年頭之辞

     
新年あけましておめでとうございます

   

     
    
2009年の元旦を迎えた。

      
              
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中国・上海

      

        
元旦とは、元日すなわち1月1日の朝のことで、
という字は地平線に昇る太陽を表しており、
漢語でも「朝」「早朝」を意味している。
      

             
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中国海南省・三亜

     
       

     
日頃夜更かしが多い生活をしていても、
見知らぬ土地へ行くと何故か早起きとなり、
自由に散歩できる時間もいつも朝に限られるから、
おのずと朝の印象が深い。

       
      
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ベトナム・ホーチミン  サイゴン河畔

    
    
以前は、受身で嫌なことが待っている日も多く
そんな日の朝なんて明けて欲しくないと思うこともあったが、
最近は毎日がチャレンジすることが多く、
結構寝起きはいい方かも知れない。
     
     

今日もまた誰かと出会うことができる!

     
誰かと面白いことを考える、行動する。」
       

      

そんな日が一日でも多くなっていることに感謝している。

      
         
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ブラジル・サンパウロの朝

    
    

境遇が良いか悪いかではなく、
自分の気持ち、姿勢が朝の迎え方を決めるのだ、と気づく。

     
     
一年の計を練る元旦もまた…。

   
    

      

  ちなみに、

一日の計は朝にあり  
一年の計は元旦にあり  
十年の計は樹を植えるにあり  
百年の計は子を教えるにあり

                   だそうである。
     
       
    
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ブラジル/アルゼンチン国境・イグアスの朝

     
    

底が見えない景気後退、社会の閉塞感、生活・将来への不安…。

     

年が改まることで、
とにかくマインド(気持ち)を変えたいのはみな同じ。 

    

         
    
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ロシア・ウラジオストク港

     

     
「ニッポンを売る!」地場産品の海外販路開拓も、
円高、世界的不況、購買力の低下などこれまでにない逆風が吹き荒れている。

     
       
だから今こそ、ファイティング・スピリット(闘う前向きの姿勢)が湧いてくる」というもの。

     

    
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タイ・バンコクの夜明け

    

      

世界中が協力して、再び「バーチャル金融膨張経済」の復活を許さないとしたら、新しい経済秩序と価値観の大転換の中で、地方が、農林水産業が、額に汗する製造・販売の実体経済が先頭に躍り出て、環境共生の時代を構築する絶好のチャンスだと捉えて行動していきたい。

       
       
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日の出前のカンボジア・アンコールワット

    

    
春は必ずやって来る。  …これは当たり前。

      

その春をどうデザインするかが、
今の私たちに課せられたワクワクする作業なのである。

      

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維新の郷  -鹿児島

      

      

           
本年も「ニッポンを売る!」を

どうぞよろしくお願い申し上げます。

      

     
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シンガポールから帰路の機内で

          

変人が2008年を振り返る

      
確かに今年は、ず~っと変だった

 
   

年が明けて1月、
冷凍餃子事件が発覚し、
原油が初めて一バレル100ドルという値をつけた。

   
   
異変の始まりだった…。

   
   
    
その後もずっと、
社会も、経済も、政治も、そして生活までもが、
これまでの常識を超えるような異常に変な事が起こり続けた

    

   
お隣の中国でも、
去年は金猪年といって、あれだけの高成長を遂げ順風満帆だったのに、旧正月の南部の大寒波を皮切りに毎月のように信じられないような大変化が襲った。

   
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中国だけでなく世界を引っ張る使命を帯びて    -中国・上海

   
   

北京オリンピックの成功で一時溜飲を下げたが、多くの国民が早くこの年が過ぎてくれればいい、と願うほどの一年だったのではないだろうか。

   

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みんな同じ夢を見た・・・                   中国・青島
       

    

       
もちろん、9月のアメリカに端を発する世界同時の金融危機は、
百年に一度の大津波」と金融の神様とまで呼ばれたグリーンスパンに言わせしめるほどの歴史的激震が始まっている。

   
   
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“あの”一週間前にいた   -ニューヨーク ウォール街
       

       

