ここ どーこだッ!?

       
マカオ編をアップしている間、

実はこの一週間、初めて訪ねるある国に行っていた。

    

    

すっかり虜になっちまった・・・。

     

    

これからお見せする写真で、

ここがどこだか当ててみて欲しい。

     

    

答えは、次のエントリで。

    

   

とは言え、また今日から2週間の長丁場で海外を渡り歩くので

いつアップできるか定かではありませんけど・・・。

    

    

Dsc_3701
まだまだあちこちで建築ラッシュは続いていた・・・

    

    
Dsc_4548
あちこちから豊富な農産物が「集まって」来る
     

   

Dsc_6551
本物はやっぱ違う・・・

    

Dsc_8940
さすがフュージョン和食の雄 !!

      

Dsc_4605
この地域の特産と言えば、これでしょう

     

    Dsc_3360
ワッッ!目の覚めるような美貌!!
でも、この国に美人が多いかどうかは「見るだけでは」解からない!?

         

Dsc_7947
地元グルメも「向学のため(!?)」堪能してきましたよ

      

   Dsc_1726
  あった あった!! 福岡産「博多あまおう」がここでも大人気

        

滄海桑田(その2)

     
(前回から続く)

マカオと来ればお決まりのシンボル的観光名所 “聖ポール天主堂跡”(大三巴)。

  

    Dsc_3991
                     マカオのシンボル大三巴

       

Dsc_4028

          

      
まだ旧正月休暇中とあって、香港やマカオの地元はもとより中国大陸や台湾・東南アジアからの観光客でごった返していた。

     

Dsc_4117

人、人、人・・・。

    

Dsc_4274_2

    

   
やはり中国は、人の活気こそが社会発展の原動力だと改めて感じる。

      

社会主義だろうが、市場主義だろうが関係ない。

    

Dsc_4098
マカオ名物、味付け乾し肉(猪肉乾)

    

Dsc_4188
ご存知“エッグタルト”もマカオ名物

      

         
マンパワーの発露こそ、厳しい自然や社会を逞しく生き抜く絶対唯一のエンジンだ。

    

Dsc_4260

       

        
カジノでの勝ち方なんかじゃなく、
青年時代の多感な僕が、多くの広東人から学んだ絶対法則でもある。

     

    
自分の力で生きていく・・・。

      

当たり前のことが今、身に沁みる。

    
   

Dsc_4219
自分の足で立って、歩け!と広東人に教えられた

         

       

とはいえ、もちろん巨大な新設カジノにも足を向ける。(テヘヘ!)

   

Dsc_4387

「ベニス人の家」

    

    
なんともバブリーな、そしてかつて東京にも乱立したような短絡的欧米テイストの張りボテお伽の館だった。

    

    
Dsc_4414

  
Dsc_4399

    
    

でも豊かさを知り、そして海外に目を向け始めた圧倒的な新興層にとってはたまらないコンセプトなのだろう。

   

Dsc_4433
なんと館内に運河が仕付けられ、ゴンドラが・・・

    

    

ああ

僕ら日本人だって笑えないはず。長い事ずっとそうだったんだもの。

       
    

Dsc_4458

    

     

カジノ場も、昔のような辛気臭くアウトサイダーな雰囲気は微塵も感じられない。

   

Dsc_4415

     

     
欧米のカジノのような社交場とはではいかなくても、十分に明るい、健全なアミューズメントパークになっていた。

     

     
もう10年以上もギャンブルした事がなかったため、かつて腕を鳴らした秘匿のノウハウを思い出す間もなく、限度に決めた香港ドルがボードの露と消えてなくなるのに数分とかからなかった。

     

さわやか以前のあっけらかんとした感慨だけが胸のうちに残った。

  

早々とカジノフロアを抜け出し、ショッピングモール、イートインコーナーを散策した。

     

Dsc_4539
      

  

いよいよ中国にも新中間層の消費文化が始まったなと妙に実感。

    

Dsc_4511

     

    
カジノで失った情けない想いに比べて、

何百倍、何千倍のショックでもあった。

                             (次回に続く)
           

滄海桑田(その1)

      
中国の四字熟語で、滄海桑田を知っている人は
結構「漢語通」かも知れない。

       

      
見渡す限りの大海原が、
あっと言う間に桑畑に生まれ変わっているということで
世の移り変わりが激しいことの喩(たと)えである。

       

