今年はナニ年?

        
ズ~ンと響く腰の痛みを気にしつつ、
屠蘇気分で正月3日を迎えている。

     

そう言えば、今年はナニ年だったっけ??

  

    
子供でも知ってる。卯年(うさぎどし)だよね。

           

兔年だから、ウサギの写真を・・・、っと、

    

ないッ!、 ウサギの写真なんか、撮ったことない。

   

    
ってんで、これ。

    

Dsc_9883      台北・和平路の路地裏で        

       

耳は長くないし、眼だって赤くない。

          

誰が見たって、猫の写真である。

   
           
   
別に僕は猫好きな訳じゃない。

  
      

何故???

      

確か、ベトナムやカンボジアでは、
ウサギ年がなくて、代わりにネコ年だって聞いたことがある。

     
     
Dsc_1929
ベトナム・ホーチミンの食堂で

       

   
と、いうことは、彼の地では今年はネコ年ってことになる。

       

きっと何か由来か言い伝えがあるに違いない。

     
     
     
今年は、また機会があったら、
ベトナムやインドシナの国に行ってみたい。

  
          
Dsc_5375
ベトナム・ベンタイン市場の周辺にて

      

行ったら、必ず今年はナニ年ですか?って聞いてみよう。

     

     
         
もっとも日本だって
十二支の最後はイノシシ年ってことになっているが、
中国をはじめ、韓国もベトナムなども
他の国はほとんどがブタ年である。

   
Dsc_3251
鹿児島県霧島市和気神社の珍しい「白イノシシ」

       

       
十二支が伝わった頃の日本には、
ブタという家畜は馴染みがなかったのだろうか?

     
      
ここにも当たり前と思っていたことが、
意外にも海外では微妙に違っていることがわかって面白い。

      

     

違いがあっても、互いに認め合えればそれで良いと思う。

      

Dsc_7862
最近アジアのあちこちで招き猫を見かける  -香港
          
          

謹賀新年

        
明けましておめでとうございます

               
       
Dsc_1741     石川県金沢市

    

       
今年も多くの皆さまのおかげで、
つつがなく新年を迎えることが出来ました。 深謝。

      

      
年賀状や地域の逸品も沢山頂きました。
この場を借りて厚くお礼申し上げます。

     

Dsc_2777
沖縄ニライビーチ

      
            

毎年1月1日は
「一年の計は元旦にあり」で、
一年間の大方針を立てる日でもあります。

      

     
今年の大テーマは、
「内からと外からと」です。

       

個人も、地域も、日本も、アジアも、地球も、
そしてそれぞれの産業や文化も、精神も肉体も
もっと洞察と認識を深めて、
内側からと外側からの視点で行動すること。

     

Dsc_2284
鹿児島県開聞岳と甘藷畑

   
   

今年も具体的な目標を
「3大方針、8つの指針」にまとめました。
   

今年は、かなり過激で、チャレンジングです。

     

Dsc_8707
北海道帯広市

       
       

私自身も、日本の地方も、いよいよ正念場を迎えます。

       
                  

Dsc_0607
石川県金沢市

             

    
夢と希望を抱いて、皆さんと一緒に前進したいと願っています。

     

     

今年もどうぞよろしくお願いいたします

    

Dsc_3329                

行く年と来る年が交わる日

            
いよいよ大晦日の晩を迎えてしまった。

      

ブログを復活といいながら、
結局、最後まで出張が続き、慣れない腰痛のために
今年は歳末の締めくくりの作業が何も出来なかった。

   

大掃除、名刺整理、買い物、そして年賀状もまだ。

      

皆さんに言った事が果たせず、
自分の見の回りの事も果たせない有様だ。

             

伏してお詫び申し上げます。

     

     
大晦日といえば、日本では年越し蕎麦を食べる習慣がある。
    

たぶん細く、長く元気で暮らせるように、
との願いからではないだろうか。

    

蕎麦といえば、盛岡に行った時いただいたわんこ蕎麦を思い出す。

   
     
Dsc_6864     

    

やっとのことでも100杯を頂いたので、
まぁ、何とか一人前(!?)でしょう。

    
Dsc_6475_41
盛岡市内を流れる北上川

        

