水の都で出会った伝統漁法に見惚れた2時間半

      
松江といえば宍道湖畔。
      

街を流れる堀川と併せて
水の都」と呼ばれる所以である。

    
Dscn8569
        

ようやく空が白み始めた早朝、
目が覚めて窓から景色をぼや~っと眺めたら
湖面になにやら物干し竿ほど長い棒を持った人が乗る小舟が沢山行き来しているではないか。

Dscn8360

そうだ、宍道湖名物“しじみ漁”だ。

    
Dscn8391

 

これまでも何度も目撃したのだけれど、
漁が出来るのは月木金曜の週3日間の
しかも午前中の3~4時間と決められているそうだ。
    

資源保護ための漁獲制限である。
          

あの長い竿の先にはジョレンと呼ばれるカゴがついていて
これで湖底を掻くようにしてシジミを採捕する。

   
Dscn8432

            
これは“手掻き”と呼ばれる漁法である。

 

一見のんびりした動きに見える光景も
近くからよく見ると、とても重労働であることが分かる。

     
Dscn8310

ここで採れるのはヤマトシジミという種類で
全国で約1万8千トンの漁獲量のうち
宍道湖で約4割がとれているのだという。
      

有名「ブランド」ですもんね。

     
Dscn8685
貴重な自然の恵み

              
     
シジミにはカルシウムや鉄、ビタミンB12などのミネラルが豊富に含まれているのに加えて、最近では肝機能を高めるアミノ酸が注目されている。

     
Dscn8226_4

松江名物“しじみのすまし汁”。

しじみの旨み成分がギュッと濃く出たダシが忘れられない。

      
オルニチンやメチオニンと呼ばれるアミノ酸は知っている人も多いことだろう。飲酒後や疲労回復に効果があるとされている。

       
           
        
船を巧みに操りながら
湖面を行き来する漁船に見惚れていたら
あっという間に2時間半が過ぎているのに気が付いて
ビックリするやら、もっと観たいやらで、
泣く泣く宿舎に引き上げた。

    
Dscn8539
     
Dscn8468_4

少々気の重い日々に、心癒される街

パソコンが退院してきた。
      
が、まだ完全回復でなく
重症のままでの帰宅である。
       

器械が思うに任せず、気が重い・・・。

 

 

さて、この間、島根県松江市に行ってきた。

    
Dscn8049_2

8月最後の日とはいえ、沿線山間部の田園風では
稲穂がこうべを垂れ始めている。

     
Dscn7934

島根県は、農産物の輸出では、知る人ぞ知る
JA西いわみの米と、JAくにびきの牡丹などの輸出で
早くから組織的な活動を展開し、
実績・経験を有している先進県である。
         

今年も面白いことをやってくれそうである。

 

         
しばし、街へ繰り出してみた。

 

名城松江城を中心に城下町を散策できる遊歩道が整備されている。

 

Dscn8867_2         
Dscn8772
武家屋敷前  日本の道百選
            

Dscn8759                
Dscn8897
出雲名物「割子そば」

                  
松江は訪ねる度に、また来たくなる静的な魅力に満ちた街である。

            
Dscn8806_2
         

 
静的魅力とはいうものの、どっこい今は
国民の応援を担って最前線で頑張ってくれている。

       
Dscn8062_4
                                           
Dscn8053
こんなにも近かったんだ

 

今年は古事記編纂1300年を記念して出雲大社を中心に
11月まで様々なイベントが繰り広げられている。
http://www.shinwahaku.jp/(神話博しまね)
       

   
ぜひ多くの人に訪ねてもらいたい聖地である。

 

   
Dscn8088
宍道湖大橋川河口の夕景に心を奪われた 
                                 

第二の古都を訪ねて(その9)

    
鹿港(ルーガン)の街を歩くと、道端で
牡蠣(カキ)の殻をむく作業をしている光景に出会う。

  
Dscn1446

   
ここが海辺に近い街であることを改めて感じる。

          
おしゃべり好きのお年頃(?)のオバさんたちが、
なぜか黙々と作業をしている。

     
       
そう、鹿港の名物に、カキのオムレツ(蚵仔煎)が挙げられる。

     
Dscn2427

   
そう、台北の屋台でも良く見かける一品ですね。
        

焼けた鉄板の上に、
カキ、卵、そして片栗粉を溶いた液体で合わせ
レタスや青菜などを散り、店独自の甘辛タレで味付けする。

   
Dsc_3019

    
天后宮の参道でも、数件が店を連ね
店頭で実演調理している。

   
Dscn2217
片手で卵をつかんで割りいれ、殻をポンと横に投げ捨てる瞬間

   
そのアクロバティックな動きも興味をそそるが、

やはり、
ジュウ~ジュウ~という乾いた音、
香り立つオムレツの匂い、
そして熱い鉄板で踊る食材を観ていると
五感を刺激されますね。

   
Dscn2218 
      

  
この日34.5℃もあり、暑くて水ばかり呑んでる僕が
名物を実際に口にすることはなかった・・・。

   