       

一方、私の活動も、今年はすっかり変化した。

    
   

確かに、相変わらず海外出張は多かった。

    

   
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もう一度行ってみたい大人の街  -アルゼンチン・ブエノスアイレス

    

    

が、農林水産物の「ニッポンを売る!」海外販路開拓活動に加え、中小企業庁の「地域資源活用プログラム」と「農商工連携」のふたつの看板プロジェクトのメンバーとして、全国各地の農林畜水産、中小地場産業の現場を数多く訪問させていただいた。

   
   
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農商工ブランド作りの天才     ― 三重県・津

    
    

それに伴い、今年ほど何百、もしかしたら千人を越える皆さんと新らたに知己を得ることが出来たし、以前から仕事を通じてお付き合いしてきた方々とは、さらに密着した協働作業を行なってきた。

   
    
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元気人イッパイの梁山泊      ―愛媛県・西条

    
   

でも、その大半が、答えの見えない新たな挑戦を始めたばかりで、まだまだゴールが見えるプロジェクトはほとんどない…。

   
      

変といえば、

年末恒例の今年を表す漢字一文字が「」だったそうだ。

   
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                       共同通信社

      

       
まさに、ほんとうに変な一年でもあり、
そして変化を求められた一年でもあった。

     
         
私は、5年以上前から、「ニッポンを売る!」テーマの講演や会合で事あるごとに、現場で頑張る皆さんに対して、
       
この難局をピンチと観るか、それともチャンスと観るか?
      
ピンチをチャンスに変えよう!」  と訴え続けてきた。

       
   
もちろん今でもその気持ちは少しも変わらない。

    

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開拓者精神の先進地  -北海道・札幌

   

      
ひとつ事を生涯貫き通すこと、極め尽くすこと、変わらぬ信念を持ち続けることを至上の美徳だと称える日本人にとって、変わること、変化させること、変貌してしまうことにためらいを持つ人は少なくない

    

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これからアジアのハブになる予感    -沖縄県・コザ

   

      

けれども、私は、社会にも、組織にも、商品にも、個人にも、
「絶対に変えてはいけない事」と「大胆に変えていかなければならないこと」の両面があると常々思っている。

    
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ここぞ極東に開かれた日本海の西の玄関      -島根県・浜田

      

伝統や文化、地域の素晴らしさや環境をしっかりと守ることにおいてさえも例外はない、と思っている。
      

       
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あったかい とにかくすべてが暖かい       秋田県・秋田

    
    

今、世界が大変化を起こしている時代だからこそ、我々が絶対に守り抜かなければならない事と、もっと大胆に変えていく行動に出ることがあると考える。

       
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報道だけでは伝わらない伝統と変化の街       タイ・バンコク

   
    

歴史的に観ても、長い年月にわたり持続していること、
継続・継承されてきたことは押しなべてそうなっている。

   
    

既得権や成功事例として固定化し、その後の環境変化に適切に対応できなかったものは、ほとんどが淘汰されている。

      

しかも、予想を超えるスピードで。
    

       
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戦前から続く“粘り腰の伝統”は今も力強いぞ     -香港

     
        

    

モノポール(一極)支配から滑りおちた落日の大国とは言え、
かの国の新大統領は「CHANGE」 「Yes! We Can」というスローガンを掲げて当選した。

    

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今こそ明るく、若さで   -ニューヨーク・タイムズスクエア

         
             

マルチポール(多極化)あるいはノーポール(無極化)、フラット化するだろうと言われる今後の世界において、日本国内でも多くの分野で一極集中は終わりを告げようとしている。

    

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よそ者だから感じることのできるこの街の素晴らしさ  -山形県・山形

         

          
であるならば、まず変化(チェンジ)を求めるべきは
政権交代でも、役所や大企業でも、社長や部長でもなく、
自分自身である、ということがおのずと分かるはずだ。

    

     
自分が変われば、本当に世界は変わる…。

   
       

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Yes, We can !!           -ニューヨーク・セントラルパーク

      

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    東洋にだって “なせば成る!”がある     台湾・台北

         
           
どう考えてみても、
自ら志を掲げて一歩踏み出す元気人たちにとって、
来年は、まさに「百年に一度の大チャンス」がやってくるとは思えないだろうか!!   ねッ 皆さんッ!
    

