水に暮らす(その2)

(前回より続く)

                        
その湖の名は、トンレサップ (tonle sap)。

    

それまではまったく関心も無かったので、予備知識はゼロ。

     

帰国して調べてみて、東南アジア最大の湖ということを後で知って
その大きさにビックリしたのだが、湖畔に着くまでは沿道の風物に
見とれるも、すでに見慣れてきた光景なので特に大きな感慨もなし。

   

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シェムリアップ郊外の沿道風景

 
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湖畔に着くと、土に還らないビニール袋や無造作に捨てられたポリ容器の汚い岸辺をつま先で歩くようにして、10人乗り位の細長いボートに乗り込む。 4人のメンバーで貸切だ。

   

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現代のアジア的風景(?)

    

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期待よりも不安の船出   

   

   
ドドドドドォーっ!!

   

発動機が勢いよく身震いを始め、若い兄弟が舵を執るボート船はゆっくりと岸を離れた。

    

とても浅そうな水深に少々不安なスタート。

 

  
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元々どんよりした空気に加えて
さらに湖面から沸き立つムッとする湿度と特有の臭気が重なって、
いかにもアジア亜熱帯の旅といった雰囲気に包まれた。

     

  

しかし、

湖畔沿いに広がる人家を目にして、それまでの気分が一変。

     

   

湖の風景とは、

そこに普通に暮らす人々の生活の光景だったのだ。

     

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シャワータイム

  
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お買い物は行くものではなく、やって来るもの??

     
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この家は豪邸ではないだろうか?

      

      

僕の感性のツボにピッタリとハマッてしまったよ。

     

   
   
やってくれたねぇ。  ありがとう Yさん!   

     
      

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この笑顔に出会うためにはるばるやって来たんだ

       

        
アジアを旅して、僕が最も関心を持っているテーマが

「市民生活」「庶民生活」なのだ。

    

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お父さんが網を打ち、お母さんが集めてくれる

   
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家族で魚のつみれ作りかな?

    

     

何度海外に行っても、その国の人々の生活に触れるシーンなんて普通にありそうで実は滅多に出会うことは無い。

    

     
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いま、眼前に水に暮らす人々の日常生活が広がっている。

    

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湖面に浮かぶ移動式の学校。   テレビで観たことあるぞ
         
    
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ここでの登下校はボートに乗って・・・

      

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こちらも移動式のカトリック教会

         

   
想像以上の長さと規模で、その宅地ならぬ「宅水」が続いていた。

    

    

    

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カンボジアでの漕ぎ手は「前輪駆動」なんだな

  
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ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドオーッ 

  

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僕らを乗せたボートは、船尾の錆色の発動機から大きな音と

細長い煙を吐き出しながら、さらに湖面を滑っていった。
                                (次回に続く)

      

水に暮らす(その1)

           
本ブログに頻繁にコメントを入れていただく尊敬する先輩じーこむらさんと、過日、カンボジアとベトナムを訪問したときの事。

   

    
ホーチミン、プノンペンの経済事情を視察してから、歴史文化面での最大イベントであるアンコールワット訪問を終えた後、
遺跡見学の拠点都市シェリムアップでのひとコマである。

   

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明け方のアンコールワット

     
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      心を奪われたレリーフ群

        
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バイヨン遺跡    

    
※プノンペン、アンコールワットでの体験談については、

後日改めて紹介したいと思う。

   

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シェムリアップの街頭

     

    
ベトナム・カンボジアを舞台に幅広く活躍する実業家のY社長がみずから全行程をアレンジ、随行してくれたのだが、

     
そのY社長が、

翌日、シェリムアップでの最後の一日を控え

    
「あしたは終日、湖を観に行きますッ!」

   
と、口火を切った。

    

    
エッ、 エッ、 エエ~ッ ???

    

   
僕は、信じられないくらい憂鬱な気分になった。

    

       

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シェムリアップの市場で

   

   

日本を離れて今日まで、完璧以上の最高のアレンジをしてくれた
Yさんが、事もあろうに湖見物だって?

