動く沖縄

   
の季節。
    
もうひとつは春の選抜高校野球の季節でもあるが、
今年は沖縄尚学高校が9年ぶり2度目の優勝を飾った。
    

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この時はまだ甲子園大会の真っ最中。   ゆいレール駅で

     
   
ここ数年、沖縄県勢の強さが目立っており、
すっかり強豪勢のひとつとなった。

    

さて那覇市で農林水産物等の海外輸出促進に関するセミナーが開催された。

   
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移転したての新庁舎が会場に

   

講演では沖縄県物産公社の名城開発部長さんからの輸出への取組みが紹介された。
   

物産公社はわしたショップの展開で全国的にもよく知られており、県産品と文化を世界に広めたいという理念のもと、海外輸出に対してもすでに取組みを始めている。
     

海を越えて本土各地での沖縄県産品の販路開拓事業を通じて
すでに十分に実務的で、ビジネスとして組織的に動いているだけに
極めて実践的な哲学、戦術論を聞くことが出来た。

   
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那覇・新都心はこの日も抜けるような青空が広がる
    

沖縄県の事業者は何処も事業規模があまり大きくなく、
また生産基盤が弱いから組織的な量産体制がとれないと
あくまで冷静だが、その弱点を果敢なアクションに変えて
機動的なビジネス実践の経験を長年にわたり積み上げているのである。
    

海外輸出の動機や背景は地域によって異なっており、
これをきちんと捉えた戦略構築の重要性を改めて認識した。
     

4月のもうひとつの話題と言えば、
3日から那覇―香港間に定期航空路線が開通したこと。
   

聞けば、昨年来、香港からのチャーター便利用の観光客が増加していたのだそうだ。
   

きっと貨物需要も増えることだろう。

   
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この日も生花が積み込まれていた
    
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また、今年からいよいよ那覇空港をアジア向けの国際航空貨物の中継ハブ空港(マングースが天敵のあれじゃないよッ!)として整備される構想が始まることもあり、これからますます沖縄から目が離せない

   

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那覇空港ターミナル内

      

決戦前夜

    
あちこち出張していると、
ビックリするような事に出くわすことがある。
    

犬でも棒に当たるくらいだから、戌年の僕だって同じだ。

      
時にはその土地の歴史的な出来事にだって・・・。

         
   
今回もそうだった。

   
ここは台湾タイペイの総統府前。
    
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この日の台湾総統府
       

総統選挙を明日に控えた運動最終日の夜9時過ぎ。
   
    
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数万人はゆうに数えるおびただしい群集が、耳をつんざく様な声援とボンベ式の警笛ラッパを鳴らしながら野党国民党候補応援の大集会を行なっているではないか。
    
   
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その規模とすさまじい歓声は熱狂そのもの。

   
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台湾の選挙はヒートアップするとは聞いていたが、まさに言葉の通り。
   

群衆の中に分け入り、自分の体を熱気の渦に委ねてしまうと、関係ないはずの自分までが酔っ払ったような錯覚に陥ってしまう。

   
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陶酔状態の演説者の張り上げる叫びに呼応して、360度から湧き上がってくるつんざくようなどよめきとラッパの音で鼓膜が破れそうだ。
   

いま群衆の中で何が起こっても身動きが取れない危険な状態・・・。

   
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もうこのまま永遠に続いてしまうのではないかと思われるほどの自我喪失感に浸っていたが、怒涛のような人の流れに身を任せて大群衆の塊の中から押し出されると、途端に正気に戻ってホッとする。

   

冷静になって観察すると、周囲は意外に縁日気分。
   
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陣営のロゴの入ったTシャツやベスト、帽子などを売る輩もいる

     

そう、日本でもあちこちにあるような興奮と緊張感を引き起こすお祭りと同じなのだった。

   
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馬候補グッズも売れている・・・

     
調子に乗って与党民進党側の拠点にも足を運んだが、どうも野党国民党のほうが圧倒的な勢いがあった。

     

昼間街頭を歩くと与野党双方のスローガンやポスターが目に付く。

     
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与党候補ののぼりも目に付く
   

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「2億人もの中国人労働者が入ってきて、あなたは心配ないのですか?」        ― 与党民進党のスローガン
     
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独立色、政治色で逆転勝利を狙う与党民進党のスローガン
         
    

台湾を守れ、大陸に飲み込まれるなと主張する緑を基調カラーとする与党に対し、改革と開放こそが低迷する経済を打破する唯一のチャンスだと訴える青が基調カラーの野党国民党。

   
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停滞する台湾経済の改革を訴える野党国民党のスローガン

   
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いつの間にか国民党は改革政党、反腐敗・汚職追及政党に変わっている。

   
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アジアはどこの国も権力者の腐敗に頭を痛めている

       
8年にわたる野党だから当たり前の主張だろうが、かつてのイメージが残る僕の頭の中は混乱してしまう。

     

