンテナターミナル

     

とはいえ、香港の元気な仲間たちは相変わらずパワフルで
日本から来た元気人たちとの交流が実現し、
面白いアイデアや情報を交換できた。

  
ヒントや答えは、常に現場にある…。

        
Dsc_1379
異常に蒸し暑い香港での一服の清涼剤  “港式檸檬茶(レモンティー)
      
   
           
香港・日本のチャレンジャー諸氏の熱気たるや
震災前とも違うし、震災後の去年ともすっかり変わってきたぞ。

  

台湾も、二期目の馬英九政権がスタートしたが
ここでも多くの不安定要素を抱えている。
     

日本も政治がガタガタだとよく言われるが、
僕の眼には、近隣アジアはどこも同じに映る。
   
そういう時代の過渡期なのだ。

    
    

一回目の訪台は、台北とその郊外。

  
Dsc_9495
動き出す農業プロジェクト  日本の農業者にとっても今や輸出だけが海外チャレンジではない   

Dsc_2617
久しぶりに訪ねたらすっかりベットタウン化していた淡水の街

      

二度目は台北ではなく、さらに北部の淡水や中北部の桃園県、ハイテク園区で有名な新竹市を廻り、これからの台湾の「延びしろ」を舞台にしたプロジェクトの可能性を探ってきた。

  
Dsc_2663
桃園県のアクセス良好な土地でニッポンを売る!!仕掛けが始まる 
    
Dsc_2720
「東洋のシリコンバレー」新竹科学工業園を目指す道 

      
    
ニッポンの外に、
グローバル市場という名の桃源郷があるわけではない。

   
Dsc_3040
ハイテクシティー新竹も、夜になるとアナログ・ホットな夜市も現れる     城隍廟夜市  

     

いつも強調しているように
        
探すものではなく、創るもの

  
    

改めてそう感じた巡回出張だった。
                      

第二の古都を訪ねて(その5)

                  
前回に続いて、古都・鹿港の寺社風景をどうぞ。

   
  
天后廟

    
Dscn2105
      
Dscn2115
       
Dscn2128
あっ、ここにも平安米が   お米は幸運をもたらす
      

Dscn2131    

Dscn2133
     

Dscn2139

   

次も、同じ天后廟。 鹿港の街の総鎮守のような存在。

  
あの媽祖を祭る航海安全の神様。
        

       
Dscn2211
       
Dscn2227
   
Dscn2230
手を合わせてお願い事
   
Dscn2231
       
Dscn2235
ご先祖様があの世でもお金に困りませんように
    
Dscn2249
参拝者のほとんどがお線香を上げる
   
Dscn2262
台湾のお寺は多神教が多い。様々な神様が祭られている
    
Dscn2322
   
Dscn2326
   

一度にたくさんお寺を廻ってお参りしたら、
僕も心が少し清められた気分がした。

(次回に続く)