出島精神

(先回から続く)

長崎といえば、いにしえから続く交易の窓口

 

その活発な動きは、今にも通じている。
   

ニッポンを売る!」ことでも長崎は早くから取り組んでいる。

   

活魚の中国向け輸出に熱心なことはつとに有名である。

    
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新鮮ピチッピチの鮮魚

     
   

最近はイチゴやビワなどの農産物を台湾や香港にも盛んにプロモーションしている。

   
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海外でも長崎の味が手に入る

  
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江戸時代には、長崎俵物といって、当時の高級海産物を中国に輸出していた歴史がある。

     
   
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特に、俵物三品といって、フカヒレ、干しナマコ、干しアワビは中国大陸では珍重されたのだという。

    
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今と同じではないか。

      

     
明治以降、土地の干拓で現存しなくなったけれど、出島が立派に再現されており、往時を偲ぶことが出来る。

     
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出島は1636年に江戸幕府により建造された人工島である。
      

      
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ここを訪れるとなぜかタイムスリップ感を味わえる。
   

なんだか映画撮影のセットのよう。

       

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今、わが国では、エネルギーや食糧の高騰、政治不信、海外摩擦などで偏狭なナショナリズムや愛国心が高まっているようで私は危機感を覚えている。

    

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精神の扉だけは常に開いておきたい・・・
異なる文化、他者を受け入れる精神を大切にしたい

        

世界の動きに敏感なはずの日本人が、かえって内向きの議論をはじめていることに危惧しているのである。

      

幕末や太平洋戦争前の様子と重ね合わせているのは僕だけなら良いのだが・・・。
     

    

ここ長崎は常に国際交流の舞台として大きな役割を担ってきた。

      
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東京に行くより上海の方が近い長崎では、考え方が柔軟な人が多いことは財産である。

    

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ぜひアジアの活力を取り込み、この国を元気にする最前線となってもらいたいものだ。
                               (終わり)

    
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ここ長崎から熊本県に続く国道324号線は、なんと長崎中心街である浜町アーケードを貫いているという全国でも珍しい国道である

   
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ここが国道なのだ

    

   
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長崎蛇踊り

     

         

海外でも県民総力戦を見た

(先回より続く)

     

已售完!   売り切れました

   

即将售完  まもなく売り切れ

   

いくつかの商品でこんなポップが張られている。

   
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まだ開幕して3日目だ。

   
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東国原宮崎県知事の台湾訪問は、確かに台湾でも大きな反響を呼び、農産物や地場食品のプロモーションに大きな追い風の役割を果たした。

   

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平日の夕刻、週末の午後は宮崎目指して買い物客でごった返した

    

    
しかし、それだけが原因ではない。

    

今回、台湾でセールスしている宮崎県の生産者やメーカーの皆さんは、これで2回目、3回目、あるいはそれ以上の回数を重ねた海外販路開拓挑戦者が多い。

   
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台湾の消費者行動を観察する絶好のチャンス
       

     

半信半疑で始めた海外での販売活動も、初めての時は失敗の連続で思うように売れずに諦めかけていたそうだ

   
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攻めの姿勢の業者さんは言葉が通じないことなど障害に感じない

        

それでも、毎回試行錯誤を繰り返し、修正や改良を加えて挑戦しているそうだ。

   

もちろん今回もまだまだその一環と謙虚。

      

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海外出展に利益だけでなく明確な戦略を持つこの社は着々と成果を上げている

    
   
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見よ、この黄金の輝きを!
台北にも多くの固定客が楽しみにするようなった

     
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子供のおねだり - どこの国も一緒

    

        
3ヶ月前にも行われた販促事業の出展ではわずかに一個しか売れなかった商品が、今回は始まって二日目に準備した商品がすべて売切れてしまい、急きょ日本から送ってもらったという方もいる。
    

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事前に周到な準備と検討を重ねて予想以上の成果をもたらした

   

さらに系列の香港の複数店舗での取り扱いや地元台湾でのテレビショッピングへの出店をプロデューサーから直接申し入れられる業者もあったと聞く。

          

わずかふた月のあいだで、先回の経験を徹底的に総括して販売方法に大幅な改良を加えたと言うのである。

  

決して豊かでない経費をひねり出して、決断して準備を行ったのだという。

   
        

    
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支援サポーターの専門家もハッピを着て終日現場で応援した

    
        

    
               

