みんなどこかで動いてる(その2)

                       
(前回から続く)

    

先月22日の台湾タイペイ。
               
    
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雨季もとっくに明けているという風情で、
強い日差しと夏の雲。

   
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台湾最大の食品展示商談会「台湾国際食品展・フードタイペイ2011」が今年も開催された。

     
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会場となった台北南港展覧館

   
   

僕が初めてフードタイペイに参加したのは、2000年だから、
もう11年も経つんだ。

   
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2000年当時の様子  会場の場所も違っていた

   
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2000年6月撮影

     

その頃は、まだ日本からは台湾進出の日本企業ぐらいのもので
まさか日本の各地がこれほど熱心に売り込みに来る時代が到来するなんて思いもしなかった。

    
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2000年当時の会場

    

     
今年も、台湾の有力企業、政府はもとより、
世界各国から、アツい台湾市場の旺盛な胃袋を目指して
熱心なプロモーションを展開した。

    
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台湾館  農・水産・畜産など重点政策が伝わる

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牛肉が輸出できるアメリカは、台湾市場開拓にも非常に熱心だった

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今年3月に行ったスペインも国を挙げての力の入れようだ

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日本の良きライバル韓国は、非常に熱がこもっていた。軽快なK-POPがブースに流れる

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辛ラーメンにとっても台湾は取りこぼせない重要なマーケットだ

    
        

我らがニッポンも、JETROと交流協会の強力支援のもと、
複数の自治体、企業がブースを構え、台湾をはじめとするアジアのバイヤーとの商談を繰り広げた。

   
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僕は、今回宮崎県から参加した皆さんの応援団として参加した。

    

事業者の皆さんは、これまで忍耐強く培ってきた3~4年の経験を生かし、更に一歩ステージアップを目指そう!という志を打ち立てて臨んだ。

   

「なぜわが社はこの商談会にわざわざ参加したのか?」という原点をしっかりと確認し、帰国するまでに何を得てくるかという目的意識を明確にしたのだ。

   
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その努力の結果、参加6社皆さん全社が、想定以上の成果を収められたのだそうだ。
   

のだそうだ、というのは、
実は、僕はサポーターであるべき人間なのだが
開幕の日の昼過ぎでさっさと会場を後にして台南に行ってしまったから。

    

なんと無責任なコーディネーターなんでしょうねぇ。

          
でも実を言うと、もう開幕前から、皆さんの気合と準備状況を見ていて
これで大丈夫だ、と確信していたからでもある。

   

Dsc_5594いつも本ブログに元気なコメントを寄せてくださるKIMURAさんのブース。様々な工夫があちこちにちりばめられていて大注目を浴びる。同じくコメントをくださるAYAさんのプロデュースによるもの。KIMURAさんは、台湾・香港では、困難と言われる定番を早くから勝ち取り、着々と業績を挙げている。その努力は並大抵でないのに、一見、楽しそうにやってるからすごい。        

      

      
原発事故、あるいは口蹄疫や新燃岳の噴火などの風評被害の大逆風で
今回は皆さん、今までのやり方じゃ駄目だ、と気合の入り方が違っていた。

  

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試食のノウハウも完璧。タイミング、ポジション、コミュニケーション・・・。
経験が生きる時。

   

    

ブースの統一感、商品の絞込み、互いの協力、地域の売り込み、
そしていくつかの重要なノウハウである目的意識の設定法…を心に期していた。

  
   
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i padを用いた営業プレゼンが、ここでも発揮するとはビックリ。

           

もちろん事後のフォローアップに突き進んだことは言うまでもない。

        

       
この事業者の皆さんの頑張りに加えて、宮崎県、宮崎物産貿易振興センターのスタッフの強力バックアップも見逃せない。

         

関係者の皆さん、風評被害の逆風下にあって、先んじてよく行動を起こし、
そして熱のこもった真剣商談
、本当にお疲れさまでした。

         

これからも益々、楽しくも緊張感を持った販路開拓に挑みましょう!
                             (次回に続く)

     

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台湾企業のブースには、「今を切り取る重要なキーワード」が盛り沢山
   
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世界中で「安心・安全」は、もう当たり前。日本の専売特許ではなくなった
    