さらに露天街をディープに進んでいくと
やたら長い行列が出来ている店がある。

   
これも鹿港名物「芋丸」である。

   
Dscn2422
    

あまりに人気なので、写真だけとって
あとから引き返したら丁度行列が切れて
商売上手な姉さんが、

  
Dscn2414

   

ちょっとぉ、名物食べていきなさいよ~!

と誘われたものだから、
不覚にもつい求めてしまった。

   
Dscn2416

     
なぜ不覚なのかというと
あまり口に合わないことを体験済みだからである。

    
今回もまた、買った責任をやっとの思いで果たした。

    
僕は絶対にその土地の食べ物の素晴らしさを感じるまで
好奇心を持ってトコトン好きになるのだが、

どうにもこの芋丸だけはまだまだ時間がかかりそうだ。

    
Dscn2421
     
豚肉の餡をタロイモの細切りで包んで蒸し、甘辛のタレを付けて頬張るのだ 。

       
僕の座右の台湾版書籍には、

「傾国傾城的超級美食」とあるのだが、
そのココロが未だ理解できないもどかしさに襲われる。

    
でも、だからこそ食文化って面白いと思う。

   

僕が20年以上前にここを訪れて忘れられない味は

焼きたての牛舌餅である。

  
Dscn2186
一番手前が「牛舌餅」

       

鹿港の街ではどこにでも売っている名物駄菓子である。

餅と名付いているが、
日本でいうもち米製のの粘り気のある食べ物ではなく
練った粉を焼いたサクサクするパイのようなもので、
普通に売られている分には、
正直言って、味もそっけもない素朴なスナックのようなものなのだ。

   

これが、冒頭強調したように「焼きたて」なら話は別。

  
Dscn2168
働き者の親子が一生懸命に牛舌餅を焼く
      

     
鉄板からそのままアツアツを頬張ると
なんとも深~く甘い匂いと適度に香ばしい香りが溶け合って
フランスのパイに匹敵する! と感動したことを覚えている。

             

まさに地域ブランドの現場でしか味わえない価値がある。  

そう、桁外れの暑さと芋丸の重い余韻のせいで
今回は牛舌餅も敬遠となってしまった。

  
Dscn2183
鹿港産手延べ麺線  そうめんのような感じ
  

鹿港名物には、ほかにも肉まん、麺線、イカのとろみスープ(魷魚羹)などがあり、台南と並んでB級グルメやスナックの宝庫といえるだろう。

   
(シリーズ終わり)

   
Dscn2205
    
Dscn2187 

 

第二の古都を訪ねて(その8)

Dscn2207
海上航行の安全を願う媽祖を祭った天后宮の門前

               

     
鹿港の総鎮守的存在である天后宮前の参道エリアは
商業圏としても観光屋台群としても集積が進んでおり
日差しが強烈だったこの日も大勢の市民や観光客でごった返していた。

   
Dscn2447

         
外気温34℃の猛烈な暑さだが、
木陰に入ると一息つける。

   
Dscn2160

         
爽やかな風が頬を伝っていく。

  
Dscn2164

     

参道は、鹿港のメインストリートでもある中山路にそのままつながっている。

  
Dscn2152      
     

往時はとても豊かであったのだろう、アーケードが設けられ「不見天」、
道路はレンガが敷き詰められていて「不見地」、
さらに当時は女性はあまり気軽に外出できなかったことから
通りでは女性を見かけない「不見女人」の「三不見」と言われていたそうだ。

    
Dscn2500
通りの至る所にこのようなレトロな建物が

  
Dscn2424
商店街は観光客でごった返す
      

Dscn2387
採れたてのアスパラガスと柔らかなニラの花を売ってる
              
Dscn2439
サツマイモのチップスだろうか  卍のマークは精進を表しているのかな
    
Dscn2541
     
   

鹿港の伝統工芸品として有名なのが燈籠(とうろう)。
          
中山路のあちこちに燈籠店が店舗を構えている。

    
Dscn2494
有名な呉敦厚燈籠舗

    
国賓の土産になることもあるそうだ。

  
Dscn2488
鹿港名物の浜風に揺れる燈籠
          

  
今回の鹿港シリーズ、
なんか観光案内みたいになってしまった。

   