      

前回いつ来たんだっけと忘れてしまったくらい、何年かぶりに
マカオ(澳門特別行政区)を訪れた。

    
Dsc_4050

        

       
1980年代、サラリーマン時代に出張で香港に立ち寄った際、
しょっちゅう上司の目を盗んで、深夜こっそりホテルを抜け出してジェットフォイルでマカオに出向き、夜通し地元のギャンブラーたちに混じってカジノに耽ったり、漆黒の街を散策するなどして、明け方、またこっそりと香港に戻り、翌朝何気ない顔をして仕事を続けていたものだ。

     
    

20代の若い時はそういう離れ業ができたのだ。

      

ちなみに僕はバカラ(百家楽)が得意だった・・・。

    
    

いや、そんな話題ではない。

    

     
      
マカオと言えばそのカジノか、せいぜいポルトガル植民地風の街並み観光だけだった小さな小さな暗黒の別世界だった処が、
まさか「ニッポンを売る!」ターゲットとして、この地に踏み入るとは予想だにしなかった。

     
    

1999年にポルトガルから中国へ返還されれば、

真っ先にフェードアウトされるはずだと思っていたのに。

    

Dsc_4316
旧正月の華やかな飾り付けが目に焼きつく

   

Dsc_4266

        
       

恐るべし中国人の柔軟なるリアリズム。 

     
人民共和国にだって公認カジノ群はあるのだ。

   
    

今や、あのアジア一の経済優等生であるシンガポールまでもが

カジノを建設する時代なのである。

    
Dsc_4370
マカオでもまだ建設中のカジノがある

   
     

香港からの高速艇を降り立った途端、

すでにかつての面影は全く無し。

    

Dsc_3455

   

    

まさに、滄海桑田である。

      

Dsc_4366

     
   

いにしえの四字熟語が今、現実の姿として目の前に広がる。

      

  一体ここはどこなの?

    

    

僕が、誰にも教えたくないと秘めやかにしていた

あのディープスポットはどこに行っちゃったんだろう?!

   

Dsc_4333

    

     

でも、そんな惜別の思いに浸る間もなく、

新生マカオのタウンウオッチングに俄然興味をそそられた。

        
    

僕も結構、無責任に新しい物好きなのである。

     

この悲しい性分は今さら変えようがない。
                                  (次回に続く)

       

   
Dsc_4148

          

         

新年快楽! 恭喜發財!

         
新年明けましておめでとうございます!

    

     
エッ! 

もう1月も過ぎようというのにナニ寝ぼけてるかって???

      

      

いえいえ、ご存知の通り、

農暦正月の元旦を迎えたからなのであります。

     

       

ちなみに
「一年の計は元旦に在り」という言葉は

   
中国では、
        
“一年之計 在於春” (一年の計は春に在り)という。

      

             
   
ここシンガポールのチャイナタウンも元旦の一週間前は、
正月用品を買出しに来る中国系の市民でごった返していた。
     

      
Dsc_0393
地下鉄チャイナタウン駅入口で

    
Dsc_0342
表通りもこのように正月のデコレーションが

     

     

平日の夕方にもかかわらず通りは人で一杯。

    

Dsc_0550
夏の装いの春節なんて赤道直下のシンガポールならでは

      
   
     
押すな押すなの大盛況だ。

     

   
Dsc_0274

   
Dsc_0496

      
    

どことなく歳末のアメ横のような雰囲気。
       

   
Dsc_0518

     
   
Dsc_0051 

    
   
街中はもう朱色に近い赤一色!
      

      
Dsc_0025
正月のめでたい言葉が並ぶ

    
  

赤こそおめでたさを演出するベストカラー。
    

共産主義などイデオロギーとは関係ない。

       
Dsc_9885

     

    
はじめは冷静にタウンウォッチングを試みていたが、
そのうち賑やかな雰囲気の呑まれてしまって、
もうおのぼりさん状態。

    
     

買い物客の渦の中に深く身を沈めていくのであった…。

     

Dsc_0175_2
正月の家庭におつまみ・スナック類は必需品

   
Dsc_0224
干し柿のような伝統食品も人気だ

    
Dsc_0166
おめでたい名前がついたドライフルーツは定番

    
Dsc_0138
味付け海苔も中華圏では手軽なスナック

        
    
    

      
日本もいま農業に広く注目が集まっているのだから、
もう一度農暦の正月を復活させ、
日本の風習、農業への畏敬の念を醸成したらどうだろうか?
     

