驚きのファッション先進地 成都紀行(その4)

れまで3回のエントリでは、四川省成都の料理や歴史遺産などを紹介したが、もちろん今回の訪問目的はビジネスだ。

3日間で政府をはじめ、様々な機関を精力的に訪問し、
多くの収穫を得た。

中国の西南地区といえば、
西南大開発という国家的な地域発展戦略の地であり、
交通不便で多民族が住む貧しく遅れた地域のイメージがある。

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このくらいの都市景観は想像していたのだが…

それでも、雲南省の昆明や直轄市となった人口3000万の重慶市などは、ビルが林立する大都市だろうという映像イメージを持っていたが、想像通りだったのはその近代的な都市景観だけで、都会としての機能やそこに住む人々のあか抜けた姿には予想を裏切られっぱなしだった。

とにかく訪問前の想像以上に進んでいるのだ。

成都市は自家用車の保有比率は全国第三位だそうで、とにかく公用車より自家用車ばかり目立つのだ。

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知り合う誰と逢っても、車で送り迎えはあたりまえ。完全に車社会といってもよいだろう。

四川人はとにかく消費が大好きのようだ。

天府の国のおおらかさがあるからだろうか、あまり後先を気にせず、
消費に走るのだそうだ。

都心のシンボル的なポイントである天府広場を中心とする中心街に行ってビックリした。

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とにかく道行く人がオシャレなのだ

一部の特別なレベルの高さではなくて、一般市民のファッションに対する意識の広がりという意味では、上海や大連、広東、はたまた台北などよりも高いんじゃないかと思う。

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確かに一部の金持ちや若い女性がファッションセンスがいい大都市は、いまや珍しくない。

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しかし、ここ成都では、若い男の子や年配女性たちもファッションに強い関心を持っている人が多いことが見て判る。

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服装はもとより、髪型、化粧品、バッグなどの持ち物にいたるまで気を遣っている人がやたらに多い。

よく成都や重慶は美人やハンサムが多いと言われるが、素質の上に自己演出が巧みなのだろう。

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本から進出したイトーヨーカ堂も平日というのに買い物客で満員。しかも実際に商品を買っている。昨年も巨大な売り上げと納税額をあげてくれたと地元政府の官吏も笑みを隠さない。

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現在、伊勢丹が進出予定の大型ショッピングセンターも建設中で、さすが日本企業も見過ごしていないようだ。

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伊勢丹出店予定の工事も着々とすすむ

「ニッポンを売る!」スピリットをもってして、これを見逃す手はない。

ウソだと思うのなら、ぜひ成都へ行ってみることをお勧めする。内陸中心都市の従来イメージを見事にぶち壊してくれる。

会津を訪ねる

材関係の仕事で福島県会津若松市を訪れた。

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JR会津若松駅前                    (出所:あいづ観光情報館)

初めての訪問地だったが、この街にも元気印の企業が頑張っている。

途中、猪苗代町に立ち寄った。

確か今月初め小泉総理がアフリカ・ガーナのアクラ市を訪問した際、
野口英世博士が通ったという研究室に立ち寄ったことを思い出し、
生家のある猪苗代の野口英世記念館を訪ねたのである。

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僕ら世代の幼稚園や小学生の時の偉人といえば
圧倒的に野口英世だった。
伝記を読んで、みな医者や科学者にあこがれ、そして世界で活躍することを夢見たのである。