最後の一回、B級グルメまでお付き合い頂きましょう。

        

(次回に続く)
            
           

第二の古都を訪ねて(その7)

                         
最近は台湾でも中国・香港でも復古調の路地や街並みを再現した商業エリアの出現が目立つ。
   

Dscn1931
      

鹿港にも「鹿港老街」と称する昔の街並みを再現した観光通りが整備されており、古都の風情を感じながら、往時の賑わいに少しだけタイムスリップさせてくれる。

     
Dscn2030
     
Dscn1985
   
Dscn2006
     

路地の両側には、木造家屋やレンガ造りの家が軒を並べる。

    
きっとかつての日本とも そんなに違わないはず。

   
      
Dscn2038
         
Dscn2066

            
今、鹿港老街と呼ばれている一帯は、もともと「古市街」と称されていた。

  
Dscn1994
烏魚子とは「からすみ」のこと。台湾でも名物
   
Dscn1962_2
どこの国でも子供のおねだりは微笑ましい
   
Dscn2103
手彫り彩色のゴムパチンコ。懐かしい。ひとつ190元(約600円)なり

         

この一帯は、清朝乾隆年間に鹿港が最も栄えていた頃の、
埠頭街の貿易商で賑わっていたエリアだそうである。

  

Dscn2075       中国大陸とも僅か200kmほどだったんだ

         

中国大陸から続々と移民が入り、
米や砂糖、農産物などを中心とした貿易を活発に行っていたようである。

  
Dscn1953
当時の豪商屋敷にあったと言われる「半辺井」。 とても貴重な井戸も、半分は自分の家で使い、半分は往来の人々にも分け与えたという、往時の栄華と鹿港人の美徳を表している遺産と言われている
    
Dscn1957        

        
台湾の地方に行くと、最近、
食の分野で「古早味」なんて言葉をよく見かける。

           
台湾や福建閩南地方でよく使われる言葉で、「懐かしの味」といった意味だろうか。

    
Dscn1937_2
      
Dscn2046
ここにも古早味の文字が…

   
          
街歩きの好きな人なら、いくら時間があっても足りないだろう。

   
Dscn1961    
Dscn1945
   
Dscn2026   
       

とにかく日差しが強くて暑かった。

  
鼻の頭が日焼けで真っ赤になってしまった。
    
季節違いの鹿港版トナカイさんだ。

   
Dscn2093
木を愛する人々でもある
   
Dscn2003
   
Dscn1972
ここにも路地裏を見つけた。つい足を踏み入れたくなる
    
Dscn1949         
(次回に続く) 
               

第二の古都を訪ねて(その6)

(先々回から続く)
         
再び、台湾中部の鹿港(ルーカン)訪問記に戻ろう。

         
趣味を持たない僕の数少ない楽しみが、これまで何度も紹介している
出張先でのわずかの時間を見つけての路地裏歩き

           

普通、宿泊ホテル周囲のガイドブックに載っていない庶民生活空間を、時間がある限り歩く訳だが、ここ鹿港は路地裏(台湾では巷と言う。北京では胡同フートンが有名)も重要な観光資源で、さっそく2大路地裏を探検した。
       

ひとつ目は、九曲巷(正式名称は金盛巷)である。

 
そう、すなわちいくつも曲がりくねった路地のこと。
                     
     
Dscn1845

            
昔の街は、川沿いに造られたりしたから
曲がった路地が多い。

  
Dscn1914

               
また一説には、強い海風や砂塵が吹き込まないような構造を採ったためとも言われている。

 
Dscn1918       

前回訪れた時と比べ、余りに俗化・観光地化されていて、
生活臭は微塵もないので面白くはないが、
往時の街並みを体験するにはやはり訪れて良かった。

  
Dscn1860
   
Dscn1863
   

Dscn1910     
        
結局、曲がり角がその名のとおり9か所だったかどうかは
数えるのを忘れたから、不明のままになっちゃった。

  
Dscn1869
   

Dscn1855      

           

二つ目の路地は「摸乳巷」。
   

Dscn1828        
    

読んで字のごとく、すれ違うと胸が触れ合うほど狭い路地。

   
Dscn1791
     

肩幅が広い僕が普通に立つと、もう路地を塞いでしまい、ホントにすれ違えないほどに狭い。
     
長さは100m、幅は70㎝ほどしかないらしい。

  
Dscn1800       
    

どうか、どうか、向こうから女性がやって来ますように…。」

と強く念じながら、この路地を進んでいったが、
悲しいことに、何びとともすれ違うことなく無事反対側にたどり着いた…。
           
    
Dscn1816
     

結局、胸どころか、僕の突き出たお腹が壁にこすれそうだった。
      

Dscn1841

           
これだから、海外での路地裏歩きは止められない。

(次回に続く)
                