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台湾では可塑剤混入食品事件が大問題に。検査証明書の提示が必須の様子
    
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バラエティーに富む林産品のコーナー。林業輸出の大きなヒントとなった
     
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台湾の醤油メーカーにも、ゆるキャラが
    
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改めて明確な目的意識と継続力の重要性を感じた
                    
                  

過熱と冷却と

                      
中国南部の広東省からマカオを経由して香港を廻ってきた。
   

台風が東部をかすめて、土砂降りと猛暑を繰り返し、
連日34℃に達するなど、なんとも凌ぎにくい数日間だった。

   
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「過熱にはとにかく冷やすしかない!!」
      

福島原発事故のことじゃない。

      
   

お隣の中国や香港では、旺盛な景気でうらやましい状態の一方で
経済がオーバーヒートしていて、当局はどこも火消しに躍起の状態だ。

       

おりしも3日連続して広東では暴動騒ぎが発生した。
         

潮州、増城といった町での事件だ。

                

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広東には様々な人たちがいて騒ぎ出すと結構荒っぽいし、
中央とは意識が異なるからここでの騒動は要チェックとなる。

    

日本では信じられないほどのインフレ、月ごとに値上げが続いている。

    
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特に食住関連の物価高は庶民の生活を直撃している。
    

   
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豚肉だって値上りするし、公共交通機関の運賃も。  
そして香港の公務員の給与も6~7%強引き上げられる。

       
    

不動産価格は大陸も香港も天井知らずになりつつあって
様々な沈静化策が打ち出されているが、完全にはコントロール出来ていない。

    
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株価も連日下げ止まらず、香港市民も気が気でならない   

   

また、所得の格差や差別、それに取締りの薄れる政権交代前に表面化しやすい汚職と腐敗の横行は常軌を逸している。

    

まさに火種さえあれば、一気に燃え盛る雰囲気に満ちている。

    
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広州増城での騒乱を伝える13日の香港紙

    

中東民主化のドミノがアジアにも迫っているという見方もある。

    

でも、僕は中国の事態を見ながら、これを他人事のように冷ややかな目で見続ける気にはならない。

     
   

今や日米欧の「かつてのリード国」も自らの経済崩壊の建て直しでほかには手が回らない状況で、新興大国である中国の経済や社会のメルトダウンは世界経済にも影響を及ぼすだろう。

       

さらにもうひとつ、日本人は対岸の火事と冷ややかかもしれないが
僕は、日本にだってドミノが伝播して何らかの騒ぎが今後起こらないと言えるだろうかという疑問が湧いているのだ。
     

誰もまともに信じてはくれないだろうが…。

   
     

無為な政局騒動に対して、冷静な日本国民は呆れている。
      

一方で、内向きには誇りと美談が充満しているが、
海外から観た日本は、すっかりたそがれていて
マスコミや世論がこき下ろす政治家の言動や原発処理に対する下品な論調がそのままアジアでも伝えられていて、もう情けないことなんとも耐え難い。

  
Dsc_2192      また交替の総理とスキャンダル記事が新聞の片隅に    
    
     

それら政治家を拝したのは、民主選挙なる方法で国民が選んだはずのリーダーたちのはずが、この20年間、そしてこれだけの国難が襲っているにも関わらず、未だ厳しい自己変革に向き合おうとしていてない。益々ソフトランディングの可能性は乏しくなっているというのに。

   
    

「まともに」自分の頭で考えて行動する国民なら、
暴動とまで言わないがこれから何が起こっても不思議ではなくなる「臨界点」に知らず知らずのうちに近づいているかもしれない、と中国にいてそう感じた。
      

ドミノ現象がどこかの国で止まると言い切れるだろうか?