060514hideyo_1 僕らはこの姿に憧れた…

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英世が幼少の時に落ちて大やけどをしたとされる囲炉裏

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今日も生家には未来の科学者たちが見学に来ていた

それにしてもあの伝記に読んだ猪苗代湖と磐梯山の景色の素晴らしいこと!!
あまりの美しさにしばし言葉を失った・・・。

060514mtg_2 磐梯山

060514lake_1 猪苗代湖

遠くに残雪冠する山々も眺め、東北の山河を堪能した。

また、大の幕末史ファンの私は、仕事の合間に無理をお願いして会津若松市の飯盛山に白虎隊の史跡をわずかの時間、見学することができた。

060514iimori_1 飯盛山

改めて説明するまでもない会津藩公に殉じた19人の若者の悲劇は、日本人なら誰でも深く思いを馳せることだろう。

060514jijin_1 白虎隊自刃の地

自刃の地を踏みしめると、やはりその場に身を置かないと感じないような「気」に触れた。

なんだか旅ブログのようになってしまったが、
午後陽も傾きかけた頃、蔵の町として有名な喜多方市にも足を運んだ。時間がなかったのでサッと町を縦断した。

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味噌や醤油、日本酒などの蔵が確かに多そうで、もっとゆっくり歩きたい街だなと思った。

また、喜多方ラーメンでも全国的に有名だが、なんと午後3時を過ぎるとスープがなくなるのか、多くが店じまいしてしまっているのだ。もちろん、夜まで開いている店もあるそうだが、次の予定が入っていてタイムアウト。

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喜多方まで来て本場のラーメンにありつけないなんてッ!?

今度はいつ再訪することが出来るんだろうか。

福島県といえば、昨年秋、
上海の有名百貨店で赤ナシの販促活動を熱心に行なっていたのに遭遇した。

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上海の百貨店でのプロモーション風景

聞くところによると、
県知事をトップに上海への売込みに大変熱心な地域のようで
上海事務所を拠点に活発な活動を行なっているという。

ナシのほかにもモモやブドウ、柿、リンゴなども有名な農業県だけに
今後の元気な活動が注目される。

木材輸出セミナーに参加

11日、東京・虎ノ門で「国産材輸出促進セミナー」が開催された。

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虎の門のセミナー会場

とても内容の濃いセミナーで大変勉強になった。

冒頭、主催者である木材輸出振興協議会会長で東大大学院教授の安藤直人先生によると、中国の経済成長と不動産の活況により日本の杉材の輸出の可能性が現実味を帯び始めていること。世界的な資源の需給バランスや各国通貨の変動により国産材も競争力を持ち、資源としての見直しとアジアとの交流の可能性について、じっくりと取り組む必要性について説かれた。

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安藤直人協議会会長

わが国の木材需給における自給率は、昨年ようやく20%台に乗った状況で、産業の活性化はもとより国土の環境保全に対しても、木材の有効利用は非常に重要なのである。

もし輸出への道のりが開けるとしたら、大きな活力になることは間違いなく、関係者は密かに期待しているところではないだろうか。満員のセミナー会場もそれを示している。

講演の前半は、北京から来日した中国林業科学研究院資源情報研究所の易浩若氏が中国の森林資源と木材需給について、詳しく紹介した。国家プロジェクトとしての森林資源保護、植林事業が大々的に展開されているプロセスと旺盛な国内需要と輸入増加の関係についてさらに理解を深めることが出来た。

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北京周辺の衛星写真。赤色の都市部が近年急速に拡大しているが、緑色の森林部も増えているのがわかる(出所:中国林業科学研究院)

中国の2004年の木材輸入量(紙パルプを除く原木換算)は約4000万立米で、1995年に比べ4.5倍に急増し、米国に次ぐ世界第2位の木材輸入国になっっているのである。

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(出所:中国林業科学研究院)

今後、日本一国分の需給量が中国で増えるというのだから、これを放って置く理由はないのではなかろうか。

後半は、木材輸出振興協議会事務局長の日比野義光氏による「上海住宅における木材利用状況」というテーマで、とても詳細な分析報告がなされた。上海では今後、内装済みの住宅建設への転換が行なわれ、高品質の内装材に大いにチャンスがあるのではないか感じた。上海市民へのアンケートでも、すでに不動産を所有している中間層の多くが、新たに高品質内装の住宅購入を希望しているという驚きの結果を見てもそれがわかる。