       
    

自然科学に弱い僕とは言え、

    
そりゃあネエだろう~ という気分だ。

     

    
なんだか、鼻孔の周りが淡水独特のあの生臭い匂いでも漂ってくるかのような、そんな不快感に襲われた。

   

     
Yさんは、ただ エッヘッへ とほくそ笑んでいる。

    
   

確かに、ホーチミンからプノンペンに向かう陸路の移動では、
数年前までゲリラが出没していたとか、国境地帯ではまだ地雷が埋まっているかも知れないからあちこち歩き回るな、とか、プノンペンではキリングフィールドの生々しい痕跡をもういいというほど触れてみたりで、アドベンチャー気分満載の行程だったが、ここまで来てまさか湖見物だなんて…。

     

   
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刺激にはより強い刺激を求める今、

僕はすっかり意気消沈してしまった。

       

      

     
その湖に着くまでは・・・。

      

        
まさかこの数年間あちこち訪ね歩いたアジアの旅で、
これほどまでに印象的な一日になるなんて予想だにしなかった。
                                     (次回に続く)

      

銀の川の思い出

        
海外での「水の記憶」は結構たくさん浮かんでくるが、まずは昨年、南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで対面したラプラタ川を挙げてみたい。

    

   

Map
                                   インターネットより抜粋

        

               

      

次の訪問地イグアスに向かう空港までの道中で見た光景なのだが、これがなんとも印象深かった。

    

   

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ラプラタ河畔

      

       
    
  

画像で見ると、単なる滔滔たる大河の風情というだけ、と言われればそれまでであるが、
     

その雄大で、しかもそこはかとなく麗しい姿が、
僕の空白だったラプラタのイメージを一瞬のうちに蒼く染めてくれて、突然、言い様の無い感慨が
湧き出てきてしまったのだ。
     

    

     

      

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「僕は今、あのアルゼンチンのラプラタ川の河畔に立っているんだっ!?」というただそれだけの、
でも信じ難い夢のような事実に酔ってしまったのだ。

     

      

  
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子供の頃、勉強は全くだめなくせに、なぜか世界地図を眺めることだけは好きで、パンパやグランチャコなんて具体的なイメージもないのに心だけはアルゼンチンにも思いを馳せていた。 

    

        

もちろん、地理の知識として脳裏に記憶する、この国のシンボルが「ラ・プラタ川」なのである。

      

     

ラ・プラタ川 Río de la Plata(リオ・デ・ラ・プラタ)は、1516年、スペイン人によって「発見」され、
上流には銀鉱山があるという伝説から、銀(プラタ)の川であることを願って名づけられたと言われる。
        

    

河口部の川幅が275Kmもあって、世界一の河口幅だそうである。

   

   

もっとも全長は300Km程度ということで、
アマゾン河のように長い川を想像していたのだけれども、ウルグアイ川やパラナ川などが合流する巨大な入り江という感じだろうか。

      

   

中国の黄河や揚子江(長江)のダイナミックさにも感動するが、この時ばかりは、蒼(あお)い満面の水を前にして心が震えてきてしまった。      

      

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どうみても僕ら日本人には海にしか見えない。

   

     

とにかく時間を忘れるほど、この滔滔たる流れ、
いや流れているとはおよそ思えない「巨大な海原」に心を奪われていた。

                        

     

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日本から観た正真正銘の地球の真裏に位置するこの大パノラマを前にして、「海という水の力で日本とつながっている、ここアルゼンチンには、
またきっと来るに違いない
…。」

     

ふと、そう思った。

   

      

   
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極々たまに脳裏をよぎるこの不思議な予感、
人生これまで適わなかったことは一度も無い。

    

     

  

    

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ブエノスアイレスの街角で

                                         

ローカルにこそ国際関係史

       
埼玉県日高市を訪れると、興味深い史跡にめぐり合える。

   
   
「あれっ、これ将軍標じゃないか!?」

   
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一瞬、韓国にワープしたんじゃないか、と錯覚する。

  
   

そう、ここは、高麗(こま)神社である。

  
    
668年に唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗からの渡来人たちが移し置かれた、武蔵国高麗郡の郡司である高麗若光を祭る神社である。

   

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長い年月をかけて修復を繰り返されたのだろう、全国各地でよく見かける普通の形式の神社ではあるが、その歴史や背景を知るととても興味深い。

   
   

当時の日本(倭国)は、たしか高句麗とは敵対してたんじゃなかったっけ?? とか、
   

なぜ倭国は遺民を受け入れ、そして何故この地に住まわせたんだろう? などと思いを馳せる。
   

    
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この辺りの時代は、学校で教わる歴史でも早い時期だから結構余裕をもって学んだつもりだが、かなり怪しくなっている。朝鮮半島の三国時代をもう一度紐解いてみるのも面白いかもしれない。

   
    
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    小さな句の字の持つ意味は何だろう?