第二の古都を訪ねて(その4)

                              
鹿港は、古都だけにやはりお寺が多い。

   
アルバム風に情景の一部を紹介しよう。

   
Dscn1604
文武廟
  
Dscn1595
   

Dscn1603    

Dscn1572_2

   
Dscn1632
文武廟の境内で  大木の木陰で子どもとお年寄りが共にいる懐かしく微笑ましい風景
         

   

続いては、龍山寺。

  
Dscn1710
歴史を感じさせる山門
   
Dscn1717
   
Dscn1735
    
Dscn1748
     

Dscn1765
               
(次回に続く)
   
                

第二の古都を訪ねて(その3)

            
まず、お決まりの民俗資料館へ行って、
鹿港のアウトラインをつかんでもらいましょうか?」
     

少しインテリチックな運転手さんがこう切り出した。

      
    
Dscn1460
文物館の正面は、バロック風の洋館
     

鹿港民俗文物館は、もともと台湾名門である辜一族の屋敷である。

  
Dscn1550     
   

1990年代に台湾代表として中国との劇的会談を取りまとめた辜振甫(こ・しんぽ)さんの生家であることを初めて知って驚いた。ここ鹿港出身だったんだ。

   
      
Dscn1499
奥のレンガ造りは、200年の歴史を持つ福建閩南式の古風館

    

ササっと流し観るつもりが、あまりに興味深い展示物ばかりだったので大幅に時間超過してしまった。
      

待ちくたびれたドライバーさんが、
それでもニコニコしながら
30℃を超える炎天下で待っていてくれた。
   

何処を訪ねても素朴で面白く、とても時間が足りなかった。

  
Dscn1650
街の中心にある鹿港青果市場
  
Dscn1669
     

それに、今回一眼レフを持ってこず、携帯コンパクトカメラだったので大いに後悔した。

   
Dscn1676
あれ、ここでも端午の節句のちまきが売ってるぞ

   
                             (次回に続く)

            

第二の古都を訪ねて(その2)

           
台中から海岸方向に約1時間の公共バスの旅。
      

途中、彰化市を通っていく。

  
Dscn1400_2
彰化市議会棟だろうか
  
Dscn1408
彰化バスターミナルで  博多という焼肉屋の看板まである 
   
    
   

バスの終点である、
僕のお気に入りの街、鹿 港(ルーガン)を訪ねるためだった。

  
Map0
ネットより抜粋

     
    
以前のエントリでも紹介したが、台湾の歴代の都は

一府、二鹿、三艋舺」と称される、台湾第二の古都である。
   

Dscn2301
     

ちなみに、府は台南、艋舺は今の台北市萬華区を指す。

    

     
僕はこの三都が台湾でもっとも好きな街で、
特に路地裏経済学派を自認する僕にとって、
最高にお気に入りの昔の風情溢れる路地が魅力なのだ。

      

若い人なら終日歩けば、すべて回れるほどコンパクトな街だが、
強い日差しもあってオジサンの僕は、車をチャーターして、親切な地元運転手さんとの楽しい会話をしながら、この懐かしい街をひと巡りすることにした。
                                  (次回に続く)

第二の古都を訪ねて(その1)

        
今月初め、台湾の台中市に出張した。

     

Dscn1377
台湾新幹線(高鐡)台中駅のホームで

    

行く頻度こそ台北ほど多くはないが、
ここ数年急速に発展し、訪れるたびに変化を感じる街である。

   

特に一昨年、台中市と台中県が合併し、人口260万人の直轄市になってから、さらに変貌を遂げているように思う。

   

それでもどこかの国と違って
全部を近代ビルに建て替えるようなことをせず、
昔の遺産をきちんと活用することで残している台湾人の姿勢には頭が下がる。

 
Dscn2603
1917年に造られた駅舎が現在もなお立派に使われている台中在来線駅

   
    
さて、
台中での商談を終え、台北に戻るまでまだ半日以上あるのをいいことに、26年前に訪れた台湾第2の古都どうしても行きたくなって、矢も楯もたまらず、衝動的に公共バス乗り場で切符を買って飛び乗ってしまった。
                                 (次回へ続く)

  
Dscn2620
台湾土産の定番パイナップルケーキと並んで太陽餅も台中が出自だ