よく一度や二度の物産展で同じやり方で臨み、その挙句結果が出ず、
   
    
「社長の独断で輸出なんてするけど、巧くいくはずないんだ」

「この国の消費者には通用しない」

「経費がすぐにかさんでしまう」

「自治体や○○会はその後何もしてくれない」

   

などとベストも尽くさず、工夫も改良も加えず自助努力を忘れて軽口をたたく出展者の愚痴をよく聞くが、そんな人たちに爪の垢でも煎じて飲んでもらいたい思う。

      

国内だって販路の新規開拓は大変なはずなのに。

    
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僕も好物なからいも団子(ねりくり)も台湾初上陸だ

     

確かに、今回の宮崎のケースは知事効果が大きかっただろう。

      

しかし、その効果と言うのは宣伝の面でより、各チャレンジャーの攻めの姿勢と売れる商品作り、売れるアピール方法について一人ひとりが真剣に取り組むようになったことの方が大きい。

  
県庁などの自治体、そして支援団体による現場密着型の緊張感を持ったサポートも端から観ていて出色であった。

   
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地元台湾の販促支援者(パートさん)とのコミュニケーションも重要

       

まさに県民総力戦が、海外でも発揮され始めた証しなのだ。

     

     
オリンピックに先駆けて、

「頑張れ、ニッポン!」

   

トップセールス in Taiwan

(先回から続く)
   
広い会場がどよめき、十数台はあるテレビカメラが一斉に一点にフォーカスを始める。

    

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スポットライトを浴びたその「」は、どよめく会場の緊張感を和らげるようにおとぼけの姿勢で舞台に上がる。

   
   

皆さあ~ん、こんにちはッ、ニイハオ~ッ!

   

そう、トンクオユアン先生(東国原英夫宮崎県知事)の登場だ。
   

   
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会場はどっとざわめく。

   

  ここは日本だったっけ???

       

日本人も大勢いることはいるが、台湾の人たちのほうが圧倒的に多いにもかかわらずこの反響とは。

    

聞けば、知事がかつてそんまんま東と名乗っていた頃、台湾でも「東東(トントン)」の愛称で親しまれており、4~50代の人には結構知られているそうなのだ。

  
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ステージでの反応が予想より凄かったせいか、知事のスピーチもやや早口で、もしかして少々緊張気味?

   

前方の台湾の親子連れが興奮してしばらくハシャいでいるためか、
「なかなか話し辛いですねえ~」と間をおくところはさすが。

   
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会場が落ち着いてからは、ご自慢の宮崎の観光と物産のPR。

     

いつもテレビで聞き慣れている滑舌の良い高めの声のトーンで、とても聞きやすい。

   
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宮崎県と今回物産展を開催している百貨店との長年の付き合いの歴史にも触れ、台湾の消費者の気持ちもグッとつかんでいるようだ。
   

いいぞ、いいぞッ! その調子。

    
そのあと、地下食品売り場での宮崎物産展の開幕式典に場所を移す。

     

これまたおどけて壇上に上がるが、勢い余って、合図の前に腕が紐に触れてクス玉がとんでもないタイミングで割れてしまい会場は大爆笑

   

    
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東国原知事ならこれも大きなプラスポイント。
   

      

   
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タイペイでも大盛り上がりで “ア、ハプニンGoo~ッ” 大爆笑

    

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お得意の口アングリポーズで、宮崎特産の「日向夏」を宣伝

     

式典の後、物産展会場を廻るも、予想をはるかに超えて積極的な台湾のテレビカメラに取り囲まれ、視察することができず引き返す一幕も。

   
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とにかくフロア中は大騒ぎ。

   
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もみくちゃにされて大変

     

日本より凄いんじゃないないのだろうか、と思ってしまうほどのフィーバー振りだ。

   
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それでも宮崎からの販促応援部隊にねぎらいの言葉をかける知事

   

もちろんここタイペイでも分刻みのスケジュール。

   

あっと言う間に会場を後にする。

   
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ココやがハッピ」もちゃんとお召しだ

     

台風一過といいたいところだが、物産展会場はその後も閉店まで途切れることなく多くの買い物客でごった返すのだった・・・。

   
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さっそく観光コーナーでも若い女性たちが次々とパチリ…

   
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取材の嵐・・・  台湾全土に繰り返し繰り返しオンエアされる
   

   
この日も新聞、テレビ、雑誌の報道陣が地元台湾、そして日本から大挙してやって来た。

   

   
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地元台湾のテレビ局が5社も

   