      
     

たしか韓国で50%を越える視聴率をマークした連続ドラマの朱蒙(チュモン)は高句麗が舞台じゃなかったっけ?

   
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またこの神社は、若槻礼次郎、浜口雄幸、幣原喜重郎、鳩山一郎などの政治家が参拝した後に総理大臣になったことから、明治以降「出世大明神」とも呼ばれるようになったそうである。

   

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梅雨空のもと、あちこちに散在する史跡に触れるたび、
リアルな発見に小さな興奮を覚える。

   
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隣国の歴史や文化、また我が国との交流・通商の歩みを知ることは、今日を知り、未来を拓くことにつながる気がする。

   
  
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海外にだけでなく、自国の足元にもこのような遺産は各地で見つけることが出来る。

  
   
昔から、地方にも国際交流の足跡が数多くある。

   

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彩の国へ

    
先日、埼玉県浦和を訪れた。

 
    
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時折訪ねるのだが、

僕の好きな街のひとつ。

   
   
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立派な街路樹が多くて、特にこの日のような日照りが強い時には
とてもしのぎやすい。

   

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県庁通りをそのまま真っ直ぐ行けばよいものを、いつもわざわざ横道にそれて繁華街を抜け、古刹である玉蔵院などに詣でて豊かな気持ちになるのを習い性にしている。

   
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真言宗の立派なお寺だ。

      

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樹齢百年を超えるといわれる有名な枝垂桜だが、
まだ開花の様子は観たことがない。
     

満開の時は、きっと素晴らしいはず。

    

     

   
Dsc_1439 それにしても繁華街は、サッカーの聖地よろしく浦和レッズのポスターや看板で溢れている。

   

赤一色だ。

     

埼玉県は「彩の国」と称しているが、浦和は、きっと赤色のパートを受け持っているに違いない。

        
グラウンドがどこにあるのかは知らないが、きっと試合後は賑やかになることだろう。

     

こんな街いいな。 

              
      

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さて、この日は、「埼玉農産物輸出促進協議会」に参加させていただいた。

   
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会場の知事公舎。現在は会合やセミナーなどに利用されている

    
     

副知事をトップに、JA中央会会長をはじめ、
各界各地の代表が一堂に集まった。
      

スゴイ組織力と関心の高さだ。

   

首都圏大市場に在って、地産地消ともなれば、何も海外なんて見なくても十分供給先はあるだろうと羨ましくも感じていたが、海外販路開拓に対しても広く関心を集めているようだ。

    

埼玉県といえば、やまといもや梨、イチゴ、ネギなどが知られているが、最近はコメや牛乳なども輸出されているそうだ。

   
またなんと言っても、盆栽と植木はジャパンブランドでもある。

      
   

会合では、主体的に海外販路開拓に取り組む複数のJAの代表による事例紹介がとても参考になった。

   

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数年後を見越したアクションが、いま始まっている。

   
    
今年度も、県下各事業者の皆さんたちが積極的な販促事業を展開する計画だ。

   
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ニッポンサッカーも国際試合を通してさらに逞しくなった・・・

      
 

ゲリラ豪雨の苦い思い出

    
大分市で、「ブランドおおいた輸出促進協議会」総会が開催された。

    
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大分県の農林水産物の輸出支援事業は、地域活性化や一村一品運動など商品作り、地域創りの本家だけあって、以前から独自性のある地域密着型のサポートを行なっており、早くから注目していた。
     
梨やスギ材、椎茸、水産物の輸出でも、産地と行政の連携による
地道な取り組みを続けている。

    

ジェトロ大分センター所長による講演も大変参考になった。

   

今後の展開が楽しみだ。

     
    

さて、前日来の北部九州を襲った激しい豪雨は、ここ大分県でも
猛威を振るい、この日も終日、列車のダイヤは大幅に乱れた。

    
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ブランド梨やスギ原木の海外輸出も始まった日田地区でも水量が増していて全国版のニュースになっていた。

        
      

山林が健全だからこそ、下流域は洪水の被害に遭わなくて済む。

林業の重要性を肌で感じる時でもある。
     

  
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さらに間伐材の需要開拓をして森林の健全な維持を目指すために、国内外の販路を切り開いていかねばならない。

   
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先月も東京で夕方、二日連続して、このゲリラ豪雨を体験した。

    
日本も温暖化の影響で、熱帯型のスコールのような男性的な雨の降り方になっているのだろうか?

