東北の雄に降り立って

                
今、福島県郡山市に来てます。

   
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乗り換えのために通過したことはあるけれど、目的地としてやって来たのは初めてなので、いつもながら興味津々である。
      

  
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仙台市に次ぐ東北第二の商圏といわれる郡山について僕はあまりに知らないことが多い。

   
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郡山のランドマーク -ビックアイ

     

東日本の交通の要所という地勢的な優位性も見逃せない。

   
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福島県はこの数年、農産物や食品などを中国、台湾、香港などに
とても熱心にプロモーションしている雄藩ならぬ攻めの雄県である。

   

この街にも中心市街地のシャッター通り現象が見受けられるが、
知れば知るほど興味が広がる街であることがわかる。

  
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最近、どこでも見られる風景となってしまった

     
     

駅から程なく、安積國造(あさかくにつこ)神社に立ち寄った。
   

        
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そうそう、幕末の大学者である安積艮斎(あさか ごんさい)の誕生の地だったのである。

  
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安積艮斎の像

     

幕末の歴史ファンである僕は当然釘付けだ。

  
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1853年ペリー来航の際、アメリカからの国書の翻訳も行なった官学の頂点に立つ学者として知られるが、多くの門人の中には吉田松陰だけでなく、高杉晋作や小栗上野介、岩崎弥太郎までいたとは僕も知らなかった。

    
    

福島の幕末期というと、会津藩の数奇な歴史をすぐに思い浮かべるが、安積艮斎の存在は福島県のイメージを一新させてくれた。

      
   

明日はその会津にも足を伸ばす予定だ。
    

    
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僕は坂がある街が大好きだ

    

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きっと優しい人が多い街

      

      
ここ福島県は、これから何度も足を運ぶ土地になりそうな予感がする…。

       

     

出島精神

(先回から続く)

長崎といえば、いにしえから続く交易の窓口。

 

その活発な動きは、今にも通じている。
   

「ニッポンを売る!」ことでも長崎は早くから取り組んでいる。

   

活魚の中国向け輸出に熱心なことはつとに有名である。

    
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新鮮ピチッピチの鮮魚

     
   

最近はイチゴやビワなどの農産物を台湾や香港にも盛んにプロモーションしている。

   
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海外でも長崎の味が手に入る

  
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江戸時代には、長崎俵物といって、当時の高級海産物を中国に輸出していた歴史がある。

     
   
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特に、俵物三品といって、フカヒレ、干しナマコ、干しアワビは中国大陸では珍重されたのだという。

    
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今と同じではないか。

      

     
明治以降、土地の干拓で現存しなくなったけれど、出島が立派に再現されており、往時を偲ぶことが出来る。

     
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出島は1636年に江戸幕府により建造された人工島である。
      

      
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ここを訪れるとなぜかタイムスリップ感を味わえる。
   

なんだか映画撮影のセットのよう。

       

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今、わが国では、エネルギーや食糧の高騰、政治不信、海外摩擦などで偏狭なナショナリズムや愛国心が高まっているようで私は危機感を覚えている。

    

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精神の扉だけは常に開いておきたい・・・
異なる文化、他者を受け入れる精神を大切にしたい

        

世界の動きに敏感なはずの日本人が、かえって内向きの議論をはじめていることに危惧しているのである。

      

幕末や太平洋戦争前の様子と重ね合わせているのは僕だけなら良いのだが・・・。
     

    

ここ長崎は常に国際交流の舞台として大きな役割を担ってきた。

      
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東京に行くより上海の方が近い長崎では、考え方が柔軟な人が多いことは財産である。

    

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ぜひアジアの活力を取り込み、この国を元気にする最前線となってもらいたいものだ。
                               (終わり)

    
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ここ長崎から熊本県に続く国道324号線は、なんと長崎中心街である浜町アーケードを貫いているという全国でも珍しい国道である。

   
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ここが国道なのだ

    

   
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長崎蛇踊り

     

         

連携・融合の元祖

    
長崎県食品産業協議会の研修会に参加させていただいた。
    

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会場のホテル

    

日本でも代表的な水産加工業をはじめ、様々な加工食品の製造・販売に従事される代表の皆さんと交流した。
    

    
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一杯の会場は熱気に包まれた
   

      

昨今の原油、素材、食糧等の高騰に対する危機感を共有したことはもちろんのこと、新商品の開発や新たな販路開拓について前向き・活発な情報交換も行われた。

   
   

長崎の人は静かな人が多いかと思っていたら、なんの、元気でアイデアマンが多いのでビックリした。

  
        

とんでもなく面白いアイデアが次から次へと出てきて、これからが楽しみ楽しみ。

   

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交流会での自社紹介コーナーは大盛り上がり

   
    

あんまり面白くてワクワクする企画ばかりなので、僕もここで自慢に披露したくて喉元まで出かかっているのだが、どれも各社・各業界にとってシークレットのはず。
   

ここはグッとこらえておこう。
    

どのアイデアも、実は突拍子も無いものなのではなくて、いろいろな異質な物や考え方の組み合わせが実に多い。

      

何故だろう?