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日比野局長の講演風景

「単に高品質・高付加価値の商品が売れるからといってそのまま日本の木材や木質建材が売れるわけではない。日本はタタミ、中国は床の生活の違いなど、相手のニーズに合ったものを作る努力なくして販路開拓は実現できない」という日比野氏の最後のメッセージは、特に心に響いた。

実は加工が出来ないように見える農産物についてもそれが言えると、最近私も感じ始めていたのである。

日本国内での「こだわり」の商品を持ち込むだけでは海外の消費者にはすぐには通じないのである。酒類しかり、茶葉しかり、和菓子もしかりである。

大胆な発想転換が出来ないと十分な成果は得られないのではないだろうか。

木材輸出振興協議会では、今年11月に参加者を募って、中国でセミナーや商談会を行なうビジネスマッチングを企画している。本格的に動き出せば、木材は物量や金額が大きいだけに今後の動向が注目される。

世界遺産に触れる  成都紀行(その3)

川人のお国自慢の一つに中国で最も世界遺産が多い省だ、というのがある。

九寨溝(きゅうさいこう)峨眉(がび)山、黄龍、都江堰(とこうえん)などが有名だ。

そのもうひとつに1996年に世界遺産に認定された「楽山(らくざん)大仏」がある。

成都から約140キロほど離れた楽山市にあるが、今は高速道路も整備され一時間半ほどで行くことが出来る。

実はこの楽山大仏、私がまだ高校生の頃、とある写真を見てガツンと衝撃を受け、ぜひ行ってみたいと心底願っていた場所なのだった。もしかしたら万里の長城以上だったのかも知れない。

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学生の頃、一枚の写真を見て衝撃を受けた楽山大仏

だから30年以上も恋焦がれ、とうとうやって来たこの日は、感動のあまり暫く声も出ないくらいだった。

ところでこの大仏像だが西暦713年から建造が始まり、なんと90年の歳月をかけて完成した楽山大仏。頭の部分だけで10年を要したという。

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どれだけの大きさかが分かってもらえるだろうか

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足指だけでもこのくらいだ

全長72メートルで12階建てのビルに相当するという。もちろん磨崖坐像としては世界最大である。

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まさに「山が仏、仏が山」と言われる所以だ

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壁面から観るとこんな感じになる。まさに断崖絶壁!

この地はちょうど、揚子江の支流にあたる岷江大渡河、そして青衣江が合流する大河の難所で、長年洪水に見舞われ、多くの犠牲者を出していたという。説明によると、この川の氾濫を鎮めるために大仏が建立されたわけだが、大仏建立後、目立った洪水は発生していないのだそうだ。まったく科学的根拠がないのに

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右側が岷江、左側が大渡河が合流するところ。川の色が違う

それにしても、このハンサムというか個性的というか、大仏様の顔は印象的だ。

また、普通なら座禅を組むとか、手は印を結ぶなどするはずなのに、ここの大仏様は椅子に腰掛けているようでもあり、また手もお行儀良く膝の上に乗せてあって、とにかくユーモラスだ。

大仏の壁面だけでなく、対岸から船に乗って、岷江の水面からも大仏様全体を俯瞰したが、とにかく素晴らしかった。

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大仏は船上からと山上、足下から眺めた

30年前、中国渡航すら特別な事だった時代に、まさか仕事もあってここを訪れるなんて思いもしなかった。

いま観光開発の真っ只中だった。もう数年もすると立派な観光地になっているに違いない。 (続く)

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ゆったりした時間が流れる楽山の街
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博多どんたくのオープンマインド

3日と4日に、福岡市では「博多どんたく港まつり」が行われた。

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ゴールデンウィーク期間中、弘前の桜まつりと並んで約200万人の人出を記録する日本一のイベントである。