    
            
Dsc_9730
ミカンは大吉につながる縁起物

      

Dsc_0182
お好み焼きをジャパニーズピザと呼んでいるゾ

         

        

エッ!? 単に賑やかなのが好きだからなんだろう、 って?

     
   

ウン、それもありますねッ!

      

   
Dsc_0543

    
         

今年初のライブ中継

       
今、シンガポールに来ている。

       

      
先回の広東出張であまりの寒さに懲りたのか
しっかり寒さ対策をしてきたのだが、
空港に降り立って、

     
Dsc_6093

     

    
やっぱり・・・。

      

今度は30℃を越える蒸し暑さ。

       

    
Dsc_6090

    

     

今度は夏物の薄手のビジネスウエア一式の準備がなく
もうガックリ…。

      

        
赤道直下だから当たり前と言えばそれまでだが、
もう頭の中は混乱状態。

         
       

こんなことで、いや、こんなことだからこそ
つくづく自分が嫌になるときがある。僕だけかも…。

        

Dsc_6388

         

        

        

       

空港から市街まで、あらゆるところで大規模建築現場に遭遇。

     

       
Dsc_6124
アジアの誇る巨大な観覧車と左下は建設中の巨大なカジノ施設
      

     
        

わずかの間に、またすっかり変化している。
     

       
Dsc_6100
タイやマレーシア向けの格安航空便用のバジェット空港も供用開始

   
Dsc_6183
世界一のシンガポール港も健在

            

       
     
ほんとに大丈夫??

    

    

Dsc_6268
いたるところで工事現場に遭遇する

      

      

現地に到着したその日の晩から、
精力的に現地のビジネスマンの皆さんと情報交換したが

      

               

やっぱり・・・。

       

     
     
暑さ寒さのことではない。
      

景気・消費動向のことだ。

     

       
Dsc_6460

       
      

今回の短い滞在の間、今日からまた沢山の皆さんと交流して
変わるシンガポールの生の情勢を聞き出していこう。

       

Dsc_6375
街中がだんだん旧正月モードになってきた

      

Dsc_6299
いよいよ旧正月の飾りつけも始まる

    

Dsc_6306_3

               

   

“食在広州”も変わり続ける

    
(前回から続く)
           

中国の改革開放がまず広東省で打ち出されてから早や30年が経つ。

       
      
Dsc_09460_76
広東の人たちにとって鄧小平は特別な存在だと思う

        

         
もともと歴史的にも、考え方も外向きであった広東は、
外資誘致を通じて、この間、常に変貌を遂げ、中国の近代化をリードしてきた。

       
Dsc_9118

  
Dsc_0470

     

        
わが国では上海の発展振りが注目を浴びているが、
広東だって改革開放の先駆者として負けず劣らず急成長しており、
中国発展の南のエンジンの役割を担っている。
       

      
Dsc_09460_700

 
Dsc_9267
広州旧市街中心部 海珠広場エリアの夕景    左が珠江

      
    

      
   だがその裏で
     

         ・・・やっぱり。

     

     
      
都心の古い住宅や街並みが再開発されていっているのだ。

    

   
Dsc_09460_332
「拆」という字は、これから取り壊すという意味の印し

     
      

      
Dsc_09460_357

      

        
30年前、僕がきつい仕事の合間に歩き廻った懐かしい路地も
このとおり取り壊しの運命にあるのだ。

    

Dsc_09460_310

   
    

もちろんそれがよそ者のノスタルジアだとは解かっていても、
やっぱり寂しい。

      
     
Dsc_0866

        
   

僕の愛したこの街が消えていってしまう…。

      

    
でも自分だって、いつまでも昔を引きずってはいられない。

    

      

僕のビジネス方針は、
      
専門分野を強制的に5年に一度、
完全にリセットしてしまう
こと。

     
     
                

Dsc_09460_377
後ろ髪を引かれる想いはあっても、リセットは必要だと思う

             
      
     
20年前の開業以来の鬼の鉄則だ。

     

今でも忠実に実行している。

     
        

過去の成功体験を売り物にするような輩だけにはなりたくない。

      
    