   
   

暴動や政治転覆だけじゃなく、
健全程度の活力を失った廃墟という名の深刻停滞もまた同じ。

   

    
現状分析や情報収集ばかりでなく、今こそ過去の歴史に学び、未来のビジョンを構築する視座をもっておきたいと思う。

     

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中国ビジネスのニューカマー

                                  
上海の泰康路に面した一角に「田子坊」と呼ばれる路地裏エリアがある。

   

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路地裏が好きな僕が注目しているのだが、
比較的名所旧跡の少ない上海の街でも、今や
一大観光拠点に成長しつつあるホットスポットである。

    
    
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聞けば10数年前に、中国人画家のグループがこの一角にアトリエを開いたのが始まりとされ、その後、アートショップやカフェ、ブティック、雑貨店、バー、レストランなどが次々と開店し、今も増え続けているという。
     

      
          
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今中国で過剰・乱立ともいえる企画で設計された大規模集積ショッピングセンターとは異なり、住宅街に自然発生的に「増殖」しているのが特長である。
     

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周りはこんな感じ
    
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一般の住宅街が隣接する
    
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四合院式など中国建築様式も触れることが出来る
   
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上海建築のシンボル“石庫門”
   
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上海には女性ブロガーだろうか、一眼レフを持った娘がとても多い
    
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情報伝達・発信は、政治問題よりも日本と同じ流行コンテンツ。こっちの方がすごい武器
      
      
      

ニューヨークのSOHOやパリの一角のようなものだろうか。

     

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モバイルPC、スマートフォン、iパッド・・・ 新しいもの好きの上海人が集まる
    
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もしかしたら将来、代官山や自由が丘のような場所になるのかな

      
    

この日も昼間から多くの若者、観光客、一般市民、外国人など多くの人で賑わっていた。
    

   
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いくら生活観の演出だからといって、少しやりすぎじゃあ??
でもその写真を撮る僕もヘンだよね
     

      
     
僕が注目しているのは、単に路地裏好きだからだけじゃない。

       

これらの店舗を経営しているのは、中国人だけじゃなくて結構外国人もいる

    
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日本人が経営している店舗もかなりあった。

   

     
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おお~っ! 京都だ
    
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最近、日本でも再び中国ビジネスに関心が集まっているが、そのほとんどが経営資源に恵まれる大手企業やアグレッシブな中小企業が中心だけども、いずれもすでに中国は、労賃から不動産、原材料などあらゆる物価が上昇しており、製造業の低コストモデルは益々難しくなっている。

       

その上、日本企業の中国でのプレゼンスが、
資金でも市場でも技術でも商品力でも、
いずれも中国から観て必ずしも優位に働かなくなっているという現実がある。
 
        

企業の進出にとって大きな懸念材料だが、
僕はまさに、ここ田子坊で頑張る日本や世界の若者、あるいは彼らのセンスを活用する経営者の動きは、これから中国ビジネスをする上で、ひとつのモデルになるかも知れないと直感し、注目しているのである。

     

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僕は「中国ビジネスのニューカマー」と呼びたい。

     

    
これまで中国は、世界中から莫大な資金も技術も市場も取り込んできた。

          
   

今やこの田子坊のように、中国は徒手空拳の行動力にあふれた世界の若者のパワーまで取り込む国になり始めているのだ。 

     
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若い人のセンス、行動力、ネットワーク力、コミュニケーション力は、いつの時代もそうだが、新鮮であり、元気であり、ワクワクする。

    

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また、そんなセンスを上海の人たちが大いに受け入れ始めているのだ。

   
    
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しかも海外で頑張る日本の青年たちは、たくましいし、個性的で魅力的だし、行動的で勤勉で、優しくもあり、能力もあり、とても頼もしい。

    
その彼らだって僕らと変わらぬ普通の日本人なんだろうが、中国でチャレンジすると決めた瞬間、一歩行動に出た瞬間に、すっかり逞しくなったに違いない。

   
その一瞬が人生を変えていくんだよね。

   
     
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この国際コスモポリタン都市・上海にあっても立派に伍している

     
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サンマの塩焼き定食も、ここ上海ではカッコいいカフェめし!?
いいじゃない。

            
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それに日本式のサービスやセンス、商品企画は、キラキラと光り輝いている。僕にも大いに自信を感じさせてくれた

     

FTA論議など、とかく日本は開放すれば全て外国勢に負けてしまうと内向きな論調も多いが、少なくともスポーツの世界やこのような海外での「ビジネスワールドカップ」のような舞台で、日本の若者は頼もしく、たくましく、世界と伍して、また世界に和して、そして中国とも対等元気に頑張っている。
      

      
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上海でのビジネスはさながらワールドカップ

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これら40代以下の日本やアジア・世界の青年たちが、新時代を切り拓くパワーエンジンとして大いに活躍していくだろうと得心し、僕も心から勉強させてもらった。

       
    
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この田子坊という迷宮エリアには、
東洋と西洋、過去と未来、資本主義と社会経済が交錯している・・・。

    

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チャイナドレスとジーパン小姐と
      
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60年代文革宣伝アート
   
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40年代上海ノスタルジー
   
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政治家の行動は遅れているか?