この私にも日本のテレビ局2社、新聞社、そして台湾のテレビが3社、新聞社3社からインタビューを受けた

   
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この日の模様は、日本からのテレビクルーにも取材していただいた

   

     
いつもながら、地元台湾のTV局のカメラが廻っている前で、中国語でのインタビューは緊張しまくってちっとも慣れることが無い。

 
オンエアされたニュース映像を見て、いつも赤面する。台湾中、日本中に恥をさらしている。
    

それでも必死で売り込み支援のために日本の魅力をアピールしているつもりだけれど。

 

      

東旋風は、海を渡ったここ台湾でも吹き荒れた。

   

恐るべし、ニッポンMIYAZAKI !!

                            
                             (次回に続く)
     

結ぶ・つなぐ

(先回から続く)
   
いつもと違う、そんな台北の街の一角で、なぜか聴き覚えのあるリズミカルな和太鼓の音。
   

日曜日の昼下がり、大勢の群集が食い入るように舞台を見つめている。

   
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見ればなんと、宮崎・響座の皆さんではないかッ!

    
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心に響く音色だけでなく、その力強い動的パフォーマンスは、海外の人たちにも全く同じように感動が伝わっている事が判る。

   
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なぜか僕自身が日本の誇りを感じる瞬間でもある。
      

ばちさばきが一瞬止まるたびに大きな拍手が沸き上がるではないか。
    

  
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もしかしたら、この台湾の人たちの方がホンモノ日本文化の素晴らしさや価値を認識しているんではないかとさえ思ってしまった。

    

演出の中心は株式会社響の岩切社長だ。

  
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岩切さんの熱演

     

地域資源活用プログラムで日頃、同社にお手伝いをしていることもあって、まさか台湾で岩切社長の演技を拝見できるとは信じられない。

      
   
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誰もが眼にした事があるこの知事イラストの生みの親・・・

    

台北一帯の空気が響座の太鼓によって、まるで目に見えるかのように躍動している。

  
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和太鼓のパフォーマンスと同様、岩切社長のビジネスずば抜けたスピード感と際立つセンスが特長だ。

  
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今年1月、福岡で行われた地域資源活用ビジネスマッチング事業で
見事なプレゼンを披露する岩切社長

       

万来の客席からの長い拍手のあと、
    

司会者が

本日のもうおひとりの大切なお客様の登場です! 

      
とのアナウンスに、会場はさらに大きくどよめき始めた・・・

                                   
                                  (次回に続く)

       

久々海外からのライブブログ

       
暑いッ!! もうたまらんッ!

    

体に突き刺さるような強い日差しがこの街全体に降り注ぐ。

  
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いつもと様子が違う。

今回は、何かが起こるに違いない・・・

   
     
ひと月ぶりの台北(タイペイ)の街にやってきてそう直感した。
   

近年、何度ここを訪れても雨模様か、どんよりした曇りばかり。

こんな晴天、記憶にない。

   
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しかも湿度が高くて蒸し暑い。

   

ジリジリッ、ジリジリッ

   

いつもと違う、いつもと違う…

    

ブツブツつぶやきながら、行き慣れたはずの道をさ迷い歩いた。

     
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バイクが多いのはいつもと同じ

     
   

中心市街の高級ショッピングセンターに行けば、
香港の有名アクションスターのジェット・リー(李連傑)がイベントに出演しているのに出ッくわす。

  
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彼の主演するカンフー映画をどれだけ観たことか・・・

   

環境キャンペーンらしく、エコバックを推奨しているようだ。

   
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これでも十分に珍しい事だが、まだなんとなくこの違和感から抜け出せないのであった。

    

ヤッパリいつもと違う・・・
                              
                                 (次回に続く)

       

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日本は入梅、台湾は一足先に夏の到来だ・・・

    
     

母なるメコン(その3)

    
(先回から続く)

観光用とはいえ地元の人や文化の一端に触れた後、さらにずんずんと森の中へ進んでいく。
      

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行きすがりの人の表情も実に穏やか

  
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とりあえず葺いたような簡素なあぜ道をおしゃべりしながら歩いているうちに、いつの間にか熱帯ジャングルの中に足を踏み入れていることに気付く。

    
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シュロやバナナの樹の向こうから、何やら水音に混じって人の声が聞こえてくる。
   
       

そう、今日のメインイベントである手漕ぎボートでのジャングルクルーズの始まりだ。

   
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「エエッ!こんなに簡単なボートに何人も乗って大丈夫なの?」
という不安をよそに、早く乗れ乗れと催促される。