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今年も大勢の観客でごった返した

この人出の数値について関係者の人に聞いた話だが、結構意外な算出法みたいだ。もちろんここでは言えない。

博多どんたくは820年の歴史を持つ民俗行事を起源としているそうだが、今のような港祭りに発展してからもすでに45回目を数える歴史ある祭りだ。

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同じく全国的に有名な夏祭りである博多山笠が、限られた町内の格式と規律によって統制される地域伝統行事であるのに対して、博多どんたくは市民総参加型のオープンマインドの開放的なイベントである。

だから時代の変化に従って参加者も多種多様となり、現在のようにアジアとのゲートウェイとしての福岡・博多を反映して、どんたくパレードに参加する外国人も年々増えている。

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今年も大勢の外国人居住者や参加のために来日したアジアの人たちがパレードに参加した。観るのと参加するのでは感じ方がが大違いだというから、参加した人たちはきっと感激したに違いない。外国人の福岡ファンが着実に増えることだろう。

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姉妹都市の広州市からもパレードに参加

おりしも中国もまた5月の第一週は、メーデーのゴールデンウィークとして一週間の連休になっているので、数年後には大勢の中国人観光客で賑わうはずだ。

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今年は特に2016年夏季オリンピックの候補地に福岡市も名乗りを上げていて、なお一層海外へのアピールを強めている。

また、どんたく直前には、台湾から観光誘致のために関係者が来日し、福岡市の繁華街でGW直前の観光宣伝活動を行なった。

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双方向のアジア交流が活発化し、地方も活気が出てきたように思う。

歴史の都 成都紀行(その2)

成都は海抜500mの四川盆地にあり、周囲は4000mを越す山にも囲まれ、奥深い内陸にありながら、気候は温和でしのぎやすい地だ。

天府の国」と呼ばれるように、実は古くから物資が豊富で、コメ、麦のほか、菜種やゴマ、落花生、淡水魚、豚、綿花、シルクなど自己完結できるだけの豊富な経済作物に恵まれていたのだ。

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成都郊外の農村風景。菜種がいっぱいに実をつけている

この地も数千年の歴史をもっているが、豊かで温和な風土で比較的安定した社会が続いたため、戦乱続く江南など他の地域から多くの人が四川の地を目指してやってきたのだという。

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四川シルク(蜀錦)の手紡ぎの再現

成都の歴史といえば蜀の国。
そう、ここは多くの日本人も親しんでいる三国志の舞台になったところでもある。

060502sanngokuseiti_1 成都は三国志の聖地なのだ

日曜日に地元政府の案内で「武候祠(ぶこうし)」を見学した。

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もともとは、この地を収めていた劉備の墓のあるところなのだが、どうも地元の人は諸葛亮孔明が好きなようで、孔明の字(あざな)である「武候」を冠して偉業を称えているようだ。

060502koumei_2 諸葛孔明像

また、劉備と共に関羽、張飛を合わせた三傑も祭ってあり、桃園の誓いや三顧の礼など馴染み深いシーンも再現している。

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地元の人の説明を受けると、三国志に出てくるエピソードにまつわる文物を目の当たりにできて本当に感動ものだ。

中でも南宋の民族的英雄で書家でもあった岳飛が書いた出師の表などは、もう歴史ファンならずともたまらない魅力だ。

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(今も手本とされる岳飛が書いた出師の表)

もうひとつ成都で有名な歴史的旧跡といえば、詩聖といわれた唐代の大詩人「杜甫」が4年間住んだといわれる「杜甫草堂」だろう。

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060502tohozou 杜甫の像

草堂というから小さな庵(いおり)でもあるのだろうと思っていたら、広大な敷地全体が歴史博物館になっており、杜甫に関する文物はもとより、当時の遺跡の発掘状態をそのまま保存している展示館もあり、複合的に理解できるようになっていた。

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(唐代の発掘遺跡)