             
昨日、国会で内閣不信任決議案が提出され、
今日午後、衆議院で採決されることになった。

         
   
「この国難である大震災の非常時において
国会議員は政局にうつつを抜かしていて何たることか!」
       
と、おそらく国民100人いれば100人全員が憤怒し、、
現場と政治との乖離、被災者無視にますます政治不信、苛立ちを感じていることだろう。
     

僕だって、現象面をコメントすれば
そのとおりだ、と言うだろうが、本音は少し違う。

     
     
多くの読者の怒りや軽蔑を覚悟で言わせてもらえば、
この1000年に一度とも言えるほどの国難であるからこそ
常軌を逸するほどのやり方とスピード、規模で一気に構想し、打破し、行動なければならない。

      

これまでの常識、慣例、マナー、人の心、気配り、評判評価、多数の支持のような特に日本人が尊ぶものについて、時に批判覚悟、生命の危険覚悟で無視することも歴史の転換点で「起こす」こともあるのではないかと考えているからである。

     

それが今でないとすれば、いつなんだろうか。

「龍馬伝」のようなフィクションの世界の中だけ?

   

僕は、1970年代後半から、90年代前半までの中国が共産主義指向から市場経済指向にわずか20年ほどで舵を切り替えた時、内外からの激しい揶揄批判を受けながら闘争し、大胆な行動をとってきたすさまじいばかりのエネルギーと国民の地を這うような生き様を目撃してきた。

   
    

国内・海外では今、
我々の想像を超えて、さらにすさまじいことが起こっている。

原発4基のメルトダウン並みの激変があちこちで進行中なのである。

    

    
世の大事はさておいて、例えば会社でも
これまでの延長線に準じて、これまで以上に頑張ったとしても、これまでと違ってままならないことや、誰かの評価が定年までの安心につながらないことだって起きてる。
      
他方、本気で新事業や社内改革、チャレンジ、または転職や起業を考えるに、四方八方に気を遣い、人の目・評判、前例などを気にして、本当に悩まなければならない志が欠けてしまって機会を逸してしまうもったいないケースによくぶつかる。

   
    
常識では、それをきちんと丸く治めて進むことこそ、
技量であり、能力であり、人徳である、んですよね?

       

どんな場合でもやり方、常識脱しちゃいけないの??

それが日本人の伝統と誇りと品格?
   

確かに、独りよがりの多数に支持されないやり方はだの暴走
        
紙一重だ。

            

     
          
僕は、10年前ほどからこのように考え方を改悪(?)させていて
あちこちで摩擦、トラブル、非礼を積み重ねている。
もちろん震災がきっかけなんかじゃないし、自分が正義だなんて言うつもりは毛頭無い。

    
     
まさに不徳の致すところである。

      
       
       
これでせっかく増えたブログの読者は大きく減るだろうな。

ゼロになったら、外国語で発信することにしよう。

         

       
さて、今回の不信任案。

     
菅総理も独りよがりと批判され、小沢氏も野党もいまどき、と批判されている。

   
常に政治生命をかけて決断し行動してください。

  
  

ここで中国のことわざを引用しよう。

        
機不可失、時不再来

チャンスは失うべからず、時ふたたび来たらず・・・

     

しかしながら、代替案も、ビジョンも夢も信念も志も見えないという意味では
今回の不信任騒動は、歴史から評価されるものではないと思う。

  
      
           
混沌の中から、真実の道や逸材が出てくることを心から願うのみだ。
            
      
政治家だけじゃない、まず僕ら一人ひとりが、だっ!!
         