幾ら年をとっても、またゼロから学び始める。
(本当はゼロではないのだが)

         

   

いつまでも前を向いていたいから。

        
    

ただそれだけである。

      

     

        *        *         *

    
    

気を取り直して、街の西郊にある茘湾湖公園にある広東飲茶の殿堂である泮渓酒家に足を運ぶ。
      

    

Dsc_7485

   

    
すっかり洗練されてしまっているが、昔のあのゆったりとした雰囲気はまだ残っていた。

    
     
Dsc_7690
緑あふれる広大な公園の中の湖畔にあるレストランだ

         

      
やはり「食在広州」だと感じさせるのは、実は料理のレベルの高さだけではなく、市民の生活の中にしっかりと奥深い食文化が根付いていることこそが本質なんだと気づかされた名店でもある。

       
    
Dsc_7507
朝早くからこのとおりの様子。  生活の中の飲茶(ヤムチャ)だ

      
     

もちろん料理だって変化している。

      
古い伝統を受け継ぎつつも、ドンドンと進化しているに違いない。

     
    
Dsc_7616
兎などの動物をかたどった点心はこの店が発祥  
数千種の点心を作ることが出来るそうだ。

   
Dsc_7669

     

        

凄まじいスピードで変わる広州にも

また新たな興味が湧いてきたゾ。

                              (シリーズ終わり)

        

   

Dsc_09460_802
広州の目抜き通り「北京路」の正月飾り

     

Dsc_3153
ハッピー 「 Niu 」 イヤー !?
      
中国語の解かる人ならこのシャレわかるでしょ。

    

しかもスポンサーはあのお騒がせ・・・。

      

         

南の玄関口

      
日本のお正月が一段落すると、次は旧暦正月がやって来る。

   

中国や韓国、東南アジアの一部の国々では、新暦新年より賑やかに過ごす事は皆さんご存知の通り。

         
Dsc_8022
街の至るところで「年貨」(正月用品)を売り出している

    
    

久しぶりに広東省広州にやって来た。

      

Dsc_3069
広州市のシンボル「五羊の像」    

      

        
    
誰もが認める中国南部最大の商業都市であり、
海外に向かって開かれた近代以来の南の玄関口である。

    

Dsc_09460_501
洋風建築が目に付く広州の繁華街

    
Dsc_7298
“租界”のあった沙面地区

      

       

ここは僕にとって第二のふるさととも言える街。

    

Dsc_2879
近代革命の父“孫文”を称える「中山記念堂」

          

Dsc_0393
広州は別名「花城」とも呼ばれ、生花が一年中絶えない

    

        
1980年代の約10年間、世界最大の商談会と言われる広州交易会(中国輸出入商品交易会)の日本事務局担当として毎年4月と10月にそれぞれひと月あまり滞在していたからである。
     

    
Dsc_3208
広大な商談会場が私の20代の主戦場だった

    

     
国際ビジネスの勘どころや内外人脈、中国語を実地で学んだのもここなのだ。

    
    

だから、新年最初の出張地が広州であるのは、僕にとって事のほか嬉しい。

  

   

ところが、だ。

     
延べ2年ほど滞在したことになるのだが、広東語の会話は少し出来るくせに、真冬に滞在したことがなかったので気候を甘く見ていた。

     

    
めちゃくちゃサブいッ!!

    

バナナやライチ、サトウキビの印象が深いからもっと暖かいと思って、夏物衣料を数枚しか準備していなかったのだ。

   
    

今日の最低気温は6℃???

      
    
北回帰線より南に位置する亜熱帯の街のはずが、
これじゃあ今の西日本と変わらないじゃないかァ・・・。

      
 
Dsc_0460
この防寒ファッションが広東!?

      

     
参ってしまった。

      
         

昔は設置されたばかりのクーラーの効き過ぎで困ったことはあったが、こんなに寒いなんて…。

        

そう言えば、去年の春節に広東省では寒波の襲来で大混乱になったっけ。

    

    
レストランに入れば、暖かい料理ばかり注文してしまう。

      

Dsc_9426
広東料理でトン(湯・スープの意)は、とても重要な地位を占める

  
Dsc_9430
様々な素材をじっくり煮出して頂くスープはまた格別!!