   

細長く幅が無いから横に揺れるとても頼りないボートで
ヨロヨロしながら乗り込み、とにかく早く安定するように、と祈るような気持ちでボートのヘリに腰かける。

  
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前後に二人のこぎ手が体を折り曲げるようにして中屈みの姿勢でオールをかぎだす。オールと言うよりはやっぱり櫂のほうがピッタリするか。

  
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細長いからか、加速がつくとロケットのようにスウ~ッと前に進んでいく。

      
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ジャングルの木漏れ日の中を水面を這うようにして、
スウーッ、スウーッ

   

気持ちがいい。なんとも気持ちいい
   

       
手を伸ばせば届きそうなくらい両岸が迫っているが、とても巧みに櫂を使って舵を切るから安心だ。

   

反対方向からも、客を降ろしたボートなのだろうか、次々と列を成して漕ぎ上がってくる。

 
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バナナや椰子、見たこともないシュロの樹の合間を縫うようにボートは進んでいく。

 
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両側のジャングルの茂みを見ていたり、とんでもない量のマイナスイオンを浴びているからなのだろうか、アジアの癒しを感じてなまくらになっている僕の脳全体にα波がタップリと出ていることを実感する。

   
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This is Vietnam !!

 
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でも突然、ベトナム戦争の時、こんなところをゲリラが待ち構えていたら・・・ なんて映画のワンシーンを重ね合わせてチョッとぞお~っとしてみたりと、なかなかスリルも味わえる。

    
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水面スレスレなのだ

   
それに観光船とは言え、子供の頃、アニメや小説で夢見ていた冒険心を呼び起こし、年甲斐も無く大興奮してしまった。

    

時折、さすような日差しが照りつけるが、でも笠を借りているから大丈夫。  
とってもベトナム気分を味わえるのだ。

   

どの位の時間乗っていただろうか? 
  

とつぜん大海原、いやメコンの本流だった、に合流し、強い日差しと滔滔たる大河の中に再度放り込まれた。
     
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クルーズもこれで終了。
   

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この笠をかぶると本当に感じる熱さが違うから不思議

    

行きに送ってくれた渡しのクルーズ船のあのお姉さんが待っていてくれている。

 
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ボートを乗り換えて中州を離れ、元の船着場を目指して再度メコンを横切る。
    

   
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降り注ぐ強い日差しが反射するメコンの水面(みなも)を眺めながら
ミトー最高!と心の中で叫んでしまうくらい大満足なひと時だった。

   
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様々な恵みを与え、いまだに人々の生活の場にもなっている「母なるメコン」。

   

その懐深い大自然の憧憬を目の当たりにして、私の脳裏にまた新たな思考の空間を与えてくれたような気がする。

      
   
ボートを降り、船着場に上がってベトナムコーヒーで一服だ。

    
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“メコン河畔のオグシオ”がコーヒーを淹れてくれた

   
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つかの間の時間を有効に使えた時の充実感は、いつもハッピーな気分にしてくれる。
                                  (終わり)

 

      
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ハンモックに揺られ、波に揺られ・・・

   
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母なるメコン(その2)

                 
(先回から続く)

中型の華奢なクルーズ船でメコンの大河を横切り、中洲に渡る。

    
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渡し舟とはひとまずお別れ。また後でッ

      
         
中州と言っても、対岸のようなもので大きさが判らないほど広そうだ。

     
 
そりゃそうだ。大河メコンの河口岸にバカがつくほど大きな中州があっても不思議ではないさ。

    
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なんか上陸といった感じも大げさではない。

   
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先ほどまであれだけ喧騒を振りまいていた車もバイクも無い別天地。

    
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ギラギラと輝く太陽にバナナやパパイヤの青々した樹が勢いよく茂っている。

   
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ヤッパリ天然。植物園のハウスとは違う。

    
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自然と共生の小屋

     

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果樹か植木を作っているのだろうか?