青葉茂れる街で

            
中国・上海に行って来た。

      
    
一日目の23日は、梅雨を思わせるようなジメジメした雨模様。

   

Dsc_5624     上海最初の訪問先 -陸家嘴
   

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“第2の創業精神を発揮して、さらに浦東の開発開放のスピードを上げよう”
 この国はどこまでもスピーディでポジティブ

      

     
でも、小雨模様の南京路は久しぶりだったが、
路面に虹色のネオンが柔らかく反射して、
“元祖繁華街”の趣きを漂わせていた。

     
    

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二日目は、一転して快晴となり、気分爽快。

   

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僕が初めて上海を訪れたのは1978年だから、もう33年にもなるけれど、この季節、初夏の日差しに映える街路のプラタナスの蒼々しさと木陰の爽やかさは、当時とまったく変わっていない。

       
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一全大会跡地

    

    
でも、この間“滄海変じて桑田となる”を地で行くように、
上海は世界で最も短期間で大変貌した街となった。

     

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今回の上海行のテーマは、
一人でも多くの人に逢って、現場の話を聞く、聴く、訊く。

      

そして自分なりに、これからの行方を、
「中国の」ではない、祖国日本の行方を考える、考える、考える。

    

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増え続ける自家用車  その後は?

   
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一気に情報が氾濫し始めている

         
        

上海在住の事業者、駐在者、市民など多くの皆さんから
本当に貴重な情報やお話を伺った。
             

この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

      

       
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もうこの街でも夏商戦が始まっている

           
        
       
心こもった熱い言葉の節々に、
我々に対する手厳しい指摘や苛立ちの思いの分だけ、
これからの日本に対する期待と希望と夢を感じる上海訪問となった。

     

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カルチェも上海小姐がさらに美しくエレガントになるのを応援する                     

世界は動いている

         
昨夜まで、再び香港に行ってきた。

      
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相変わらず中国大陸からの観光客・ビジネスマン、買出しの商売人まで、あらゆる人たちがこの活気ある街にやって来ている。

   
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繁華街の様子を見ると、高級貴金属の新店舗が軒並み新装開店していたり、ブランドショップの活況も日本の比ではない。

   

高級デパートやストアに行っても、家電製品や食品、衣類など
信じられないくらい売れている。
      

これはとんでもない景気の爆発か?? と思えるほどだ。

    

    
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不動産も天井を突き抜けている。

    

その一方で、最低賃金だの、通勤費補助だの、と
かつての自由放任主義(レッセフェール)はどこへやら
もう訳がわからないほど。

   
逆に香港の人が中国に職探しに行ったり、
買い物に行ったり、住む部屋を求めたり、
結婚相手を探したりしている。

   
エエッ!玉の輿に乗るなら中国人??

逆じゃなかったの?

     

ビジネスの話題も投資話ばっかり。

      

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しかし、現地のテレビや新聞のニュースを観たり、
ビジネスパートナーと情報交換するうちに
更に新たな様々なことが見えて来た。

     
    
今や、アメリカ、欧州、日本という三極の経済がどこも危機的な状態の中、新興国の代表的存在である中国に事業も資金も注目も集まっている。異常なくらいに…。

      

香港や中国、台湾を舞台にすさまじいスピードで、すさまじいことが、すさまじい規模で進んでいる。
     

       
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九龍・ネイザンロード

   
   

震災復興真っ只中の日本の報道を通じては、
今世界で何が起こっているのか、絶対に分からない。

       
仕方の無いことだが、これからを生きるビジネスマンならチェックを怠らないよう注目を喚起しておきたい。

 
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従来の延長線上の発想で政治や経済を考えていて良いか
これからの日本や地域、組織をデザインする人はぜひ問い直してみて欲しいと思う。
     

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いま世界は、アジアは、どこに向かおうとしているのか?           
         

今まで以上に動けっ!(その4)

         
 そんな危ない所にいちゃいけない!
 部屋を提供するから、親戚も連れてすぐに越してきなさい!