      

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忘れかけてた元気を奮い立たせてくれた   -カンボジア・プノンペン

       
       

なぜなら、
固定化された秩序での成長下では困難だったこれまでと異なり、ローカルはセントラルに対し、中小規模は大規模に、マイナー商品はナショナルブランドに、市井の個人は既成セレブに対して、知恵と行動次第では立派に存在感を示すことが出来るチャンスがやって来るという訳だ。

      

      
作られた多様化なんぞに惑わされず、
真に自分のやりたい事、信念を、今こそ現実の形にしよう!

     
      

自分が動けば、多くの支援者だって集まりだすという
元気で明るく、面白い一年にしていこうではないか。

     

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惚れた熱い街   -ブラジル・リオデジャネイロ  コパカバーナ海岸

         
        

       
という漢字。 私はとっても大好きです

     

ヤッパリ変かしら???

    

     
皆さんは、やっぱりよそ見なんぞはせず、
一意専心、岩をも突き通す、ですか?

      

それもまた大切。

      
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僕の心の隙間を埋めてくれた     -岩手県・盛岡

      
ただし、流れゆく水のように、
外部の変化に応じて、
柔軟に自らの形を変えていくことも肝要ではないだろうか。

         
      

          *               *

        

           
この一年間、本ブログにお付き合いいただき、
心から厚くお礼申し上げます。

     
    
来年もまたよろしくお願いします。

         
      

皆さん、良いお年をお迎えください。
    

否、良いお年にしてください

      

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精神(文)と身体(武)のバランスこそ        -香港・文武廟

                 
       
               

本当に、ほんとうに
ありがとうございました。

                          「ニッポンを売る!」啓上

           
       

寒波に震える街で

      
西日本でも雪が降るほどの寒さに凍えたが、
5日、上海でも一日早く寒波が来襲した。

    
    
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黄浦江沿いビル23階からの上海の眺め

      
    

外では立っているだけで芯から冷えて、手がかじかんでしまうほどの冷たさ。

    
      
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北京や大連などでは当たり前のことでも、
上海で冷たく乾燥した寒さはあまり体験したことがない。

      
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上海市民の装いもまたさまざま。

    
           

   
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上海のハイクラスエリア“新天地”でもクリスマスの装いだ。

   
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それでも、世界不況の足音がここ上海にも忍び寄ろうとしている。

    

    
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バーゲン(特売会?)作戦も延期される・・・

    

   
対米輸出メーカーが集積する広東省ほどではなくても、
じわりとその影響が出てきているらしい。

     
   
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中国政府は内需刺激のために大胆な財政出動を行なうという…。

  
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世界の工場から市場へ転換するだけでなく、世界市場を牽引する使命まで自覚しているかのような動きに、私たちニッポンもスピード感を持って新しい扉を切り開いていかなければならない。

       
    

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ホテルの窓からのぞむ

            
      
朝日に見えますか?それとも夕陽に見えますか?

      
   
中国市場をどう観るかは人さまざまだ。

                                        
                                  (続く)

 

終わりの始まり

                  
国広東省・深セン市を訪れた。

   
    
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深セン駅

    

11月と言うのに、深センの街は夏の盛りのように太陽が照りつける。

   

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郊外の大梅沙海岸に行くと、多くの海水浴客で賑わっていた。

    
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砂浜焼けてる。信じられないッ!!

  
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夏を満喫している・・・。

   
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日本ならさしずめ“烏帽子岩”と呼ばれるだろう。中国では“フカヒレ岩”!?