私は漢詩にはあまり造詣がないのだが、

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国破山河在
城春草木深

感時花濺涙
恨別鳥驚心

烽火連三月
家書低万金

白頭掻更短
渾欲不勝簪

春望の句を知っているくらいだが、それでも十分面白い史跡だった。

また、成都の西側には「青羊宮」と呼ばれる道教寺がある。かつて老子が青羊を引いてきたという言い伝えにより建立された道廟で、現存する建物は清代のものだ。入り口の幅の割には意外に奥深く、予定時間を大幅に超過してしまい、思った以上に見ごたえのある道廟だった。

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三清殿と呼ばれるひときわ荘厳な建物には一対の銅製の羊があるが、そのひとつは、十二支の各動物を表したという極めて奇怪なものなのだ。

すなわち、

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耳が鼠 鼻が牛

爪が虎 背中が兎 

角が龍 尾が蛇

嘴が馬 ヒゲが羊 

目が鶏 頭が猿

腹が犬 臀が猪

をあらわすとされているのだ。

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敷地の一角で道士が座禅を組んでいた…

どの建物も興味深いが、併設している広い喫茶コーナーは秀逸で、多くの老人たちが朝早くから思い思いに茶をすすりながら談話したり、編み物をしたりしている。ほんとうにのどかな風景だったが、とても印象深かった。

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北京や西安ほど史跡観光地としての認知度は高くないが、成都は歴史の街としても十分に面白いところだ。

(続く)

蜀は食都 成都紀行(その1)

港に降り立った瞬間、
ムッとくるいつもの湿気に
ああ四川に来たんだなぁ」。

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(いつも湿度が高い成都の街)

年間を通して晴天日数はわずか25日ほどしかなく、
曇りや雨の日が多いため、本当に湿度が高い。

日本を発つ時はまだ14℃と肌寒かったが
ここはもう26℃にもなっていた。
とにかく蒸し暑い。

久方ぶりに四川省成都を訪れた。

我々日本人にとって、四川といえば、
パンダ、三国志、そして激辛料理だろう。

四川の人が辛い食べ物を好むのは、
この湿度の高さと大いに関係があるといわれている。
不調になりがちな身体の新陳代謝を促すためらしい。

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(四川の代表的激辛料理-「水煮魚片」)

確かに辛いものを食べた後には発汗し、
誰でも神経が高揚するように感じる。

気候や風土と食べ物は本当に関係が深い。

四川では、子供の頃から辛い食べ物に少しずつ慣らしていき、
10歳になる頃には一人前に激辛が食べられるようになるそうだ。
スゴい。

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ご存知「麻婆豆腐」。
突き抜ける辛さとヒリヒリとしびれる刺激は、ここ成都ならでは。
上海や香港・台北などで食べるマーボドーフは全く別の食べ物だ。

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写真は、麻婆豆腐の元祖と言われている「陳麻婆豆腐」の支店。
看板メニューの「金牌麻婆豆腐」の味は一流だが、昔の国営レストランを思い出させるほどの接客の悪さには閉口した。 

成都の有名レストランをハシゴしてみる。

特に「成都名小吃」と呼ばれる伝統惣菜には旨いものが多い。

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私の好物である「蒜泥白肉」(上)と「夫妻肺片」(下)。
辛さの中にコクのある味付けがたまらない・・・。

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実は成都もワンタン(抄手)が有名。
「龍抄手」はブランドになっている。

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四川に来始めのうちは
「地元の人と同じ辛さじゃなきゃつまらないッ!」
と意地を張る割には、どうしてもこの辛さを受け付けず、
ビールやお茶で一度シャブシャブと洗ってから口に運んだものだが、数日も経つとすっかり慣れて、辛くないと食べた気がしなくなるから不思議だ。