      
   
長年の海外の友人たちから、こんな知らせが舞い込んでくる。

         
たちというから、ひとりではない。

     
    
香港、中国、オーストラリアの3ヶ所から。
    

中国系の知人ばかりだが、
いずれも仕事でつながる金持ちの社長さんなどではない。
    
ごく市井の人ばかり。

     
      
よく日本人は礼儀正しくて親切だと評されるが、
こういう時の中国系人の本気の思いやりというのは
いつも感じるのだが、一体どんなメンタリティーなんだろうか?
とてもありがたいのだか不思議でもある。

  

    
民族性の違い? それとも歴史の厳しさの違い???
       
       
中国人の互助精神の「濃さ」は並みではない。
     

人の絆とか人脈とか一言でいうが、様々である。

     
    

 大丈夫、安心して。そちらで報道されているほどではないし、
 日本でやらなきゃならないことが沢山あるから。

       

と、せっかくの申し出に面子(メンツ)をつぶさないよう
丁寧にお断りさせていただく。

   

    
逆の立場になったら、
長年音信不通にしていた友人に対して、
果たして僕はこんなこと出来るだろうか?
                                (次回に続く)
           
    

今まで以上に動けっ!(その3)

          
週の台湾・台北。
      
      
日本産農水産物にあって、青果物に限っては輸出先として世界一の市場であるこの街では、輸出する側はもちろんの事、輸入する側だって日本産にこだわった事業者が多いだけに、今回の地震と津波、そして原発の風評はとても気になるところである。

      
    
そんな中でも半年先の商談や新規プロジェクトも、
きっと良くなるはず、と互いに信じて話をまとめ上げ、固い握手をするという異例の事態に。
              

       
そんな時節に、この国の人々は、日本に対する応援にはまったくの躊躇は無い。

    
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今年、新規プロジェクトに合意した台北のホテルの玄関にしつらえられた応援メッセージ。道行く人が皆、目にしていく

   
    

現地の報道によると、震災発生後二週間もたたないうちに21億台湾ドル(約57億円)の義捐金が集まったとか(現在は100億円を突破したという報道もある)、避難のために部屋を提供すると申し出も数知れないという。

   

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私たちの愛で、この親子をお家に帰すことが出来る・・・」
台北の大手コンビニでの募金の呼びかけポスター

    

    
     
台北のとあるレストランで夕食をとっていたら、
隣のテーブルに陣取っていた10人ほどの地元の若いグループと意気投合。

    

もちろん地震見舞いの言葉が自然とついて出てくる。

    
            
ガンバッテ クダサイ ネ!!
     

是做人基本的道理!!
(人として当たり前のことです)

    

 
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日本との直接のビジネスは無い証券関係の会社だが、
社員全員が一日分の給料をすぐに寄付したのだそうだ。

      

台湾921大地震や88大水害の時、僕ら日本人はどうだっただろうか。
(ちなみに日本からの救援隊は緊急かつ数多く派遣された)

    
     

    
香港でもジャッキーチェンなど芸能人や財界人がチャリティー活動を始めていた。

    
        
2008年の四川大地震や去年の中国大洪水の時の香港人の救済支援活動もまたすさまじかった。

    
(反日ではないスローガンで、オリンピックに続いて、中華民族が一致団結しているシーンでもあった。また、海外の格差がよく指摘されるが、その多くの国では、持てる人はそれだけイザという時の拠出や義務も大きいことが多い)

   

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思い起こせば、
2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した時、
その原因がわからず、当局の発表が二転三転する中、
バタバタと死者がでたときも、
香港の医師や看護師たちが自分の身の危険も顧みず、
野戦病院化した環境で決死の治療活動をしていたのを
僕は現地で感動して観ていた。

     
(東北や関東での救援活動や原発処理する皆さん、そして去年、宮崎の畜産関係者が口蹄疫を絶対に圏外に出さないと必死の防疫活動をしていた姿と二重写しになる)

     

その真っ只中、香港からの観光客が日本に入国して、どこをどう廻ったなどとマスコミが過剰に反応して全国がプチパニックになったのをみて、当時、僕は仕方がないとは言え、少々恥ずかしかった記憶がある。

   

遠い所ほど過敏になるものなのだろう。

   
    

今や立場は逆転。
    

でも、その時の態度が本性を表してしまうようで、知らずと背筋が伸びる。
                                       (次回に続く)

   