       

     

見た目では海水も綺麗。

     

     
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豊かになったもんだ、とつくづく思う。

    
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すぐそばの深セン・塩田港もアジアを代表するコンテナ港に成長した。

     
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ここ深センこそ中国の改革開放政策のシンボル的な存在であることは誰もが知っている。

   
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私もちょうどこの30年間、国境にある一漁村に過ぎなかった
深センの街の変化の推移を毎年目撃してきたひとりだ。

    
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今回もまた街の様子が全く違っているから、
何の思い出も浮かばないくらい変化が大きい。

    

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しかし、視察先、訪問先など現場の人による話では、
9月のリーマンショック以来、景気が急降下しており、
今どうしてよいか分からない様な混迷振り
を見せている。

   
     
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宝飾貴金属、ブランド品、会員制健康クラブ・・・確かに何処も様子が変だ

      

隣接する東莞をはじめとする珠江デルタ地区の製造業が相次いで破綻や生産調整が進んでいる様子で、中国や香港の関係当局、財界も緊急救済策を模索している。

     
    
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レストランやショッピングモールなどのサービス業などで聞いても
めっきり客足が途絶えているという。

    
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夕方のゴールデンタイムもこのとおり閑散としている

     
     
来年になってから更に実体経済への悪影響が顕在化する・・・
と地元関係者は口をそろえる。

     
      
    
終わりの始まり・・・
      

        

ここ亜熱帯の地でもそろそろ長い夏の終わりを向かえる時が来ているようだ。

    

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季節の変わり目がここにも訪れるはず。

     

          
世界を驚かせた改革開放の地で、
新たな変化の兆しを見い出すこと出来るだろうか?

      

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 この子供たちの未来は一体どうなっているのだろうか?

      

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地球最大の農商工連携(その2)

(前回から続く)

   
続いて、サトウキビ由来のバイオエタノールの製造プラントを視察した。

    
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需要の急増で設備更新もすすむ工場施設の詳細画像はアップしないのがマナー。

  
ゴメンナサイ。

   
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とにかく広大な丘陵地帯に突然現れた巨大秘密基地のような壮観な施設に終始圧倒され続けた。 

   

しばらくの間、そのあまりの巨大さにあっけに取られていた。
    

    
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サトウキビ原料をプラントに運び込む大型トレーラーもこの通り渋滞

     

    

この工場では、直接エタノールを生産するのではなく、まず食品用原糖を製造して、その後蒸留にかけて工業用と燃料用エタノールを精製するのだが、副産物として排出される搾りかすは、発電用燃料としてボイラーでたかれ、工場の自家発電はもちろんの事、系統にも売電されている。

    
また、上澄み液や廃液はそのまま有機肥料として再度畑に散布されるなど、徹底的に循環型リサイクルシステムの完結に取り組んでいる。
    

   
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搾りかすは発電用の燃料となる

   

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発酵上澄み液は、有機肥料として大地に還される。
とってもダイナミックな光景

   

    

生産されたエタノールは、国内はもとより、専用バースを通じて日本を含む世界中に輸出されている。

    
    

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これは地球最大の農商工連携だッ!!

    
    
思わず心の中で叫んでしまった。

   

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有限な化石燃料ではなく、再生産が可能な植物由来のエネルギーだ。
    

製造過程におけるCO2の発生も極力抑える努力をしている。

    

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    視察の時に支給された安全ヘルメットとゴーグル

     

     
よく報道で、ブラジルはアマゾンの原生林を伐採してエタノール用のサトウキビを植えまくっているとの批判めいたものがある。

   

「割り箸は森林資源を破壊するから一律にダメ」式のレベルの類だろうか。

          

       
  
もとより高温多湿に弱く、特に冬場の降雨に弱いサトウキビ栽培は熱帯雨林地帯には適さない。ブラジルではほとんどが、この南東部に栽培が集中しているそうだ。

      

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このような土地を好むサトウキビ

   
   

また耕作可能地で、未利用の土地が日本の8倍の面積もある

       

現に、この数年もブラジルは食糧用穀物の生産量は減少していないという(直接未確認)。

     

     
他国の事情は別として、ブラジルの現場の声にも冷静に耳を傾ける必要があろう。    

(ただし事実の根拠や見解にはいろいろあるのでここでは断定しない)