     

      
  
アッ!

    
   

    

チャンポン、卓袱料理、トルコライス・・・

   

     
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文字通りチャンポンは混合文化の象徴

     
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トルコライス: パスタ(欧州)と炒飯(アジア)を取り持つカツがトルコだとか?

    

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高級宴席料理の卓袱(しっぽく)料理も和華蘭(わからん)文化
僕はまだ食べたことが無い・・・
   

     

これってどれも融合・連携じゃないか!?

    

長崎の人は、何百年前もから異文化や異質なものを取り込んで新しいものを生み出すという連携をやってのけてきたのだ。
      

    

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君は「ハトシ」を知っているか?

長崎ではポピュラーな食べ物で、エビのすり身をパンに挟んで油で揚げた食べ物だ。
    

中国広東省広州で見かけた飲茶点心の「蝦多士」(広東語読みでハートーシー)なのだ。多士はトーストの音訳。
     

台湾でも、タイのバンコクでも同じような食べ物を食べたことがある。
     

まさにアジアとの融合。

    

      
来月から経済省と農水省による「農商工連携」施策が始まったら、一番得意なのは長崎県じゃないだろうか。

      

      
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現在長崎では県産品の愛用運動が展開中

     
     

いや~あッ こりゃ楽しみだ。
                                 (次回に続く)

     

      
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日本初の石造りアーチ橋と言われる眼鏡橋。 文化も技術も連携だ

   
      

結ぶ・つなぐ

(先回から続く)
   
いつもと違う、そんな台北の街の一角で、なぜか聴き覚えのあるリズミカルな和太鼓の音。
   

日曜日の昼下がり、大勢の群集が食い入るように舞台を見つめている。

   
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見ればなんと、宮崎・響座の皆さんではないかッ!

    
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心に響く音色だけでなく、その力強い動的パフォーマンスは、海外の人たちにも全く同じように感動が伝わっている事が判る。

   
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なぜか僕自身が日本の誇りを感じる瞬間でもある。
      

ばちさばきが一瞬止まるたびに大きな拍手が沸き上がるではないか。
    

  
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もしかしたら、この台湾の人たちの方がホンモノ日本文化の素晴らしさや価値を認識しているんではないかとさえ思ってしまった。

    

演出の中心は株式会社響の岩切社長だ。

  
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岩切さんの熱演

     

地域資源活用プログラムで日頃、同社にお手伝いをしていることもあって、まさか台湾で岩切社長の演技を拝見できるとは信じられない。

      
   
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誰もが眼にした事があるこの知事イラストの生みの親・・・

    

台北一帯の空気が響座の太鼓によって、まるで目に見えるかのように躍動している。

  
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和太鼓のパフォーマンスと同様、岩切社長のビジネスはずば抜けたスピード感と際立つセンスが特長だ。

  
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今年1月、福岡で行われた地域資源活用ビジネスマッチング事業で
見事なプレゼンを披露する岩切社長

       

万来の客席からの長い拍手のあと、
    

司会者が

本日のもうおひとりの大切なお客様の登場です! 

      
とのアナウンスに、会場はさらに大きくどよめき始めた・・・

                                   
                                  (次回に続く)

       

母なるメコン(その3)

    
(先回から続く)

観光用とはいえ地元の人や文化の一端に触れた後、さらにずんずんと森の中へ進んでいく。
      

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行きすがりの人の表情も実に穏やか

  
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とりあえず葺いたような簡素なあぜ道をおしゃべりしながら歩いているうちに、いつの間にか熱帯ジャングルの中に足を踏み入れていることに気付く。

    
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シュロやバナナの樹の向こうから、何やら水音に混じって人の声が聞こえてくる。
   
       

そう、今日のメインイベントである手漕ぎボートでのジャングルクルーズの始まりだ。

   
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「エエッ!こんなに簡単なボートに何人も乗って大丈夫なの?」
という不安をよそに、早く乗れ乗れと催促される。

   