     
     

     
昔の滞在経験なんて役に立たない…。

     

         
実は、寒さのことではなく、
すっかり変わってしまった大都市をさまよいながら、
ずっとそう感じていた。
                                    
                                  (次回に続く)

      

変人が2008年を振り返る

      
確かに今年は、ず~っと変だった。

 
   

年が明けて1月、
冷凍餃子事件が発覚し、
原油が初めて一バレル100ドルという値をつけた。

   
   
異変の始まりだった…。

   
   
    
その後もずっと、
社会も、経済も、政治も、そして生活までもが、
これまでの常識を超えるような異常に変な事が起こり続けた。

    

   
お隣の中国でも、
去年は金猪年といって、あれだけの高成長を遂げ順風満帆だったのに、旧正月の南部の大寒波を皮切りに毎月のように信じられないような大変化が襲った。

   
Dsc_5111
中国だけでなく世界を引っ張る使命を帯びて    -中国・上海

   
   

北京オリンピックの成功で一時溜飲を下げたが、多くの国民が早くこの年が過ぎてくれればいい、と願うほどの一年だったのではないだろうか。

   

Dsc_6539
みんな同じ夢を見た・・・                   中国・青島
       

    

       
もちろん、9月のアメリカに端を発する世界同時の金融危機は、
「百年に一度の大津波」と金融の神様とまで呼ばれたグリーンスパンに言わせしめるほどの歴史的激震が始まっている。

   
   
Dsc_2613
“あの”一週間前にいた   -ニューヨーク ウォール街
       

       

       

一方、私の活動も、今年はすっかり変化した。

    
   

確かに、相変わらず海外出張は多かった。

    

   
    Dsc_7052
もう一度行ってみたい大人の街  -アルゼンチン・ブエノスアイレス

    

    

が、農林水産物の「ニッポンを売る!」海外販路開拓活動に加え、中小企業庁の「地域資源活用プログラム」と「農商工連携」のふたつの看板プロジェクトのメンバーとして、全国各地の農林畜水産、中小地場産業の現場を数多く訪問させていただいた。

   
   
Dsc_4826
農商工ブランド作りの天才     ― 三重県・津

    
    

それに伴い、今年ほど何百、もしかしたら千人を越える皆さんと新らたに知己を得ることが出来たし、以前から仕事を通じてお付き合いしてきた方々とは、さらに密着した協働作業を行なってきた。

   
    
Dsc_7072
元気人イッパイの梁山泊      ―愛媛県・西条

    
   

でも、その大半が、答えの見えない新たな挑戦を始めたばかりで、まだまだゴールが見えるプロジェクトはほとんどない…。

   
      

変といえば、

年末恒例の今年を表す漢字一文字が「変」だったそうだ。

   
Photo
                       共同通信社

      

       
まさに、ほんとうに変な一年でもあり、
そして変化を求められた一年でもあった。

     
         
私は、5年以上前から、「ニッポンを売る!」テーマの講演や会合で事あるごとに、現場で頑張る皆さんに対して、
       
「この難局をピンチと観るか、それともチャンスと観るか?」
      
「ピンチをチャンスに変えよう!」  と訴え続けてきた。

       
   
もちろん今でもその気持ちは少しも変わらない。

    

Dsc00767
開拓者精神の先進地  -北海道・札幌

   

      
ひとつ事を生涯貫き通すこと、極め尽くすこと、変わらぬ信念を持ち続けることを至上の美徳だと称える日本人にとって、変わること、変化させること、変貌してしまうことにためらいを持つ人は少なくない。

    

Dsc_2752
これからアジアのハブになる予感    -沖縄県・コザ

   

      

けれども、私は、社会にも、組織にも、商品にも、個人にも、
「絶対に変えてはいけない事」と「大胆に変えていかなければならないこと」の両面があると常々思っている。

    
Dsc09591
ここぞ極東に開かれた日本海の西の玄関      -島根県・浜田

      

伝統や文化、地域の素晴らしさや環境をしっかりと守ることにおいてさえも例外はない、と思っている。
      

       
Dsc_7327
あったかい とにかくすべてが暖かい       秋田県・秋田

    
    

今、世界が大変化を起こしている時代だからこそ、我々が絶対に守り抜かなければならない事と、もっと大胆に変えていく行動に出ることがあると考える。

       
Dsc_7591
報道だけでは伝わらない伝統と変化の街       タイ・バンコク

   
    