        

また、中華圏では、餃子を包んで食べる習慣がある。

    

年が改まる(交わる)大晦日の晩、家族全員で餃子を食べる。

   

Dsc_5437
中国で餃子といえば、一般に水餃子を指す
     

    

食へんに交わる、と書く。
         

子の刻(12時)に年が改まる時の交子(ジャォズ)と発音も同じだ。

     
        
また、餡を包み込むことから家族団らんや
形が金やおカネに似ていることから、
きっとおめでたい食べ物なのだろう。

      

     
でも、餃子といえば、
12月に訪ねた栃木県宇都宮での印象は、改めて強烈だった。

     

Dsc_5425
外はパリッパリッ、中はジュワ~ッ

     

生産高日本一のニラを食べるのに餃子は格好の食べ方提案。

    

Dsc_5524
この街の餃子に対する思いは一際強い  -JR宇都宮駅前

       

6次産業化に関する交流会では、
管内の若い生産者・事業者の熱気も印象的だった。
    

何かが胎動している…。

    

     

2010年は、僕にとって多難な年であった。

       
宮崎の口蹄疫、全国的な異常気象、政治・社会の不安定など
個人や一組織の努力だけではなんともならない無力感を感じた。

     

その一方、もまれる荒波の中で、一縷の希望を見出し、
再生への誓いを立てた たくましい人間の姿も幾度となく遭遇し、
自分の弱い心に何度ムチを打ったことか。

     
    
海外に眼を向ければ、
円高、不況、余裕のなくなった各国の利害やエゴがむき出しになり、後半は特に、尖閣、国後、延坪島砲撃など東アジアで様々な「衝突」を繰り返した。

   

米国の影響力の低下や中国・ロシアの台頭もあるが、
私は日本の20年来の自己改革の停滞が引き起こした結果であると観る。

         
   
かたやTPPやFTAが議論され、
世界は自由往来時代の到来かと思えば
一方で緊張状態が東アジアで頻発している。

        

あたかも世界の紛争地帯が中東から移動してきたかのように…。

       

今こそ、ニッポン人は覚醒し、
地方から、個人から自らを変革して、
外に向かってこの時代の荒波に立ち向かうべき時がやって来た。

       
    
嬉しいことに今年、
日本全国、世界各地に、ビジョンを共有できる多くの仲間が出来た。

       
パワーは人なり。

       
2011年の幕は、まもなく開こうとしている。

        
     

       
今年一年間、
皆様のおかげで何とか頑張ってこれました。

       

心から厚くお礼申し上げますと共に、
新年もまた引き続きご愛読、ご交誼のほどお願い申し上げます。

       

        
ありがとうございました。

    
   
Dsc_2819       京都にて(8月)
         

         

イタ辛いブログ復活

         
ご無沙汰しました。

    
今年も残すところ、あと僅か。

盆明けから続いた、
ながーい連続出張もあと一歩のところまで来た。

        
    
ところが、先月から顕在化した腰の痛みが
とうとうピークに達し、どうにもならなくなってしまった。
         
    

これは一大事と、ようやく観念して時間を作って病院へ。

       

       
大事な時は、僕はいつも「中西結合」。
        

すなわち「中」は漢方医学、「西」は西洋医学を両方受けるのだ。

          
重要な情報や見解が一方に偏ることの恐ろしさをいくばくかは

知っているつもり。これは医療の話ではない…。

     

      

           
東京では、北京出身の中国人漢方医師を訪ね、
問診の後にハリを打ってもらった。
     
体の表裏に、頭からつま先まで合計60本ぐらいだろうか。
     

さながらシンガポールの奇祭“タイプーサム”のようだ。
http://asianet.cocolog-nifty.com/nippon/2010/02/post-7fe5.html

    

     
福岡では整形外科に行き、
レントゲン撮影から、お尻に注射、牽引・低周波治療など。

    

「中」も「西」も所見は同じだった。
   

原因そのものは軽症。

椎間板ヘルニアとまではいっていないようだとの見解。

     
だけど症状としては、ヒドく出ているので十分なケアが必要。
 
         