細長く幅が無いから横に揺れるとても頼りないボートで
ヨロヨロしながら乗り込み、とにかく早く安定するように、と祈るような気持ちでボートのヘリに腰かける。

  
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前後に二人のこぎ手が体を折り曲げるようにして中屈みの姿勢でオールをかぎだす。オールと言うよりはやっぱり櫂のほうがピッタリするか。

  
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細長いからか、加速がつくとロケットのようにスウ~ッと前に進んでいく。

      
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ジャングルの木漏れ日の中を水面を這うようにして、
スウーッ、スウーッ

   

気持ちがいい。なんとも気持ちいいヨ。
   

       
手を伸ばせば届きそうなくらい両岸が迫っているが、とても巧みに櫂を使って舵を切るから安心だ。

   

反対方向からも、客を降ろしたボートなのだろうか、次々と列を成して漕ぎ上がってくる。

 
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バナナや椰子、見たこともないシュロの樹の合間を縫うようにボートは進んでいく。

 
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両側のジャングルの茂みを見ていたり、とんでもない量のマイナスイオンを浴びているからなのだろうか、アジアの癒しを感じてなまくらになっている僕の脳全体にα波がタップリと出ていることを実感する。

   
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This is Vietnam !!

 
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でも突然、ベトナム戦争の時、こんなところをゲリラが待ち構えていたら・・・ なんて映画のワンシーンを重ね合わせてチョッとぞお~っとしてみたりと、なかなかスリルも味わえる。

    
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水面スレスレなのだ

   
それに観光船とは言え、子供の頃、アニメや小説で夢見ていた冒険心を呼び起こし、年甲斐も無く大興奮してしまった。

    

時折、さすような日差しが照りつけるが、でも笠を借りているから大丈夫。  
とってもベトナム気分を味わえるのだ。

   

どの位の時間乗っていただろうか? 
  

とつぜん大海原、いやメコンの本流だった、に合流し、強い日差しと滔滔たる大河の中に再度放り込まれた。
     
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クルーズもこれで終了。
   

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この笠をかぶると本当に感じる熱さが違うから不思議

    

行きに送ってくれた渡しのクルーズ船のあのお姉さんが待っていてくれている。

 
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ボートを乗り換えて中州を離れ、元の船着場を目指して再度メコンを横切る。
    

   
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降り注ぐ強い日差しが反射するメコンの水面(みなも)を眺めながら
ミトー最高!と心の中で叫んでしまうくらい大満足なひと時だった。

   
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様々な恵みを与え、いまだに人々の生活の場にもなっている「母なるメコン」。

   

その懐深い大自然の憧憬を目の当たりにして、私の脳裏にまた新たな思考の空間を与えてくれたような気がする。

      
   
ボートを降り、船着場に上がってベトナムコーヒーで一服だ。

    
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“メコン河畔のオグシオ”がコーヒーを淹れてくれた

   
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つかの間の時間を有効に使えた時の充実感は、いつもハッピーな気分にしてくれる。
                                  (終わり)

 

      
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ハンモックに揺られ、波に揺られ・・・

   
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母なるメコン(その2)

                 
(先回から続く)

中型の華奢なクルーズ船でメコンの大河を横切り、中洲に渡る。

    
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渡し舟とはひとまずお別れ。また後でッ

      
         
中州と言っても、対岸のようなもので大きさが判らないほど広そうだ。

     
 
そりゃそうだ。大河メコンの河口岸にバカがつくほど大きな中州があっても不思議ではないさ。

    
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なんか上陸といった感じも大げさではない。

   
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先ほどまであれだけ喧騒を振りまいていた車もバイクも無い別天地。

    
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ギラギラと輝く太陽にバナナやパパイヤの青々した樹が勢いよく茂っている。

   
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ヤッパリ天然。植物園のハウスとは違う。

    
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自然と共生の小屋

     

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果樹か植木を作っているのだろうか?