昨年末韓国で、続いてアメリカ大統領の予備選挙。
   

そして台湾の総統選とまさに選挙イヤーだが、海外の二大政党制は主張が明確に対立しているからわかりやすいし、またヒートアップすることで政治への関心がいやでも高まる

     
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テレビを見ていても、トーク番組はどこも興奮バトル状態だし、候補者のコマーシャルは危機を訴える激しいものもあれば、相手陣営を徹底的にこき下ろすネガティブキャンペーンも日本では考えられないほど物凄い。

      
一方わが国の政治と言えば、
理性的ともいえなくはないが、政党の哲学が曖昧で争点が見えにくいから十分に機能していないような気がする。
  

もっとも国民性がそうさせているのかもしれない。

    

ビジネスの現場でも問題が起こると、ハッキリと持論を主張し議論するのではなく、根回しで妥協点を見つけるか、もしくは腹に一物を抱えながらグッとこらえ、男は黙って・・・という美学があるから表面的に対立する事は少ない。

      
台湾の歴史が大きく変わる現場に身を置いてみて、言葉に言い尽くせない「時、地、人」のもつ異様なを同体験のライブで感じ取った。

   

吸い取ったこの歴史的変節の大いなる気を僕はどこで放電しようか?

      

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これから台湾はどこへ向かうのか・・・

        

アジアを感じる(その2)

(前回から続く)
     
アユタヤの農村を訪ね、農村でのゆっくりと時の流れるような生活ぶりに接し、アジア共通の文化と自然との共生に心和ませる一方で、これからこの土地にも荒波が押し寄せてくるかも知れないという肌寒い予感も感じた。

   
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タイはアセアンの統合が進めば進むほどその地位を確固なものにするため、世界中からの投資を呼び込むことに注力している。

   
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バンコクの街

    

特に自動車産業に対して積極的で、日本の自動車メーカーは勢ぞろいした上に、世界中の関連企業が集積し「東洋のデトロイト」になるべく国家戦略をすすめている。

    
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バンコク郊外の自動車ディーラー
  
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そのために貿易投資の制度改革を進め、世界各国とFTA・EPAなど二国間の自由貿易の協定を結んでいる。
    
    
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以前は道路事情が原因の渋滞も、今は明らかに台数増加が
      

農業大国である中国やオーストラリアともFTAを結んでおり、ますます近代化・工業化が進展しているようだ。
   
経済的な豊かさや利便性を求める気持ちは、どこの国だって同じ。

   
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高層ビルが林立するバンコク

   

その結果、今タイの柑橘類は海外からの輸入が増大し、壊滅的な打撃を受けていると聞いた。

    
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アユタヤの生産者から頂いたタイミカン
   
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同時に海外からタイ産農産物の買い付けも増え、特にユーロ高を背景にヨーロッパ勢や中国、ロシアなど新興発展国からの比較高額・大量の引き合いも多くなったという。

   

これまで日本向けに輸出していたタイのサプライヤーも、最近は日本側の品質に対する要求が尋常ではないほどの厳しさになっており、価格は安く、注文数量ロットも少ないという三重苦で、しかも日本国内では国産はホンモノ、海外産はすべて偽モノという排他的な意識が蔓延していると映り、今後急速に輸出マインドが下がるだろうと、むしろ今後の日本の食糧はどうなるのか心配だとすら漏らしていた。

    
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日本に向けて輸出する機会がドンドン減ってゆく・・・

      

私たちは輸入が減れば自給率が上がるからいい、と単純に喜べるだろうか?
     

そうなると、日本の生産者とスピード感を持って取り組まなければならない課題はあまりにも多い。
    

タイ・アセアン諸国の経済もいよいよ日本に追いつけと、その背中が見えるところまで来たようだが、おそらく農村ではかつての日本と同じ状況が待っているのかもしれない。

   
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アユタヤの畑
    

昨年、コメの輸出量世界一のこのタイが、輸出に制限を加えると発表した。
    

資源保護、価格維持など自国民の食を守る動きが輸出国にも広がっているのだろうか。
   

経済のグローバル化が進みゆく中で、資源ナショナリズムの台頭を恐れる。

   

私は、グローバル化が進むからこそむしろアジアの農業者や専門家たちが団結して、膨張したマネー金融至上主義の修正に立ち上がる時が来るだろうと予測している。

    

21世紀の新しい社会の枠組みや次世代の生き方・思想は、一次産業や環境視点から形成されると信じているからでもある。

  
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今、地産地消とか輸出促進といっているが、まだまだ日本の農業者にはアジアを舞台にそのリーダーとしてもっと大きな使命と可能性が潜んでいるに違いないと訴えたい。

    

偏向情報、感情論だけを根拠に、内向きの議論ばかりしていては正しい判断が出来なくなることを私たちは歴史的に体験しているはず。
   

         
過去の延長でしか将来の動向を読まなくなると、必ず悲観論・攘夷論になる。

    
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視察先で、レモングラスティーを振舞ってくれた。
あつあつのお茶を氷を張ったコップに注いでくれる。
   
その甘い香りと優しいいたわりの情に心が洗われる。
農業生産者の暖かさはアジア共通の財産・・・

    
    
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自然と共に生きるタイ農村の姿も変わっていくのか
     

その意味で「39」や「40」という数字が一体どんな意味を持つのか、私はいま再考させられている。

   
     