中:「重いもの持っちゃだめだよ。少しジッとしてなさいッ。」

西:「絶対安静にしなさい! 
   痛みが治まったら運動しなきゃね。
」 

 
  との、キツいお達しである。

     

  
東洋医学も西洋医学も、同じ検査結果だったから
ホッとすると同時に、命令には従わざるを得ませんね。

     

でもその実、歳末は不在していた分、
やることがヤマの様に溜まっている。

   
  
関係者の皆さん、長い間、
ご迷惑ばかりおかけして、本当に申し訳ありません。

     

    
トホホなブログ復活となってしまいました。
          

彷徨してます

      
長い間、お待たせして済みません。

    

12月23日頃、記事のアップを予定しています。

       

今しばらくお待ちください。

Dsc_3561
砲撃数日前の韓国・インチョン(仁川)で

  
Dsc_3419
                

日程進行中・・・

   
予定通り、スケジュールを淡々と、そして熱っぽく進めています。

  
腰と肩をかばいながら・・・。

      

Dscn2746
北京の街で  渋滞で全く動かない!!!

   
      

国内外、どこを訪ねても元気な人たちばかり。

   
Dscn4090
農商工連携のマッチング事業  全国を廻っているが、スゴい進歩。
ここ大阪会場では、連携事業者・バイヤーが予想を超える商談を展開した。

   
    

海外開拓、新規事業開発という
チャレンジング(挑戦的)な支援の仕事をしていて
大勢の元気な人たち、常識破りの人たちと出会えることに
つくづく充実感に満ち、またパワーを頂いています。

   
感謝!

    

Dscn3631香港の飲茶楼にて  「洗椀」 自分で念入りに食器を洗うのも習慣
香港も元気の良いビジネスが続いている。食欲も旺盛!

      
   

TPPやFTAに参加してもしなくても、
これからのニッポンは、フロンティア(開拓者)精神に富んだ人たちの時代になります。
      

いや、もうなっています。

     
後戻りは出来ません。

    

Dscn2754
中国で若い人が運転する乗用車の中で、現地の青年記者3人と熱い日中関係論を本音で語り合った。お互いの理解がまだまだ不足している・・・。

      
          

今日からまた中国大陸へ入りますが、

来月2日までノンストップの弾丸出張です。

   
次のブログのアップは、12月10日ごろを予定しています。  

    

もうしばらくお待ちくださいね。

   

コメントへのお返事も必ずいたします。

        

弾丸列車の内部事情

           
イデデデデデデ・・・。

   
   
生まれて初めて腰を痛めてしまった。 不覚…。

       
   
低周波治療器とシップ薬、そして腰ベルト(コルセット)で固めて
平然顔をしているのは、結構辛い。

      

ブログの更新が滞って、大変失礼しました。
深くお詫びします。

         

     
今、長野県上田市からアップしています。

    
Dscn1422
手前は真田幸村像、奥はJR上田駅

     
Dscn2021
清流・千曲川

     
    

農商工連携の事業で、
圏内一円から元気な生産者や事業者、支援者の皆さんが一堂に介し、熱い議論や積極的な販促活動を繰り広げています。

   
Dscn1453

       

この3週間、とても公表できないような過密スケジュールと移動で、
しかもまたこの先およそ5週間も同じような調子で動いていくのだから気が遠くなる。
     

        
このスケジュールを知った知人が、

「オンボロな弾丸列車みたいだ。」とゲラゲラ嘲笑してくれる。

     
     
その弾丸列車、
実は腰だけでなく、体も心も相当蝕まれている。

       
      
     
今日の上田の皆さんのような、元気で、前向き、外向きな交流であれば、動くほどますます充電出来るのだが、

9月頃からだろう、また地域の景気が落ち始めているのか
経営が厳しくなった事業者さん、販売のめどが立たず厳しい状況に陥った生産者さんが顕在化し始めていて、なんともやり切れない毎日が続いている。

     
   

元気を出そうよ!と、互いに気合いを入れることで立ち直ってくれる人もいれば、すぐに相談先、支援先を見つけて対処を始める人、さらに緊急入院や手術が必要な事業者さんもあり様々なのだ。