     

     

現在、ブラジル国内で販売される自動車用のガソリンにはすべて25%のエタノールを混入させることが法律で義務付けられているほどの徹底振りである。

   
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右の価格のガソリンにもエタノールが混合されているはず

    

またエタノールが0%から100%の任意の混合率でも走れるフレックス車も急速に普及しており、資源大国であり、同時に環境大国としても着実に歩みだしている。

    
   
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後ほど行く、イグアス国立自然保護区でも自然環境をそのまま手をつけずに守る徹底ぶりは目を見張るものがあり、
     
   
もしかしたら

    
10年後の環境共生社会をイメージしたければブラジルを見よ!

   
とも言えるのではないか。

                             (連載終わり)

      
     

地球最大の農商工連携(その1)

       
ラジルは世界でも有数の資源大国、農業大国だと言われる。

  
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            豊富な果物    リオデジャネイロの市場にて

    

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サンパウロ郊外のハウス群

       
     

昨年から顕著になった原油をはじめとする資源の高騰、異常気象や新興国市場の台頭、投機資金の流入などで、特に資源国のポテンシャルが際立って高くなった。ブラジルは、中東やロシアと並んでその筆頭だろう。

    
       

    
サンパウロから車で一時間半ほど郊外にあるブラジル最大のバイオエタノール製造工場を視察することが出来た。

   
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サンパウロ市街から郊外へ抜けるハイウエー

   
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1時間もすると見渡す限りサトウキビ畑に  壮観!!

   
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地平線までサトウキビ    ブラジルならではの光景だ

   

かつてはサトウキビを原料とする砂糖の製造メーカーだったが、世界的な需要の低迷、そして70年代のオイルショックを契機にサトウキビ由来のバイオエタノールを自動車用の燃料とする国家戦略が始まった。30年近くも前の話である。

   
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ブラジルのガソリンスタンド  Gはガソリン、Aはアルコール

     

その後、石油価格の落ち着きからこのプロジェクトは一時低迷したが、昨今の石油高騰、とりわけ資源の有限性、地球環境保護の大きなトレンドは一時のブームではない根本問題となった。

    

その情勢下でブラジルのバイオエタノール事業は世界中の注目を浴び、一気に世界の最先端に躍り出ることになったのである。

   
  
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付近の丘陵地帯一帯に延々と広がるサトウキビ畑。あまりに壮観で言葉が出ないほど。

    
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土耕や収穫機械の都合上、等高線に沿って植えられているのが面白い。

   
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続いて、人力と機械双方による収穫の様子も見せてくれた。

   
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炎天下での相当に辛い仕事だ

   
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人手で刈り取る時は、葉が危険で邪魔だから予め火を着けて焼き払っておく。(上図)
      
    
これがCO2を発生させる要因となるので近いうちに刈り取り機を完全導入して焼畑を禁止にするらしいが、そうすると一気に失業者が増えてしまうという新興国ならではの問題にも直面している。

   
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生活保護か、環境保護か?    ブラジルのジレンマ

   
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突然の轟音と共に、地響きを鳴らしながら巨大な刈り取り機が眼前に現れた。

    

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そのド迫力とスケールに驚いた。

   
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大量のサトウキビがみるみる刈り取られていくぞ

    
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まるで巨大ロボットだ

     
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カマキリのような巨大な刃に圧倒される

 
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超巨大トレーラーいっぱいのサトウキビが運び込まれてくる

    

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砂埃、赤土、轟音・・・    とっても男性的な光景だ

     
   

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いよいよブラジル最大のエタノール工場とご対面だ!