       

      

スコールといえば、今年の2月にとても苦い経験をした。

         
元気な農業法人の皆さんとシンガポールへ視察・商談に行った時のこと。

    
   
最終日の午後、つかの間の息抜きの自由時間をもらった。

     

僕はシンガポールでは最近、リトルインディアと呼ばれるインド人街にめっぽうはまっていて、3名の大切な団員さんを誇らしげに案内しようと調子に乗って遠くの方まで入り込んでしまった。

 
   
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スリ・ヴィラマカリアマン寺院

  
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折りしも、空が急に真っ暗になって、まさにバケツをひっくり返したような大豪雨に巻き込まれてしまったのだ。

   

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道路の向こうもかすむ位の土砂降りで、全く動けず。
    

         
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現地の人はいつものことと慣れたもんだが、
こっちは集合時間も過ぎていてパニック状態。

  
    
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結局、全身ずぶ濡れになり、
ほうほうの体でバスに戻ったという次第。

   

生半可で得意になってると落とし穴が待っている

という教訓でした。

   
   
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南洋スコールのシャワーを浴びせてしまったHさん、Iさん、Kさん、

本当にあの時はゴメンナサイ。

      

また、僕の愛機のカメラを丁寧に布で包んで、

懐で守ってくれたHさん、心から感謝しています。

    
   

今でも思い出すたびに、ヒヤッとするくらい申し訳なく思ってます。

      

悪夢再び?

     
国内で新型インフルエンザが発生した後、初めて海外に渡航している。(22日午前1時現在、国内で計292名の感染者が確認)

      

  
不要不急な渡航は極力控えたいのだが、「ニッポンを売る!」ために今日も多くの皆さんがチャレンジする以上、私に出来る事があれば何か役に立ちたいと気合を入れている。

        
出発の空港は、ソウル行きが若干目立つものの概ねガラガラ状態。     

         
特に僕の搭乗した台湾・香港便は、数十人程度でほとんどが空席。
つい数ヶ月前のように座席予約も難しかった時とでは大違い。

   

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これまでなら、機内サービスの便宜上なのか重量バランスのためなのか、少ない乗客を集中的に集められて座席を決められてたように記憶しているが、今日ばかりはポツンポツンと大きく間隔を離してバラバラに座席を振り分けられている。

   

そう、
万一感染嫌疑者が現れたら、前後3列などの座席の乗客も同時に隔離されるかも知れないんだし。

     

機内では、台湾衛生当局が発行した新型流感に関する注意喚起の一枚ビラが配られた。

   
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内容は、うがい・手洗いの励行、眼・鼻・口での接触感染の忌避、生ものを食べない、海外での濃厚感染地区に近寄らない、帰国時に不調の場合は検疫所に通報する、自分で7日間は健康観察を行う、などが記載されている。

   

実は、前日(21日)台湾でも感染者が初めて確認されたのである。世界で第41番目の感染確認だそうである。(報道より)

   
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18日にニューヨークから香港経由の便で台北の国際空港に入国した外国籍の医師だそうで、近隣座席の乗客や乗務員が濃厚接触者として追跡調査されたようだ。

    

   
 ゲホ、ゲホゲホっ!!

    
     

 ギクッ!

  

機内のどこかで誰か咳してる!!

    
  

その音を聞いただけで過剰反応してしまう。
   

やな心理状態。自分が嫌になるとき・・・。

   

     
2003年のSARSの時と違うのは、日本が比較的多量発生国であり、アジア各地の方が警戒していること。

   

なんとなくだが、申し訳ない気持ちもある。

     

SARSがアジア各地で発生した時、日本には中国や香港、台湾からの来訪者を露骨に嫌がる一部の人や三流マスコミがあったことを思い出す。

    

今日はわが身!?

      

     
いよいよ台湾の空港に着陸だ。

    

さあ、どんな水際対策が採られるのだろうか?

     

チョッピリワクワクしながら、身構えて臨んだのだが、

       
何にも無し・・・。アレレッ!