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台北で宿泊したホテルの近くの路地にて
     

今まで以上に動けっ!(その2)

                     
難といえる歴史的大震災に見舞われ、
目を覆うような光景が広がる中、
現地でたくましく勇敢に、救援と復興に向けて立ち向かう被災者の皆さんとそれを応援する全国の日本国民がひとつになって
ニッポン頑張れ、日本人の心ははひとつ
と団結を誓い合う、あふれるほどのメッセージや活動を目にするにつけ、未曾有の不幸の中にも、とても頼もしく、誇らしい思いがするのは、ひとり僕だけではないだろう。
       
    

同時に、ここであえて強調したいのは
この震災を通じて、日本と世界各国がより緊密に、より近くなった、ということである。

    

世界の数多くの国々から
被災者の皆さんへ哀悼とお見舞いのメッセージが送られ、
想像をはるかに超えるスピードと規模の義捐金や支援の手が差し伸べられている。

    

また、原子力に関する技術的支援や同盟国からは軍事的救援オペレーション、そして今現在も食糧や水、様々な物資が各国から寄せられている。
    

さらに、メーカーや流通業をはじめ様々な関係者が需給動向を見ながら、海外で農水産物も含め食品や各種エネルギー、生活物資などを機敏に調達しているし、支援の意味も込めて中国や東南アジアのメーカー側も最優先で協力してくれているケースも知っている。

      

僕自身、震災後5ヶ国を廻って、どこを訪ねても
見舞いと慰労のメッセージから始まり、
秩序と互助精神にあふれる日本人への賞賛、
そして思いもよらない具体的な支援のアイデアや行動が披露された。

         
これには、僕も驚いた。

     
    
街を歩いていても、アジアでは僕が日本人だとわかると
優しい声をかけてくれることもあり、こんな体験は初めてである。

     
     
世界は、僕らが考えている以上につながっている
      

海外からの支援無くては、復興も成り立たない。

      
    

これも、これまで日本が戦後、事あるごとに、
世界中に広く支援をしてきた結果
でもある。

    
          
これまで幾度か日本外交の批判を聞いたことがあるが、
僕は、イデオロギーや体制を可能な限り乗り超えて、
世界で最も隔たり無く、平和的なポジションに対して、
戦後広く支援をしてきた、この原則と実績
については、
国民として誇りに思い、評価したい。
   
      

日本人の団結はもちろん最も尊いが、
地球環境や自然の猛威を前にして、
国境を越え、地球人全体の共通の問題として捉えている中で
これからの長い復興の道のりを歩んでいくことも再認識しておきたい。
                                         (次回に続く)
              

今まで以上に動けっ!(その1)

      
4月1日を迎えた。
    

こんな気持ちで新年度を迎えたことは
かつて無かったこと。

   
      
日々報じられるニュースに慣れる事は一日たりとも無く、
毎日がエイプリルフールであれば良いのにと、
フト考えてしまうほどだ。

   

      
自分に出来ることを精一杯やる

                  
被災しなかった国民全員が心に期しているテーマである。

 
   

無関心でいることと同様、
被災者の皆さんに同情・共感する余り、
過度の自粛や、辛い気持ちになって、ただジッとして
何もしないことは避けるべきだと考える。

      

      
僕に出来ること。
   

それは、やはり海外と日本を行き来をして
海外の人たちに出来る限り正しいことを伝え、
海外で起こっていることを出来るだけ冷静に認識・分析すること。

             
そして、日本再興のために、
次の一手として何をどう進めるかの知恵を出すこと、行動を起こすこと
これに尽きている。

   
      

 この半月の間、まず被災地の一部であるが現場の初歩的な状況を把握し、宮城と福島の被災した仲間の声を聞き、とりあえず打てる手を打ってから、ヨーロッパとアジアを廻ってきた。

    

震災後、ほぼ地球を一周してきたことになる。

         

   
世界中で震災のニュースが連日駆け巡り、
また日本を応援する各国での支援活動や仲間の激励を受けてきた。

   

嬉しいエピソード、そして厳しい現実の両方の体験を通して
僕も被災した国民のひとりとして、
絶望と希望のはざまを幾度となく行き来した。
                                                                          (次回に続く)