                             (次回に続く)

      

遠くて近い国へ(その6)

(先々々回より続く)

    
今年は日系移民100周年にあたり数多くの記念行事がサンパウロでも行なわれている。

   
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サンパウロ・大阪橋付近
   

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私が訪ねた期間も、ちょうど沖縄から大勢の団体がブラジルを訪れ、交流事業を行なっていた。移民の皆さんの出身地は、県別では沖縄県がもっとも多いことからその熱意が伺われた。
   

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その日の夜、在伯日本商工会議所(伯とはブラジルの意味:昔は漢字で伯剌西爾と表記していた)の会頭、日系県人会会長をはじめ多くの日系人のリーダーの皆さんと交流する機会があったのである。

       

本当に親しく面談していただいたが、二世、三世としての生い立ち、先祖先達の苦労や日本に対する想いを存分に伺った。そして感動した。

   
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会長さんのお話に本当に感動し、涙した

   

県人会会長さんの話によれば、当時はもちろん苦労も多く、最も困ったのは異国の地での様々な病気に医者が不足していたこと
      
そこで日系人は医者を育てることをはじめ、教育に力を入れそうである。医学だけではなく、本業の農業技術や土木・建築なども熱心に子弟に学ばせ、これを日系人だけでなく、ブラジル社会に還元させ、広く深く貢献したのである。

    

   
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東洋人街の医院  ※本文とは直接関係ありません

    

それは今でも農業という事業を通じてサンパウロ郊外に深く根付いていて、大勢のブラジル人から敬意と感謝の念を持たれていて、その結果、親日的感情がとても強い

       
僕自身も各地で何度も体験済みである。
  

  
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実に多様な人種が共存する国 -Brazil

   
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友誼の情は大切だよね

   

    

どちらかと言うと、流通や商売に熱心で結束強い中国人や韓国人との決定的な違いがここにあり、日本人街が少ない所以でもありそうだ。
   

   
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チャイナタウンやコリアンタウンは最近海外でもよく見かけるが、リトルトーキョーがとても少ないことにかねがね寂しい思いをしていたが、今回、その理由と真意がハッキリして、却って嬉しい気持ちにもなった。
    

    
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尊敬します 日系の皆さん!

     

僕はこのお話を時系列にスケール大きく滔滔と聞かせていただき、感動し心から涙した。

   
   
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この時ほど僕は日本人に生まれて良かったと誇りに思ったことはない。 

    

アジア各地では反日的感情の発露に寂しい思いをすることがたまにあるが、ここブラジルではまったく逆である。

   
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どこから見ても日本人同士なのに、言葉はポルトガル語だ。不思議!

    

日系移民先達の苦労と貢献のおかげで、後の世代の我々にどれだけの良好な環境をもたらしてくれたであろうか。

    

   
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ニッケイ新聞 !?

  
   

それにしても現代においても、日本人の農業技術における貢献は素晴らしいものがある

     

この点でも、日本国内で餃子問題のアンチテーゼとして感情的に唱えられている内向きの自給論議だけでなく、世界に日本の素晴らしい農業技術を広めることこそ、わが国の戦略にも適うし、自然条件の異なる環境での研究、向上のためにも必要な事ではなかろうか。

    
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ブラジルでは一体何杯のコーヒーを飲んだだろうか?
100年前、コーヒー園の契約労働者として入植した
移民の皆さんの苦労に思いを馳せる

    
     

今回面識を得た日系の皆さん方の異文化を受け入れ共存し、日本の文化や技術の伝播を惜しまないスケールの大きさ、そして底抜けに明るいポジティブ指向など考えさせられることの多い大きな収穫を得た。

      

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日本はこういうイメージ?
   
   
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手作りドリンクとっても美味しかったよ。ご馳走さまッ!

    
    

          

ブラジルはまさに「遠くて近い国」なのであった。
                             
                             (シリーズ終わり)

      

   
※今回、南米訪問の機会を与えて頂いた、創立50周年の社団法人
福岡貿易会
に対し、この場を借りて心から厚くお礼申し上げます。

      

   
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    Obrigado !!    ありがとう!ブラジルの皆さん

   

暴風吹き荒れる世界(その2)

    
(先回から続く)
        

台風「黒格比」(ハッカビー)と共に、アメリカ・ウォール街から来襲した「リーマンショック」が、アジアのグローバル化先進地である香港を襲った。  

    

この日、香港の株価指数であるハンセン指数が700ポイント近く急落。

    