     

サーモグラフィーのカメラを通るいつものアレと変わらない。

     
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WTO指定の第5フェーズであることを通知

      

違ったのは、パスポートのチェックの時に、滞在先の詳しい住所を訊かれたくらい。

    

    
概ね普段と変わらない。

   
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しかし、全くいつもと違う事が・・・。

     
    
たまたま、降り立った時間がそうだったのかも知れないが、

空港に人がガラガラなのである。

    

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入国審査も並ぶ必要なし。

   

荷物引き取りカウンターも税関チェックでも降機客が少ないのである。

     

いつもならごった返している事が多いのに。

   
   

異様な情景。

   
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きっと経済損失の方が大きいに違いない。

   

観光業の占める割合が大きい東南アジアなどの国は戦々恐々なんではないか、などとつい考えてしまう。

           
日本の観光業にとっても国内だけでなく海外誘客にも影響があるだろうことは容易に想像できる。

         
  
地場産品の輸出も観光誘致、投資誘致も足踏みしなければいいのだが。    

     

      

「ニッポンを売る!」行動は、

こんな予測外の課題といつも隣りあわせ。

    
   

だから海外への挑戦は危険だからやらないという考えもあっても
いい。

     

      
これからも、経済も、文化も、環境も、そして未知の病原菌だって
世界中を駆け巡り続ける事をどう観るか? である。

      

             

星港に向けて

             
農水省の発表によると、

シンガポール向けの国産牛肉と豚肉の輸出が解禁されたそうである。

    

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魚尾獅(マーライオン)と高層ビルの夜景

           

    

これは一昨年の香港向けに続くもので、厳しい経済情勢ではあるが、付加価値が高く、品質競争力あるアイテムだけに輸出の増大が期待される。

   

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シンガポールのWet Market

     

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精肉売り場もすっかり衛生的に変わった・・・

  

    
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ここにも佐賀県産の化粧箱が・・・

   
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世界中のフルーツ事情にめっぽう詳しかった果物屋のお兄さん

  
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また、ほかにも、中国やタイ、ロシアに対しても国産肉類の輸出実現に向けて政府は交渉しているそうである(報道より)。
            

輸出促進のため、国は行なうべきことを着々と進めている。

      
     
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この街はいつも芳しい花々で溢れている

   

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牛車水(チャイナタウン)にて

    

          

シンガポールは人口的には限定的なマーケットではあるが、広くアセアンやインド地域などに対するショールーム効果が高い商業・金融都市でもあるので、チャレンジする産地も出てくるだろう。
       
    

ぜひ戦略的に頑張ってもらいたい。
    

    

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街頭にもデザインがあるほど、寿司は普及している

  
      

          
シンガポールと言えば、マレーシアからの独立後、驚異的な成長を遂げた国であり、また最近は中国との活発な経済交流やバイオ、医療、ITなどへの重点政策で世界中から注目を浴びている。
     

    

現に、2007年の実質GDP成長率は7.7%で、一人当たりの名目GDPは36,384ドル(外務省HPより)で、なんと日本を抜きアジアナンバーワンに躍り出た。
      

        

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観光業も重要な産業

   

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もっとも、アジアにおける金融・貿易の中心地でもあったため、昨年の金融危機以来、成長にブレーキがかかっており08年の成長率も1.2%へと下降した。    

      
        

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急成長も一服

       

           

しかし、いつも柔軟・合理的でスピード感ある政策を採る国だけに、ピンチをチャンスに変えて意外に早く立ち直るのかもしれない。

     

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このSingapore smile さえあれば大丈夫 !

 
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      Clarke Quayにて

       

     
私たちも緊張感とスピード感を持って、これに対応していこうじゃないか。

         

      
   
アジア一お金持ちのお客様に、もっと日本を、そしてローカルを知ってもらおう!!

      

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この国の真価

      
中国語で「うつくしい国」―美国は、日本語ではコメの国と表記する。

      

そのとおり、亜米利加(アメリカ)にやって来た。

     

上陸地はロサンジェルスである。

    

     
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ロス空港で

    
     

常に世界を揺るがし続けるこの国は一体どうなっているか?

   
「ニッポンを売る!」元気な日本人は、この国でどうしているのか?

    

いくつかの仮説を胸に秘め、昨年9月のニューヨークに続いてのアメリカ入りである。

   

    

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前日バンコクからシンガポール経由で帰国して10時間を越える長旅のあと、今日また国内線乗り継ぎを含めてやはり10時間越えのフライトと時差の洗礼。

     

1泊2日で大変な旅をしていることになる。

    

     
飛行機好きだからまあいいけど、今回だけは座席が狭くて眠れなくて、やはり体にこたえてきた。

     

それでも現地に着けば、アドレナリンが噴き出してくる。

    

    
出迎えてくれた福島県郡山出身の素敵なコーディネーターTさんの車で、空港から早速ダウンタウンへ向かう。

   

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あいにくの曇り空で、カリフォルニアらしい青空は拝めなかったが、