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本場の担々麺には汁がないのかと思いきや…

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下には真っ赤なタレが潜んでいた。

日本のラーメンと同じく、担々麺の本場成都でも店によって味付けや麺の種類などがかなり異なる。

とにかく四川料理の奥は深い

北京・上海・広東と並ぶ4大料理と言われる中でも、四川料理は香辛料や調味料の使い方などに独特の技が秘められている。

辛いだけではなく、複雑さや深みのある味付けは脳の記憶中枢に強く残る

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(成都の市場にて)

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(「麻(マー)」と「辣(ラー)」。唐辛子と山椒の組み合わせが特徴)

日本はもとより、上海や香港、台湾などでも本場同様の四川料理が食べられるところは極めて少ない。

本場成都を訪れることなくして、川菜(四川料理)を語ることなかれ、だ。

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四川系の新作料理 -ローストガチョウの皮とフォワグラ・マンゴーペーストのせは絶品だった。

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あまり知られていないが、昔から四川でもソバ(蕎麦)が食べられている・・・

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ただし、麺は弾力に富み、スープは真っ赤で酸味もある。
酢とラー油をタップリ入れた激辛韓国冷麺のよう。
ところ変われば、である。

本場の味を堪能するために、ぜひ一度成都を訪ねてみることをお勧めする。
中華料理好きなら、絶対に満足すること請け合いである。
(続く・・・)

江南の春

江蘇省昆山を訪ねた。

ここは早くからアパレルや精密機械、電子工業など日系企業が
盛んに進出している地域で一時期よく通った所でもある。

揚子江(長江)下流南岸一帯を江南地方と呼ぶが、
詩人杜牧(とぼく)の詠んだ「江南の春」でも有名だ。

千里鴬啼緑映紅
水村山郭酒旗風
南朝四百八十寺
多少樓台煙雨中

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は、立春の一番良い季節にこの地を訪ねたのは初めてのこと。
のどかで、穏やかな風景に改めて感動した。

「周荘(しゅうそう)鎮」一帯は、観光開発もすすみ、外人観光客はもとより、国内ツアー客の多さが目立った。
 また、数千台の収容能力があろうかという広大な駐車場も週末には、上海や蘇州などからのマイカー族のドライブ客で駐車スペースがなくなるというから驚いた。ここでも時代の変化を実感した。

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(とにかく国内観光客の多いのには驚いた)

江南地方は別名「魚米の郷」とも呼ばれ、水稲、麦、綿、シルク、茶、魚、カニなど食材の宝庫でもある。

今回も淡水魚や上海ガニ、エビなどの養殖場、延々と広がる水田やビニールハウスが至る所で見られる。

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長江に繋がる大小の湖とそれらをつなぐ運河が網の目のように広がっているのである。

中国第一の水郷と呼ばれるこの街でも、その穏やかな流れと水と共に暮らす人々の生活を眺めていると本当に気持ちが和らいでくる。

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(水郷での生活風景)

上海から車でわずか1時間半ほどのところで春の息吹を体一杯に感じることが出来るエリアがあるのだ。

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(遠くに広がるのは淀山湖)

この20年ほどの間、海外からの投資も急増し、一帯では多くの工場も稼動している。国内観光客も飛躍的に増え続けるだろうから、この地も、もう穏やかでなくなる日が近いかもしれない。

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(昔の中国にタイムスリップ)

毎年好評の食品ビジネスイベントが開催される

る3月20日、福岡市で「FOOD2006 in FUKUOKA」が開催される。

この事業は、福岡市福岡商工会議所、(社)福岡貿易会ジェトロ福岡貿易情報センターの4者で構成される「福岡アジアビジネス支援協議会」が主催するもので、在福岡の各国貿易代表機構も後援している。

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今年の事業は、中国、イタリア、カナダ、タイ、台湾、韓国、シンガポールから50社近くの企業が集まり、品質や価格、安全性などに特徴ある食品・食材を展示商談する「新食品・食材商談会」とその食材を用いてプロの調理人がアイデア料理を競うキッチンデモンストレーションが目玉の「福岡対話」の二つのイベントで構成される。