歴史的に観ても、長い年月にわたり持続していること、
継続・継承されてきたことは押しなべてそうなっている。

   
    

既得権や成功事例として固定化し、その後の環境変化に適切に対応できなかったものは、ほとんどが淘汰されている。

      

しかも、予想を超えるスピードで。
    

       
Sc_3363
戦前から続く“粘り腰の伝統”は今も力強いぞ     -香港

     
        

    

モノポール(一極)支配から滑りおちた落日の大国とは言え、
かの国の新大統領は「CHANGE!」 「Yes! We Can!」というスローガンを掲げて当選した。

    

Dsc_0284
今こそ明るく、若さで   -ニューヨーク・タイムズスクエア

         
             

マルチポール(多極化)あるいはノーポール(無極化)、フラット化するだろうと言われる今後の世界において、日本国内でも多くの分野で一極集中は終わりを告げようとしている。

    

     Dsc_1925
よそ者だから感じることのできるこの街の素晴らしさ  -山形県・山形

         

          
であるならば、まず変化(チェンジ)を求めるべきは、
政権交代でも、役所や大企業でも、社長や部長でもなく、
自分自身である、ということがおのずと分かるはずだ。

    

     
自分が変われば、本当に世界は変わる…。

   
       

Dsc_5336
Yes, We can !!           -ニューヨーク・セントラルパーク

      

    Dsc_7012
    東洋にだって “なせば成る!”がある     台湾・台北

         
           
どう考えてみても、
自ら志を掲げて一歩踏み出す元気人たちにとって、
来年は、まさに「百年に一度の大チャンス」がやってくるとは思えないだろうか!!   ねッ 皆さんッ!
    

      

Dsc_9385
忘れかけてた元気を奮い立たせてくれた   -カンボジア・プノンペン

       
       

なぜなら、
固定化された秩序での成長下では困難だったこれまでと異なり、ローカルはセントラルに対し、中小規模は大規模に、マイナー商品はナショナルブランドに、市井の個人は既成セレブに対して、知恵と行動次第では立派に存在感を示すことが出来るチャンスがやって来るという訳だ。

      

      
作られた多様化なんぞに惑わされず、
真に自分のやりたい事、信念を、今こそ現実の形にしよう!

     
      

自分が動けば、多くの支援者だって集まりだすという
元気で明るく、面白い一年にしていこうではないか。

     

Dsc_7257
惚れた熱い街   -ブラジル・リオデジャネイロ  コパカバーナ海岸

         
        

       
変という漢字。 私はとっても大好きです。

     

ヤッパリ変かしら???

    

     
皆さんは、やっぱりよそ見なんぞはせず、
一意専心、岩をも突き通す、ですか?

      

それもまた大切。

      
Dsc_6475_41
僕の心の隙間を埋めてくれた     -岩手県・盛岡

      
ただし、流れゆく水のように、
外部の変化に応じて、
柔軟に自らの形を変えていくことも肝要ではないだろうか。

         
      

          *               *

        

           
この一年間、本ブログにお付き合いいただき、
心から厚くお礼申し上げます。

     
    
来年もまたよろしくお願いします。

         
      

皆さん、良いお年をお迎えください。
    

否、良いお年にしてください!

      

Dsc_9854
精神(文)と身体(武)のバランスこそ        -香港・文武廟

                 
       
               

本当に、ほんとうに
ありがとうございました。

                          「ニッポンを売る!」啓上

           
       

終わりの始まり

                  
中国広東省・深セン市を訪れた。

   
    
Dsc_8310
深セン駅

    

11月と言うのに、深センの街は夏の盛りのように太陽が照りつける。

   

Dsc_8608

  
  Dsc_8744_2

    
     
郊外の大梅沙海岸に行くと、多くの海水浴客で賑わっていた。

    
Dsc_8835
砂浜焼けてる。信じられないッ!!

  
Dsc_9040

    

夏を満喫している・・・。

   
Dsc_8924

   
Dsc_8812_2

  
 Dsc_8941
日本ならさしずめ“烏帽子岩”と呼ばれるだろう。中国では“フカヒレ岩”!?