リーマンブラザーズの個人向け小口債権を買った市民たちが決起に集結したり、風評により、ある有力銀行の取り付け騒ぎが起こったりして終日混乱した。

   
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風評の大きさを知る

     

銀行の取り付け騒ぎはその後も数日続いたが、
報道によると1997年のアジア通貨危機で銀行倒産に追い込まれた時以来ということである。

   
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また、もうひとつメラミン入り粉ミルク問題が火を噴いた。

    

まず小さな子供を持つ家庭で混乱が起こり、政府が指定病院・保健所での腎臓結石等の無料検診を発表したところ、多くの親子連れが検査に訪れ大混乱した。

    

関係の病院にも足を運んでみた。
    
   
心配そうな親子の表情、時折泣きじゃくる乳児など緊張感が伝わる。 ※報道人や写真家ではないので、さすがにカメラを向けることは出来なかった。

     

その後、菓子や加工食品、業務用食材、外食メニューなどから次々とメラミン検出の報道が相次ぎ、日本の比ではない食品パニックが起きている

    

事は乳幼児の食べ物ということもあり、中国大陸産食品の安全性に対し、決定的な不信感を増長させる事件となっているようだ。

   

日本産粉ミルクが引っ張りだこになったりプレミアムがついているが、現地のプロの流通マンは、日本の畜産業の現状、原乳等の供給が決定的に少ないことも知っている。
     
今はデンマーク産やニュージーランド産も打診している業者もいる。

   

それにしても日本製品の安全性に対する海外の信頼度の強さを改めて知らされた

   
国内の消費者同様、海外の消費者も日本産を求めているのである。

むしろ、より高い価値を認めているようにすら見える。

    

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香港でも秋果実が並び始めた。甘柿は人気。

   
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日本種のかんしょ(サツマイモ)も香港ではすっかり定着

          

      

金融危機の方は、まだほんの始まりに過ぎない。
      

僕はつい2週間前にNYCウォール街で生の声を聞いたばかり。
      

香港でも、まだ債権や保険など直接米国産金融商品を購入した人だけが騒いでいるが、これから地元金融機関のリストラや減給、もしかしたら再編劇も十分に考えられ、これが製造・サービスなどあらゆる産業に波及し、長期の消費不況、高額商品の敬遠などの状況が予測される。

   
    
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「ウォール街時代の終焉」と大見出し  蘋果日報経済面から

     

一方で、日本以上にアジア各地では中国産商品への不信、日本ブランドへの要求がより強まる傾向もあるだろう。

    

これからはますます、日本国内、香港、台湾、シンガポール、中国など全世界の経済・金融情勢の行方を固唾を呑んで注視し、果敢にチャレンジすることでのみ、自らの生きる道を切り開くことができるのだ。

      

        

金融も農業も、今静かではあるが日本は海外から求められているとみて良いと考える。

      

今こそ、内向きにならず、世界に拓くべし、 だ。
                            
                             (シリーズ終わり)

   

    

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香港は食糧自給率ほぼゼロ。
一人当たりGDPは日本に急接近している。

   

    

暴風吹き荒れる世界(その1)

     
今、南米編を自動更新でアップしているが、
実はその間、香港へ出張していた。

      
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現地で目の当たりにした時事の話題を臨時アップする。

      

     
香港入りしたその日は
まもなく台風「ハッカビー」(黒格比と漢字表記)が通過するということで少し慌しくなっていた。

    

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真っ黒い雨雲が猛スピードで動いていく

   
     

香港島・西区の問屋街でも、
いつもは冗談交じりの下町独特の風情だが、
この日は夕方の再接近に備えて、商品の搬送にも心なしか緊張が走っているように思えた。

      
    
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動きがいつもより慌しい・・・

     
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補修を急ぐ

   
       

午後を過ぎると、風雨が強まり3級台風警報のシグナルが発表されると仕事を切り上げて家路に急ぐ人の姿が目に付くようになった。

     
       
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一晩中激しい風雨が吹き荒れ、特に予想外の降雨に「少し様子がおかしいな?」とよそ者の僕にも感じるほどの凄さだった。