実はこの福岡市のFOOD事業は、過去6回にわたって毎年開催されており、すでに圏内の食品関係業者の間ですっかり定着した評判の事業なのである。

その理由は、第1回目からこの事業は、「個性も特徴もない商談会やセミナーにしない!!」「出展者にも来場者にも役に立たない、主催者の独りよがりのイベントにしない!!」というスタッフの強い意志があった。

東京や関西と異なる九州圏の食品企業のニーズを事前に徹底的に調査し、日本側需要家が求める商材をアジアの各企業に準備してもらうことと、福岡対話と称するシンポジウムでは、その時代の半歩先ゆくテーマ、たとえば、輸入食品の安全性、ITと食品、地場食品の輸出などを常に情報発信し続けてきた。

今年もアジアを中心に、欧米企業も一堂に会して、個性ある新商品を出展提案してもらい、食べ方のレシピも実演で提供するという新たなコンセプトで「食都福岡」「食品ビジネス拠点都市―福岡」を情報発信する。

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毎年毎回、進歩・進化する今年の事業には、すでに過去最高の来場希望者のエントリーが事務局に寄せられている。食品関連の企業、企画関係の方は、ぜひ参加されることをお勧めしたい。

開催日: 3月20日(月)
会 場: ソラリア西鉄ホテル8階大宴会場「彩雲」

プログラム:
「新食品食材商談会」 10:00~18:00
「福岡対話」キッチンデモンストレーション 10:30~16:00

参加: 無料

申し込み・問い合わせ:
福岡商工会議所経済部国際センター
TEL:092-441-1117  FAX:092-474-3200
E-mail:kokusai@fukunet.or.jp

ブランド対策セミナーに参加して(2)

…(1)から続く

ミナーの後半は、作家で金儲けの神様として知られる邱永漢氏が登壇して、「中国・台湾で勝負する農産物の日本ブランド確立に向けて」と題する講演をされた。

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実は、邱先生が9年前に福岡で基調講演をされた後、パネルディスカッションのパネラーとしてご一緒した時以来、2度目の再会となった。それ以来、邱先生の著作や行動については、ずっとチェックを入れている。

だから、邱先生の言論や発想は多少知っていたつもりだったから、日本の農産物を中国や台湾に輸出するというテーマについて講演されるとはとても意外だったのだ。

060311Qsan2 なぜなら、邱さんはこれまで、永田農法の中国での展開を提案したり、コーヒーや日本そばの中国での栽培に挑戦されているから、日本からの輸出ではなくて中国に移って生産せよという、発想としては逆なのではないか、と感じていたからだ。

講演は相変わらずの名調子で、会場を大いに沸かせた。まるで名作落語を聴いているような心地良ささえ感じてしまう。パワーポイントに頼る私の講演などは、まだまだ修業の余地がありそうだ。

060311Qsan3 やはり日本産の農産物の輸出について、邱さんは、とても難しいのではないか、と本音を漏らされた。生産コストが大幅に安い中国に対して、高コストの日本産農産物を恒常的に販売することは、邱さんの原理原則では、やはり反対なのだろう。

私はそれを聞いてむしろホッとしたほどだ。ホッとすると同時に、ますますファイトも沸くというものだ。

でも、最後には
「私は日本産の農産物がどうしたら中国で売れるのか、その答えは持っていない。普通に考えれば、とても難しいと思うからだ。もし、売れるような情報があったら、むしろ私に教えて欲しいくらいだ。皆がグズグズしているうちに、私はサッサと行動に移しますから」と。

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会場は大いに沸いた。さすが邱先生。
齢82歳にして、この発想と行動力。脱帽する他ない。

同行の方が、講演終了後に邱さんに題字を求めたら、丁寧に一字一字筆を走らせてくれた。

毎日、聞いたことのないことを聞き
毎日、見たことのないものを見る
          邱 永漢

また、大いに刺激を受けた。