    

    
口蹄疫や円高、異常気象や災害、規制強化や公共投資削減などもあり、皆、否応なしに自助努力せよと称して、過去のやり方が通用しなくなった大海に放り投げだされている感がある。

      

これからさらにグローバル化、自由化、規制緩和などの大波が打ち寄せてくることが必至のニッポン。

    

僕も腹を据えて向き合っていこうと覚悟している。
      

腰の痛みなど気にしている場合ではないのだ。

       
     
尖閣問題や政治浄化問題も国の根幹を決める大事な問題だけれども、国民の関心がそちらの方だけにヒステリックに傾斜していくのはどうなのだろうか。

         
      
僕も中国・アジアにも関わっている以上、避けては通ることは出来ない問題だが、どう考えても、今、我々ニッポン人として、まず何をなすべきかについて、待ったなしの状況にあると思うのだけれども。

     
    
感情的に火が着き易い問題に関心を奪われているその間に
この国の行く末が、益々制約されていくようで
僕の心の中は危機感で充満している…。

            

     

あっ、そうそう。先回のブログのエントリの続き。
      

長崎で一日の終わりにもう一ヶ所、さるいて(散策して)きたという話の続きです。

      
あれから急いで出かけたのは、閉館間際の亀山社中の史跡でした。

         
Dscf0045
画像はネットから引用

     
   
幕末の脱藩浪人たちによる結社・内外交易の拠点。        
わが国最初の商社とも言われていますよね。

          
以前、よくここに通っていた時分は、いつも人も少なく静かなもので
畳の部屋に腰を下ろして、柱に寄りかかり、
何時間もの間、当時の龍馬たち隊士と同じ空間を共有していたもの。

         
でも、今は龍馬ブーム。

         
夕方というのに大変な人手でビックリした。

         

そそくさと建物を後にして、戸外の坂の上から、涼やかな風に打たれながら、また長崎の港をしみじみと眺めて観る。

       
Dsc_4098    

         
      
何を思ったのか、

今、龍馬が生きていたら、いったいどう考えるだろうか?
        

なんて、ふと頭をよぎった。

           

歴史の「もし」は、究極の愚問だといわれるが、
自分の思考の角度を変えたり、別視座で見つめる時の
結構、重宝する思考法なのだ。

               

たとえば、尖閣問題。

         
テレビをひねれば、どこも薄っぺらいコメントばかり。
中国との交渉術はかくあるべきだとか、どう対峙すべきなどなど
根拠も思慮もないものばかり。
           

ウンザリである。

      

さて、龍馬だったらどう考えただろうか。

      
ここからは、僕も妄想、虚言である。

     
    
高慢中国けしからんっ!と、生理的拒絶のような反応は、まずしないだろう。 

          
かといって、
いまだからこそ中国と友好的に交易を展開して平和的に解決すれば良い、などと寝ぼけたことも考えないだろう。

      

龍馬なら、世界の情勢をしっかりと洞察して、

今、日本がどのような立場に置かれているのか
このままいくと、どうなっていくのだろうか
、と、まず思案したに違いない。

      

この20年間、日本人だって、決して楽な歩みではなかったけれど
欧米の好景気に寄り添って、世界第2位、アジアNo.1の地位に甘んじ、大胆でスピーディーな自己変革が貫徹できなかったという意味では、明らかに惰眠を貪っていたと感じよう。政府だけじゃない、国民一人ひとりがだ。主体性なき勤勉さが残念ながら裏目に出た。

        
    
国力の低下はもう覆いようのないところまで落ち続け、
それでもなお既得権益にしがみついている階層がいる。

      
ほんの一部の官僚や汚職政治家、はたまた反論出来ない芸能人や在日外国人などを槍玉に挙げてガス抜きしてる。どこかの国と変わらない。

       
     
外から見れば、時間軸で観れば、日本の国力の明らかな低下は
領土問題、経済問題、政治問題においてもある意味必然の結果だと見抜いているに違いない。

  
        
もう一度、新たな構想力で国力を充実し直すことに他ならない。

      
軍備や単なるGDP経済力のことだけじゃない。
       

国家力? 国民力? 地球力? 龍馬ならどう表現しただろう?