    
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外での営業ももう限界。店閉まいだ

  
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そろそろ傘も役に立たなくなってきた  

      

翌日の方では案の定、香港の沿岸地区、マカオの一部地域で浸水被害に見舞われ、

こんな水害は50年来経験したことがない

というTVニュースでの住民のコメントも。日本でも最近よく聞くフレーズだ。

     

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その後も台風一過とはいかず、大雨に見舞われて動きが取れなかった。

    

ひどい風雨だった・・・。

     

たまに居合わせた台風を恨めしく思ったが、
その日さらなる暴風雨に見舞われることになったのだ。
                            (次回に続く)

      

遠くて近い国へ(その5)

(先回より続く)

セー広場から、しばらく歩くと隣接しているのがサンパウロ市の
リベルダーデ(Liberdade)地区

   
     
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リベルダーデ広場前
     
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広場はちょうど工事中で立ち入ることが出来なかった

      

     

ここは、今回の出張で僕がどうしてもじっくり訪ねたかった場所のひとつである。

    

東洋人街と呼ばれているこの地区は、かつての日本人街で、
いまでも系人の重要なコミュニティーを形成している。

    
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聞くところによると、最近は中国人の進出が目覚しく、店舗のオーナーや家主が商売上手な中国人の手に渡ってしまい、日本人ではなく東洋人街として移り変わっているらしいのだ。

    
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日本人としては少々残念

   

    
それでも街のレイアウトや店の構えは、まだ日本の面影を数多く残している。

    
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通りの入り口は朱の鳥居も

   
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こういうセンス たまらないねぇ

    

さあ、一軒ずつ店舗探訪だッ。

   
   

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調味料だけでもこの品揃え

    
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ブラジル産だろう。日本式の野菜が数多く並んでいる

   
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おやっ!? デコポンが売られているぞ!
熊本県の皆さん!ブラジルまでその名が轟いていますよっ

    
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日本酒類もこのとおり

    
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おおおお~っ!? イチゴが売られているぞ。

   

日本から持っていければ売れるだろか?

   

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サンパウロでも寿司ブームのようだ。

  
日系人というよりも、白人の方が関心を示していた。

    

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       半生和菓子類も良く売れていた

    

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ジャポニカ短粒種の米も山積みされている。
寿司専用米というのもあった

     

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麺類も豊富

       

加工食品がメインだけれども、ものすごいアイテム数にビックり。

   
この通りだけには、日本の空気が流れいる。

     

つい、地球の真裏にいることを忘れてしまいそう。

   

  
日系人はもとより、白人、中国人、韓国人など非日系人も数多く買い物をしていたのが印象的だった。

    
   
ここブラジルでも日本食材は人気なのだ。

    

      
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文字通り日系社会を構成している。 「ココ ヤキウ」は面白い

                
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面白いブランドがあるもんだ

         

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ハチミツや強壮剤プロポリスはブラジルの特産品

      

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人通りは非常に多い。人種に区別は全く感じられない

    
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東洋人街のメインストリートであるガルボン・ブエノ通り

  
鮮やかな夕陽を浴びながら、僕はこの通りにかかる大阪橋と呼ばれる橋のたもとで30分以上も物思いにふけって立ち止まってしまった。

 
長年にわたる日系移民の開拓者精神
思いを馳せながら・・・。

   

それを思えば、この精神はニッポンを売る!という新たな思想として、今も脈々と僕の体に息づいていると思えばよいのではないだろうか?

     

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すでに相当の距離を歩ききっているのに、
脳内アドレナリンは噴出しっぱなし

     

それにしても「ニッポンを売る!」ための本能的行動は
たいしたもんだ
、と自分の事ながら驚くやら、あきれるやら・・・。
   
(本当は時差ボケも加わっていて、かなり参っているはずなのだ)

       

        
        
そして、今からちょうど100年前にあたる1908年にここから約70キロ離れたサントス港に笠戸丸が着岸して、日本人最初の移民が上陸したのである。
                                 (次回に続く)