そう言えば・・・ (その5)

僕が初めてベトナムに行ったのは

確か1992年(平成4年)のこと。

 
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2008年  写真と文は関係ありません
 
 
当時、日本人ビジネスマンの訪問は、
ベトナム商工会議所という組織が
入国ビザから現地手配、アテンドなどを
一元的に管理していた。
 
 
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2007年
 
 
日本からはまだ直行便もなく、
タイのバンコクからしか入国できなかった。
 
ハノイの入国管理事務所では、長時間いやというほど待たされ
荷物も隅々までチェックされたあげく、
パスポートは最後の出国までどこかに預けさせられたのである。
 
 
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全線通訳ガイドと各都市でのガイドがずっと同行して
僕らの世話や安全を守ってくれながら、一方で
変な動きをしないよう監視する役目もあったのだろうか。
 
70年代までの中国と同じシステムだった。
 
 
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2006年
 
 
その時のミッションが
京都の絹関係の訪越団の事務長として
まったく要領を得ない土地でのコーディネート業務だった。
 
西陣をはじめとする京都の和装関係のトップばかりで
ただでさえ気を遣うミッションだったにもかかわらず
素晴らしい団員諸氏のおかげで有意義なビジネストリップになった。
 
 
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2006年
 
 
当時、日本の和装の手加工は中国が主流だったが、
シルクを産するベトナムでも生産拠点移転の動きが始まったころである。
 
 
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政府機関や貿易会社を訪問したほかは
ハノイの郊外にあるシルクの産地や
ホーチミンの刺繍工場を視察して契約に臨んだのを記憶している。
 
 
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2008年
 
 
当時はまだハイパーインフレに悩まされ
社会も平静でありこそすれ、
まだ夜明け前の様相を見せているだけだった。 
 
お土産といえば、戦争の傷跡生々しい
米軍のジッポーライターやソ連軍のミリタリー用品ばかりだった。
 
 
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2006年
 
 
アオザイといえばシルク素材が正式なのだろうか?
 
一般には、人絹レーヨンなどが多いのかもしれないが
 
こうして観てみると、
アオザイの魅力は裾がはためく躍動感
僕には一際美しく感じられる。
 
 
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女性のたおやかさに、裾の動感が加わって
世界に誇れる、凛とした魅力を発する衣装である。
 
 
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シルクという素材にもう一度関心をもってみたくなった。
            
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田中 豊

地域の元気づくりと海外ビジネスを通じて、日本を元気にしたい行動派プロデューサーです。 海外ビジネスの参謀役として長年活動してきました。 とりわけ農林水産業を振興にすることで地域が元気になることを現場の生産者、支援者の皆さんと共に日々実践していることをとても誇りに感じています。 「地域を活かし、そしてつなぐこと」をスローガンに訴え、いつの時でもチャンス(chance)ととらえ、絶えずチャレンジ(challenge)し、チェンジ(change)を果たしていくことの「三つのC」をモットーにしています。