     

       
     
海外でも、地方でも、たくましく元気に活動をしている日本人が増えている。

          
僕には、まだまだ気迫も気力も、行動力・実行力も足りない。
    

僕に出来ることは、いったい何?

            

        
夕刻、長崎で眺めた港の遠景のふとした妄想を
暖かい山懐に包まれた長野県上田の町で改めて反芻している。

          
     
もう僕には時間が足りない・・・。

     
     

今夜帰還して、明日から中国大陸へ北から南へ縦断する。

       
中国に分け入って体感してこよう。

        
      

またしばらく、ブログが更新できないかもしれませんが
必ず復活させますから、しばらくお待ちください。

                
今後もひと月間ほどメールや携帯電話が通じないこともありますので、どうかお許しください。

         

      
自分の五感を総動員させて世界と10年先とを俯瞰・展望し、
何をなすべきか自分の頭で考え抜いて、
主体的に行動していこう
ではないか。

   

Dscn1384

             
僕は、青年たちの感性と実行力に、心の底から期待している。

    

Dscn2123
上田の市街地も紅葉までもう一息

   
                             (シリーズ終わり)
    
          

世界を俯瞰して考えてみる(その2)

                 
西の終着駅、長崎。

   
Dsc_3518

     
      
JR長崎駅では龍馬観光案内所まで設けられ、
日曜日ということもあって内外の観光客が情報を得ようと集まっている。

   
Dsc_3531    
Dsc_3525

    

観光誘客でも市民総動員の積極的な仕掛けが功を奏しているのだろう。今年の観光客は大幅増の見通しだと言われている(関係者談)。

   
Dsc_3682
街全体が博覧会場。豪奢なパビリオンも開催期間もなし。車も要らず好感度大。
    
Dsc_3749
      
Dsc_3605

     
     

農商工連携の研修会が終了した後、
帰還の列車を2本分遅らせて(主催者様ごめんなさい)、
しばしの幕末遺跡めぐりの「さるき」(長崎弁で散策の意)をした。

        
      
JR長崎駅から程近く、しばらく坂を登ったところに聖福寺がある。

   
Dsc_3845

    

黄檗宗の寺で、1867年に龍馬率いる海援隊が、
伊予大洲藩から借り上げた「いろは丸」と
紀州藩の船「明光丸」とが衝突した「いろは丸事件」の談判があり、
土佐の後藤象二郎と紀州藩勘定奉行とのトップ会談が開かれた場所ぜよ。

   
Dsc_3910

  
Dsc_3916    
Dsc_3950

  

大河ドラマ「龍馬伝」でも、おそらく、
もうすぐ登場する場面ですたい。

   
Dsc_3986       

僕は、この交渉を有利に進めるために、
様々な策を講じていく「仕掛け人・周旋家」としての龍馬にとても共感する場面でもある。
   
http://www.ryoma-den.com/shiryou/irohamaru.html

        

       
さらに坂道を歩き続ける。 ゼイ・ゼイ・ゼイ・ゼイ・・・・
     

       
Dsc_4060

    
Dsc_4059      

       

少し駅側に戻ると、勝海舟が航海術などを学んだ時期に逗留していたと言われている本蓮寺が見えてくる。

   
Dsc_4136
本蓮寺

      
Dsc_4150       

      

ゼコゼコと息を切らせながら斜面に広がる墓地を上っていくと、
以前からどうしても訪ねてみたかった海援隊士の沢村惣之丞の墓に参ることが出来た。

   
Dsc_4125
手前が沢村惣之丞ほかの墓  下に眼を移すと・・・
    
Dsc_4116

      

小高い墓所から、夕暮れの長崎の町が一望できる。

   
Dsc_4093

    

当時の日本で、唯一、世界につながっていた交易の町。
         

沢村をはじめ海援隊の隊士たちは、
どんな思いでこの風景を眺めていたのだろうか?
     