       

     

見た目では海水も綺麗。

     

     
Dsc_9017

    

豊かになったもんだ、とつくづく思う。

    
Dsc_8905

       
すぐそばの深セン・塩田港もアジアを代表するコンテナ港に成長した。

     
Dsc_9156_2

 
Dsc_9168

    
      

ここ深センこそ中国の改革開放政策のシンボル的な存在であることは誰もが知っている。

   
Dsc_9280

    

私もちょうどこの30年間、国境にある一漁村に過ぎなかった
深センの街の変化の推移を毎年目撃してきたひとりだ。

    
Dsc_9409

    

    
今回もまた街の様子が全く違っているから、
何の思い出も浮かばないくらい変化が大きい。

    

Dsc_9334

      

しかし、視察先、訪問先など現場の人による話では、
9月のリーマンショック以来、景気が急降下しており、
今どうしてよいか分からない様な混迷振り
を見せている。

   
     
Dsc_8615
宝飾貴金属、ブランド品、会員制健康クラブ・・・確かに何処も様子が変だ

      

隣接する東莞をはじめとする珠江デルタ地区の製造業が相次いで破綻や生産調整が進んでいる様子で、中国や香港の関係当局、財界も緊急救済策を模索している。

     
    
Dsc_9294

     
          
レストランやショッピングモールなどのサービス業などで聞いても
めっきり客足が途絶えているという。

    
Dsc_9443
夕方のゴールデンタイムもこのとおり閑散としている

     
     
来年になってから更に実体経済への悪影響が顕在化する・・・
と地元関係者は口をそろえる。

     
      
    
終わりの始まり・・・
      

        

ここ亜熱帯の地でもそろそろ長い夏の終わりを向かえる時が来ているようだ。

    

  Dsc_9102

        
        

季節の変わり目がここにも訪れるはず。

     

          
世界を驚かせた改革開放の地で、
新たな変化の兆しを見い出すことが出来るだろうか?

      

  Dsc_9413
 この子供たちの未来は一体どうなっているのだろうか?

      

Dsc_9368

       

     

在りと無し(その1)

    
旧暦の10月は“神無月”というのは誰でも知っている。

   

なぜ神無月(かんなづき)と言うのかも結構知られているお話し。
    

日本全国の八百万(やおよろず)の神様が毎年、旧暦の10月、島根県の出雲大社に集まるので、すっかり神様がいなくなってしまうため神無月と言うのだ。

    
Dsc_8416

    
だから、というか、しかしながら、ここ出雲地方だけは、10月のことを神在月(かみありつき)というのだそうだ。
    

考えてみればそりゃそうだ! これは面白い。知らなかった。

     

出雲の地に降り立つと、確かに神様がいらっしゃるような不可思議なパワーを感じる。

   
Dsc_8992

   
Dsc_9044

   
Dsc_8328 

       

修験場のような険しい感じでもなく、穏やかで、それでいておおらかな霊気のようなものを感じるパワースポット。

   
   
Dsc_8468

     

旧暦の10月10日に全国から神様たちが出雲に集まって来て、いろいろお諮りごとをする、今風に言えば全国サミット会合のようなものか。
  
   
下界でも、最近やたら世界のリーダーたちが集っている。

       

   
Dsc_8658
大国主命(おおくにぬしのみこと)様だろうか?

   

そのテーマのひとつに縁結びがあるらしい。

         

縁結びと言うと普通、恋仲、男女の仲を指すが、もともとはあらゆる全ての人々の様々な縁を結ぶものなのらしい。

   
      
Dsc_9007

          
それでも出雲大社では、なぜか若い女性が真剣な面持ちで本殿で参拝している。

   
Dsc_8621

        
Dsc_8672
願いよ、届けぇ~ッ!

    
    

また、大しめ縄の下では、若い人たちが、一生懸命に小銭をしめ縄めがけて放り投げている。これがしめ縄に刺さると、願いが適うのらしい。

    
Dsc_8696

   
Dsc_8704
よ~く見ると、小銭が刺さっている

    

これを信じて懸命になっている青年たちを見て微笑ましくも、チョッピリ羨ましい・・・。

   
    Dsc_8701

      
    

ちょうど婚礼の場面にも出くわした。

   
Dsc_8767

   

おめでとう !!

    
      

そうそう、男女の仲の縁結びと言えば、いつも思い出す所がある。

     

はるか数千キロ離れた台湾にも有名な縁結びの神様が祭られていて、いつも若い女の子たちで賑わっているあの場所のことを・・・。

   

Dsc_2277

                         

                               (次回に続く)