         

しばらく行くと、おみやげ物売りの屋台が軒を連ねている。
   

   
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地元の娘さん達だろうか。

   
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英語、日本語だけでなく、韓国語、中国語、広東語まで使い分けて呼び込みを行なっている。

   
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それだけアジア勢観光客の進出はすさまじいんだろう。

   
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なんかこんな工芸品、ロシアのウラジオストクでも見たことあるぞ

    
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それにしても日本の観光地とは大違い。シンプルでいいからもっと多言語対応してもいいと思うのに。

   
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この日は広東省からの団体さんが騒ぎまくり、買いまくっていた。

     
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パワーを見せつけられた。同じ亜熱帯の地区だからだろうか、元気さが違う。

   
ん~ッ。
昔は日本人の団体さんもこれくらい元気だったんだがなあ。

    
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ベトナム南部の特産を生かしたココナツやコーヒー、サトウキビを使ったお土産にも意外に気をそそられてしまう。

   
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ココヤシを煮詰めて作る手作りの飴も素朴な美味しさ
   
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一粒ずつ切りそろえていく
      
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硬い椰子の実を割るために・・・

     

作られた観光地とはいえ、素朴で粗野でノンビリした南国風情が、これまた何故か旅情を掻き立てられる。

    
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民族音楽の演奏も

   
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そう、ここだけ時間の進み方が違って感じるあの感覚。

    
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いずれここも近代化の波に揉まれて変わっていくんだろうな、などと思いながら、忘れかけていた遠い昔の「今、この時」を心の底で味わい返していた。

                              (次回に続く)

    
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母なるメコン(その1)

                 
トナム・ホーチミン市から車で約1時間半ほど南下するとミトーという人口18万人の小さな街に着く。

    
   
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ミトーの街角
   
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一見どうという事のない集落だが、ここはメコン河の最下流に位置する観光拠点でもある。
   

       
土ホコリ立つ街道が途切れると、突然大河が姿を現した。

          
  
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何か起こったのか、何に感動しているのか、まだ訳がわからないまま、感動して思わず「アッ」と声が出てしまう。

     
川辺には無数の商店や私の船頭や観光案内の娘さんたちが大勢いる。

     
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アジアに来たァ~と感じる瞬間
   
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ヒソヒソ話し

       

さっそく渡し舟に乗船。
   
20人くらいが乗れる中型のクルーズ船だ。

期待の心ワクワク。

  
力強く船は岸を離れる。

   

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ほどなく船尾で物音がすると思ったら、

娘さんが椰子の実を割ってくれている。
   

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ひとりに一個、ズシリと重い椰子の実を渡されたが、
ストロー越しに渇ききった喉にサッパリとした椰子汁がゴクゴクと滑り落ちていく。

     
何故かこんなことが贅沢に思えてくるから不思議だ。

      

サービスの原点ってこんなことだったのかも知れない。

椰子って地域資源なんだ。   

    

僕らは川と言えば澄んだ水こそが当たり前で、濁った水は汚染されたもの、汚れたものという感覚があるが、このメコンの土気色の水色こそ、沿岸の栄養分をタップリと含んだ命の水なのだ、という想いもするのである。

       
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滔滔と流れる大河には、大小様々な運搬船や漁船、観光船が忙しく行き来しており、日本とは異なり河川も重要な「交通手段」だということを教えてくれる。

     
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確かに「川」というよりは「河」という表現がピッタリする感じだ。

   
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もうあと40キロも南下すると海にでるそうで、遠く源流を中国に持ち、タイ、ラオス、カンボジアを貫き、ここベトナムで河としての使命を尽くすのである。

      
河口にせまるこの地域でも河を生活の場とする風景があちこちに見える。

     
   
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およそ20分で大河を横切り、中洲に上陸した。
                                (次回に続く)

   
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旬の力・地元の力(その1)

   

台湾一、だから世界一のパイナップルを食べさせてあげるからねッ!

    

台北の友人がもう何年も前から会うたびに同じことを繰り返していた。
    

しかし、その話は旬の季節が限定されていて、タイミングが合わない時ばかりだから、「今度は、今度は」「信じられないような旨さなのに・・・」とずっとじらされていた。
     

好意で言ってくれているのか、それとも自慢話かホラ話?

しつこく言うわりには、どうせ機会はないさと大げさに言ってるだけなんじゃないの?ぐらいに気にもかけずにいた。

    
   

そして待ったが10年目。

台北の街でいよいよシーズン到来!というジャストタイミングに、僕はちょうど居合わせることになった。

   

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ポップには台湾最高級品と謳われている

「旺来」とは台湾語で、鳳梨と発音が似ていて縁起の良い言い方なのだそうだ。

   
   

そんなに旨いと言うんだったら、食べてやろーじゃねえか。

たかがパインぐらいでッ。

    

確かに店のあちこちで「金鑽鳳梨」とか「関廟鳳梨」というポップが目に付く。ブランド名なのだろうか。

  

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果実店はもとより、高級食品店でも、スーパーでも卸売市場の場外市場でも。

   
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ここではパインの個数を「ひと粒」と数えている。面白いナ。
ちゃんと皮をむいてあるほうが安いんだネ、おじさん!