意外に同じことを考えているのかもしれない・・・。
      
       

だって、幕末の日本と現代は、本当に良く似ている
と僕は考えるからである。

       

        
     
「ヨッシャッ! もう一ヶ所だけ訪ねよう。」

     

特急列車をさらに2本遅らせることにして(重ね重ねごめんなさい)、
次の史跡を目指すことにした。

    

目指したはいいが、急な下り坂を降りようと、
一歩足を踏み出した、その瞬間、
腰から膝にかけてガクガク、ブルッブルと悲鳴を挙げて
いうことを聞かない。

    

気持ちだけが前にツンのめって、下肢がついていかない…。

     

何たる心身の体たらくだとわが身を恨みつつ、
スイスイと駆け上がってくる地元・長崎の人を見て、
眼を白黒させるばかりだった。
                                 (次回に続く)

     

Dsc_4051
「人生はすなわち坂道なのである」  ニッポンを売る!嘆            
               

世界を俯瞰して考えてみる(その1)

                    
連休を挟んで、これまで10日余り、
宮崎を除く九州6県と山口県を廻ってきました。

    
Dsc_3347
九州の穀倉地帯-佐賀県   JR特急かもめからの車窓

    
   

いつまでも続くのでは、と思わせるほどの猛暑も
台風余波の雨もあって、涼しさが戻ってきた。

   

28℃でも涼しくなった、ってんだから、尋常でない。

                            

農水産業の現場を廻ると、あらゆる産品に日照被害や高温障害などの影響が出ており、病害虫の発生や収穫の遅れ、規格外品の大量発生などが起こっている。

   

甘柿の産地では気象の影響で、ある品種については歩留まりが悪化していて、厳しい状況を迎えようとしているところもある。

   

Dsc_0685
日曜の夜というのに大勢の生産者の皆さんが勉強に集まってきてくれた 福岡県
    
Dsc_0687_2          

     

また、夏の高温で赤潮が異常に発生したため
沿岸部での水産養殖業へのダメージはことのほか大きく、
深刻な状態にある事業者も相当数に上っている。

    

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口蹄疫のような大きなニュースにもならず、
世間が知らないところで様々な対策が施されているが、
年末から来年にかけての見通しも立たなくなっているケースや
加工場も休止している地区もある。

   

現場の様々な現状や要望をうかがうにつけ、
第一次産業の厳しさを改めて思い知らされた。

   
    
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大型ショッピングセンター内に設けられた県産材とふれあうコーナー  熊本県
地域の元気企業の挑戦的な取り組みだ。子供たちがなかなかその場を離れない。
自然のオーラがあるから?

              Dsc_0912_2JR新八代駅で
         
 

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地域の野菜づくしの郷土料理  
素材と調理技術の融合が眼と舌の上で交響楽を奏で、人知れないところで手間を惜しまない生産者や調理人の心意気のようなものを感じて心底感激する  

          

      
さて、九州行脚の最終目的地は長崎である。
    

かつての外国交易の窓口であり、維新回天の舞台ともなった地である。

   
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長崎では、農商工連携のプロデューサーを志す皆さん方と交流し、
私からは、出島精神が息づくこの土地らしくスケールの大きい海外との連携も含めた、大胆で型破りなコーディネートの必要性について熱く訴えたのだった。

   
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研修会の会場外観

   

Dsc_4171  早くから中国人観光客を積極的に誘致している先進県

  

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「瓦と教会」 僕はこんな風景が大好きだ   中町教会 

   
                                 (次回に続く)
             

思いを寄せて(その6)

   

最終回はアメリカ・ニューヨーク編です。

  

僕にとっては、自分でアイデアを出すことの大切さを

いつも諭してくれる街なんです。

     
        

        

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タイムズスクエア付近にて

    

「汝は手になきものを望み、

 手にあるものを軽蔑す。」

                     ルクレティウス(古代ローマの哲学者)

      

        

      

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グリニッジビレッジの露天

       

「運命は神の考えるものだ。

人間は人間らしく働けば、それで結構だ。」

                                     夏目漱石

      
         

     

Dsc_9856       ラジオシティー付近

       

「Have a nice day !」

                           ニッポンを売る!

    

    

    
お付き合いありがとうございました。

                                 (シリーズ終わり)