ワクワクしてきた。
    

        

ダウンタウンに入ると、やはりこんな看板が目に付いてしまう。

    

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FOR RENT   FOR LEASE  の文字

  
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フェニックス、ラスベガスに次いで、ここロスもサブプライムの影響を受けてこのような物件が最も多いのだという。

        

   

朝ロサンジェルス空港に着いて、そのまま4件の商談と数件の視察に直行。

    

かなりハードなスケジュール。

  
しおれた体にはかえって良い・・・。

     

     

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日本食品・食材の充実振りが目立つ。すっかり変わっていた。

   

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日本酒通、焼酎通の白人が急増中だとか・・・

    

     

ところが、

どこを訪ねても、誰に逢っても、ワクワクするような話ばかり。

     

新らたな時代の変化に皆とても敏感なのだ。

   

僕の感性にとても合っている。

     

       

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世界中から凋落した超大国と言われるこの国のビジネスマンは皆萎縮しているのかと思いきや、
    

      
出てくるわ出てくるわ、アイデアが!

新たなビジネスのトレンドの芽が・・・。

    

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この写真の会社でも次々と先読みトレンドについてのヒントをもらった。

   

アメリカでのビジネス会話というのは

    
初対面であろうと、若かろうと、年寄りだろうと、男だろうと女だろうと、いかに有益、前向きな情報を交換するかがルールであるかのような、日本とは異なるワクワクする雰囲気なのだ。

       
伝達、下達、合議、認識一致重視の日本の会議が少しだけでも
変わってくるといいのになあ・・・。(タメ息)

     
   
待ちに待った初日のディナーは、

ハリウッド近郊で、25年前から和食と仏料理を融合させた、いわゆるフュージョン和食の元祖の一人といわれるカリスマ経営者との懇談。

     

素晴らしい、Excellent の一言。

     

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和風調味料の隠しソースやおなじみカリフォルニアロールなど長年のアイデアと感度鋭いビバリーヒルズの固定客との間で培われた料理の数々に絶句

      

                
柔らか頭と素晴らしいチャレンジ精神にとても感動。

   
日本人はやっぱりスゴイと再認識した。

     

訪米初日からこんな調子で大丈夫なのかなァ?

       
   

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                 リトルトーキョーで    

やあ!久しぶりだねッ。

    

やはり日本人のDNAは彼(=二宮尊徳)なんだろうか!?

          

         

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リトルトーキョーにはもう桜が咲いていた。

     

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アジアで揉まれた僕としてはチョッピリ悔しいが、

やはりアメリカの情報発信力、独創性、チャレンジ精神は輝いていた。

     

   

ここは素直に耳を傾け、心のアンテナ感度を高くしよう、

と心に誓った。

     

      

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面談の合間にハリウッドのチャイニーズシアター前にもやって来た。

     

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多くの中国人団体客が目に付いた。

    
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ハリウッド通りの警察官も結構たいへん   

   

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時差ボケ解消に、

カリフォルニアのまぶしい太陽を浴びたいよお~ッ!!

  

  
ボケボケとワクワクとを繰り返す奇妙な旅が始まった。

          

           

  

蒸籠のような多湿に身を沈め

                     
先回のエントリ「ここ ど~こだッ!?」の正解は、
   

アラブ首長国連邦(UAE)の ドバイ でした。

     
   

メールを寄せていただいた皆さん

全員正解でした。 さすが国際通ばかり。

    

後日、詳しいレポートを書きますね。

     

    

  
さて、あれからシンガポールを後にして、

今、タイの首都バンコクに来ている。

    

  
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もう頭の中が混乱していて

今どこにいるんだか ふと分からなくなる時がある。

       
    
年か・・・。

       

   
   

まッ、いいかっ!

   
混乱したまま再び街を徘徊する・・・。

      

   
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市場はいつも元気で、どこまでも明るい

    

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それにしても、砂漠の国の乾燥から

  
熱帯地域特有のむせ返るような高温多湿への変化は

  
ホントに体にこたえる。

   

やっぱり年か・・・。

      

      

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行く先々で、博多あまおうのキャンペーンが。 スゴい!

  

      

     
明日帰国して翌日は遠く、「美」しい「国」に行く計画。 

     

           

時差と長い飛行時間を思うと気が重くなるが、

    
「ニッポンを売る!」ことを想うと、また力が湧いてくる。

   

  
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蒸し暑い気候には、ドッ辛いトムヤムクンがお似合いだ