         

しばらく行くと、おみやげ物売りの屋台が軒を連ねている。
   

   
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地元の娘さん達だろうか。

   
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英語、日本語だけでなく、韓国語、中国語、広東語まで使い分けて呼び込みを行なっている。

   
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それだけアジア勢観光客の進出はすさまじいんだろう。

   
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なんかこんな工芸品、ロシアのウラジオストクでも見たことあるぞ

    
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それにしても日本の観光地とは大違い。シンプルでいいからもっと多言語対応してもいいと思うのに。

   
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この日は広東省からの団体さんが騒ぎまくり、買いまくっていた。

     
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パワーを見せつけられた。同じ亜熱帯の地区だからだろうか、元気さが違う。

   
ん~ッ。
昔は日本人の団体さんもこれくらい元気だったんだがなあ。

    
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ベトナム南部の特産を生かしたココナツやコーヒー、サトウキビを使ったお土産にも意外に気をそそられてしまう。

   
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ココヤシを煮詰めて作る手作りの飴も素朴な美味しさ
   
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一粒ずつ切りそろえていく
      
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硬い椰子の実を割るために・・・

     

作られた観光地とはいえ、素朴で粗野でノンビリした南国風情が、これまた何故か旅情を掻き立てられる。

    
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民族音楽の演奏も

   
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そう、ここだけ時間の進み方が違って感じるあの感覚。

    
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いずれここも近代化の波に揉まれて変わっていくんだろうな、などと思いながら、忘れかけていた遠い昔の「今、この時」を心の底で味わい返していた。

                              (次回に続く)

    
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母なるメコン(その1)

                 
ベトナム・ホーチミン市から車で約1時間半ほど南下するとミトーという人口18万人の小さな街に着く。

    
   
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ミトーの街角
   
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一見どうという事のない集落だが、ここはメコン河の最下流に位置する観光拠点でもある。
   

       
土ホコリ立つ街道が途切れると、突然大河が姿を現した。

          
  
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何か起こったのか、何に感動しているのか、まだ訳がわからないまま、感動して思わず「アッ」と声が出てしまう。

     
川辺には無数の商店や私の船頭や観光案内の娘さんたちが大勢いる。

     
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アジアに来たァ~と感じる瞬間
   
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ヒソヒソ話し

       

さっそく渡し舟に乗船。
   
20人くらいが乗れる中型のクルーズ船だ。

期待の心ワクワク。

  
力強く船は岸を離れる。

   

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ほどなく船尾で物音がすると思ったら、

娘さんが椰子の実を割ってくれている。
   

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ひとりに一個、ズシリと重い椰子の実を渡されたが、
ストロー越しに渇ききった喉にサッパリとした椰子汁がゴクゴクと滑り落ちていく。

     
何故かこんなことが贅沢に思えてくるから不思議だ。

      

サービスの原点ってこんなことだったのかも知れない。

椰子って地域資源なんだ。   

    

僕らは川と言えば澄んだ水こそが当たり前で、濁った水は汚染されたもの、汚れたものという感覚があるが、このメコンの土気色の水色こそ、沿岸の栄養分をタップリと含んだ命の水なのだ、という想いもするのである。

       
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滔滔と流れる大河には、大小様々な運搬船や漁船、観光船が忙しく行き来しており、日本とは異なり河川も重要な「交通手段」だということを教えてくれる。

     
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確かに「川」というよりは「河」という表現がピッタリする感じだ。

   
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もうあと40キロも南下すると海にでるそうで、遠く源流を中国に持ち、タイ、ラオス、カンボジアを貫き、ここベトナムで河としての使命を尽くすのである。

      
河口にせまるこの地域でも河を生活の場とする風景があちこちに見える。

     
   
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およそ20分で大河を横切り、中洲に上陸した。
                                (次回に続く)

   
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旬の力・地元の力(その1)

   

「台湾一、だから世界一のパイナップルを食べさせてあげるからねッ!」

    

台北の友人がもう何年も前から会うたびに同じことを繰り返していた。
    

しかし、その話は旬の季節が限定されていて、タイミングが合わない時ばかりだから、「今度は、今度は」「信じられないような旨さなのに・・・」とずっとじらされていた。
     

好意で言ってくれているのか、それとも自慢話かホラ話?

しつこく言うわりには、どうせ機会はないさと大げさに言ってるだけなんじゃないの?ぐらいに気にもかけずにいた。

    
   

そして待ったが10年目。

台北の街で「いよいよシーズン到来!」というジャストタイミングに、僕はちょうど居合わせることになった。

   

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ポップには台湾最高級品と謳われている

「旺来」とは台湾語で、鳳梨と発音が似ていて縁起の良い言い方なのだそうだ。

   
   

そんなに旨いと言うんだったら、食べてやろーじゃねえか。

たかがパインぐらいでッ。

    

確かに店のあちこちで「金鑽鳳梨」とか「関廟鳳梨」というポップが目に付く。ブランド名なのだろうか。

  

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果実店はもとより、高級食品店でも、スーパーでも卸売市場の場外市場でも。

   
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ここではパインの個数を「ひと粒」と数えている。面白いナ。
ちゃんと皮をむいてあるほうが安いんだネ、おじさん!