   
       
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「チョー甘い」と宣伝してるゾ

    

軽トラックでの移動販売まで現れた・・・。

  
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それでも僕にとっては、たかがパイン
     
   
パイナップルと正式に呼べるほどの代物でもない。

彼に会うまでは・・・。

    
   

その彼というのは南部・屏東県出身で、みんなから親しみを込めて「アージエ(阿傑)」を呼ばれるがっしりした体格の青年。
    

屏東でパイン生産に従事している若者だ。
   

夕方紹介され、一緒に卓を囲んだ。

  
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誠実でナイスガイ。決して多弁ではないが、日々の頑張りが真っ黒に日焼けした全身からオーラを発しているヤツで、いっぺんで大好きになり、酔いも手伝ってとても親しくなった。

   
最近、日本の農業現場で頑張ってる青年生産者に対して抱く親近感や友情と全くおなじ

     
   
無口なくせにパインのことを話し出すととても熱い。

いろいろ面白い話を紹介してくれた。

  
   
   
パインって、生で食べる以外に美味しい食べ方って無いでしょ?

と、意地悪な質問をしたら、

     

    

アージエは得意げに

パイナップルの漬物を知らないでしょ??

甘くは無いんだよ。
しょっぱさがたまらないんだ。 

これを丸鳥の中に詰めてスープで煮たら最高に美味しいんだから!

     

確かにこいつは説得力ありそうだ。パパイヤだってそうだもの。

いつか食してみたい。屏東まで行かなくちゃ。
   

    
パイナップルとアージエの人柄が重なった。
     

      
   

明日午後2時に売り場に来てくださいよ。

実演やりますから

   
   

試食販売じゃなくて実演? 何のことか良く判らなかったが、 

必ず行くからね。楽しみにしているよッ!

 と、応える僕。
   
 

アージエと固く約束を交わした。

                           (次回に続く)

  
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ドンドン売れていく
  
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ドンドン買っていく
  
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ドンドン運び込まれてくる

    

現実と向き合う

   
縄に来ると必ず戦跡や米軍基地を訪ね、過去そして現在、日本という国の為にこの地で起こっている(った)現実を直視することにしている。
   

観光、リゾート、特産物など地域の資源を生かして、南国イメージと固有の文化を発信して、「明るい沖縄」作りに努力をしていることに心強くもあり、同時に私たち日本人が決して忘れてはならない「現実」をいつも再確認したいという想いからである。

   

嘉手納町を訪れた。
   

町の約8割を越す面積を米軍基地に供し、残りのわずか2割弱の土地で住民の皆さんが日々の営みをおくっているのだ。

  
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嘉手納はもともと、とても豊かな土地だったんだよ。」
      
と野菜を売るおばさんがしみじみと教えてくれた。

   
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良く聞くと、やはり日本やアメリカに対する気持ちはとても手厳しい。

   
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1605年に中国から初めて芋を沖縄に伝えた、と言われる野国総官の像も。

  
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野国総官像

   
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これは400年間続く光景ということになる・・・

   
   

救荒作物として、当時飢饉に苦しんでいた沖縄を救い、その後、唐芋として日本全国にも普及し、今では焼酎の原料としても立派な地域資源として定着している。

  
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この道の駅が日本最南端だったなんて知らなかった

  
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地物を大切にする町

   

コザ(沖縄市)の街も歩いた。

  
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私が子供の頃、まだベトナム戦争の時代。住まいの近所にも数ヶ所米軍基地が存在しており、その強烈な印象が子供心に焼き付いていたのだが、コザの街が瞬時にフラッシュバックさせてくれた。

  
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横須賀や立川(福生)に行った時には感じなかったのに・・・。

    
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未知だった海外の匂いが基地の町にはある。
   

ここはまだ現実・・・。

   
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続いて南部戦跡も4度目の再訪。

   
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ひめゆりの塔

  
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何度訪ねても、同じ衝撃と哀悼の念が込み上げる。

   
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平和の礎(平和祈念公園)

     
また次の機会も、きっと初めての時のように、ここに来ることだろう。

    
  
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コザにて