   
       
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「チョー甘い」と宣伝してるゾ

    

軽トラックでの移動販売まで現れた・・・。

  
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それでも僕にとっては、たかがパイン。
     
   
パイナップルと正式に呼べるほどの代物でもない。

彼に会うまでは・・・。

    
   

その彼というのは南部・屏東県出身で、みんなから親しみを込めて「アージエ(阿傑)」を呼ばれるがっしりした体格の青年。
    

屏東でパイン生産に従事している若者だ。
   

夕方紹介され、一緒に卓を囲んだ。

  
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誠実でナイスガイ。決して多弁ではないが、日々の頑張りが真っ黒に日焼けした全身からオーラを発しているヤツで、いっぺんで大好きになり、酔いも手伝ってとても親しくなった。

   
最近、日本の農業現場で頑張ってる青年生産者に対して抱く親近感や友情と全くおなじ。

     
   
無口なくせにパインのことを話し出すととても熱い。

いろいろ面白い話を紹介してくれた。

  
   
   
パインって、生で食べる以外に美味しい食べ方って無いでしょ?

と、意地悪な質問をしたら、

     

    

アージエは得意げに

パイナップルの漬物を知らないでしょ??

甘くは無いんだよ。
しょっぱさがたまらないんだ。 

これを丸鳥の中に詰めてスープで煮たら最高に美味しいんだから!

     

確かにこいつは説得力ありそうだ。パパイヤだってそうだもの。

いつか食してみたい。屏東まで行かなくちゃ。
   

    
パイナップルとアージエの人柄が重なった。
     

      
   

明日午後2時に売り場に来てくださいよ。

実演やりますから。

   
   

試食販売じゃなくて実演? 何のことか良く判らなかったが、 

必ず行くからね。楽しみにしているよッ!

 と、応える僕。
   
 

アージエと固く約束を交わした。

                           (次回に続く)

  
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ドンドン売れていく
  
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ドンドン買っていく
  
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ドンドン運び込まれてくる

    

OKINAWAスナップ

           
沖縄を巡るとそこには蒼い海と空。
  
白い砂浜が目に飛んでくる。

       
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今回は多くを語るまい・・・。

    
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首里城

   

訪ねれば沖縄の仲間がとても心地よく迎えてくれる・・・。

    

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様々な顔を持つ沖縄。

   
   
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この次はどんな顔をみせてくれるのだろうか?

     

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現実と向き合う

   
沖縄に来ると必ず戦跡や米軍基地を訪ね、過去そして現在、日本という国の為にこの地で起こっている(った)現実を直視することにしている。
   

観光、リゾート、特産物など地域の資源を生かして、南国イメージと固有の文化を発信して、「明るい沖縄」作りに努力をしていることに心強くもあり、同時に私たち日本人が決して忘れてはならない「現実」をいつも再確認したいという想いからである。

   

嘉手納町を訪れた。
   

町の約8割を越す面積を米軍基地に供し、残りのわずか2割弱の土地で住民の皆さんが日々の営みをおくっているのだ。

  
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「嘉手納はもともと、とても豊かな土地だったんだよ。」
      
と野菜を売るおばさんがしみじみと教えてくれた。

   
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良く聞くと、やはり日本やアメリカに対する気持ちはとても手厳しい。

   
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1605年に中国から初めて芋を沖縄に伝えた、と言われる野国総官の像も。

  
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野国総官像

   
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これは400年間続く光景ということになる・・・

   
   

救荒作物として、当時飢饉に苦しんでいた沖縄を救い、その後、唐芋として日本全国にも普及し、今では焼酎の原料としても立派な地域資源として定着している。

  
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この道の駅が日本最南端だったなんて知らなかった

  
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地物を大切にする町

   

コザ(沖縄市)の街も歩いた。

  
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私が子供の頃、まだベトナム戦争の時代。住まいの近所にも数ヶ所米軍基地が存在しており、その強烈な印象が子供心に焼き付いていたのだが、コザの街が瞬時にフラッシュバックさせてくれた。

  
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横須賀や立川(福生)に行った時には感じなかったのに・・・。

    
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未知だった海外の匂いが基地の町にはある。
   

ここはまだ現実・・・。

   
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続いて南部戦跡も4度目の再訪。

   
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ひめゆりの塔

  
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何度訪ねても、同じ衝撃と哀悼の念が込み上げる。

   
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平和の礎(平和祈念公園)

     
また次の機会も、きっと初めての時のように、ここに来ることだろう。

    
  
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コザにて