海外を観ることによって、日本の持つ財産を再認識し、将来の可能性の姿が見えてくることもある。

    

ベトナムスピード(その2)

         
(前回から続く)         

ホーチミン市の中心街はもとより、
郊外に出るとさらに変化の動きが明らかになる。

     

いたるところで造成工事が行なわれていて、
オフィスビルや高級マンション、戸建て住宅が次々と建設中だ。

    
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同時に道路が新たに敷設されていたり
社会インフラの整備もすすんでいるようだ。

    
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国道沿いには、建設機械の販売かリースだろうか、ディーラーがあちこちにあり、建機需要が旺盛なことを知る。

   
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去年、証券会社を訪れた時は、
朝から株価のボードに釘付けの人たちでごった返している情景を目の当たりにして驚いた。

   
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朝9時の証券会社のボード前はベトナム個人投資家でイッパイ
     
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今度は不動産も動き出している。
    
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中国と同様、所有権と使用権が分離しているが、
海外からの投資、製造業の進出が一巡しないうちから過熱するのだろうか?

    
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建材を満載したトラックを頻繁に見かける

      
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都市周辺部は大型貨物車などで慢性的な渋滞だ

      
    

中国以上にショートカットすることが起こりうるのかどうか、今後の動きから目が離せない。

      

ベトナムスピード(その1)

      

約一年ぶりにベトナム・ホーチミンを訪れた。

           
飛行機を降り立った途端、いつもと勝手が違う

      
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そう、タンソンニャット国際空港の新ターミナルビルが9月に完成したばかりだったのだ。

      
     

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ホーチミン・タンソンニャット国際空港のスポット    

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去年、ついバンコク新空港がオープンしたことに驚いたが、今度はベトナムか・・・。

     
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もうアジアの空港はどこも近代化、大型化され、区別がつかない。

        
昔の空港ビルが懐かしく少し寂しい気もするが、世の中は常に変化するもの

     

ホーチミン14年在住のパートナー氏に聞けば、ベトナム統一後32年間の変化より、この一年の変化の方が明らかに大きいと言う。

      

街の様子も、仕組みも、社会も、人の心もあらゆる面で。

       
     

市内のソフトウエアの会社を訪れた。
      

委託、オフショア、開発、人材確保・育成等あらゆるフェーズで日本との結びつきが強まり、事業は急拡大中。

    
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手狭になったオフィスを引き払い、一流インテリジェンスビルへの移転を決めているのだが、応募が殺到して通知待ちなのだという。

      

ベトナム国内でも製造、流通、物流など社会基盤システムが大変化するたびに、ソフトウエアの大規模ニーズが発生しているようだ。

      

ほかにも金融、食品、農業など様々なビジネスの局面でもベトナムの急成長、大変化が起こっている事を実感することになった。

      

去年行ったから知っている、などと今のベトナム事情を軽々しく語ることなどとても出来ない初日から思い知らされた。
                               
(次回に続く)

       
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タイ・ショック(その2)

        
(先回から続く)

タイで観光と言えば、もうひとつビックリしたことがある。

            
昨年9月、タイ・バンコクの新国際空港であるスワンナプーム空港の開港直後に訪れた時のこと。

            
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バンコク新国際空港
   
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免税店フロアのコンコースにオープンな寿司バーやカウンタバーがあってビックリした
    
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1997年の香港新空港開港時に苦い体験をしていたので、初めてのこの空港でも預けた荷物がチャンと出てくるだろうか?などと、ターンテーブルのところで心配しながら待っていたら、何やら聞き覚えのある外国語がガヤガヤと聞こえてきた。とにかく大勢の団体さんだ。
     

ロシア語に間違いないッ!

   
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なぜ解るのかと言うと、
そのつい数日前までウラジオストクに行っていたから。

    
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ウラジオストクの街
      
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て、再びバンコクの空港。

彼らは体格もいいし、きっとロシア人に違いない・・・。

   
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とにかく声も大きく、元気がいい。

   
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しかも若い人、年配、男性も女性も家族連れもおり、みな開放感に満ち溢れていてとにかく楽しそうだ。

    

ロシア経済の好調さはこんなところにも現れているのか? と感じ入ることしきりだった。

    

なかでもモスクワ経済が一人勝ちだと聞いているから、きっとこの人たちはモスクワから来たんだ、と思っていた。

       
しかし、後日、ウラジオストクで面識を得た政府機関の方と再会した時、バンコクでの一件について話したところ、それはウラジオストクの人である可能性が高い、と言うのだ。

      

ウラジオストクとバンコクを結ぶ定期航空路線が開通したとのことで、景気好調を背景にウラジオではちょっとしたタイ観光ブームになっているとのこと。

      
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バンコクを訪れる多くの欧米系の観光客の中にロシア人もきっといる・・・

       

寒いところの人は温かい場所で過ごすことを好むのだろう。

    

逆に年中暖かい東南アジアの人たちは雪や温泉のある観光地を好むようだ。

      
そういえば、ウラジオストクでは買い物をする時、値段を見ないで高級品を買う階層が人口の5~6%程度いるとの調査結果があると現地で聞いたことを思い出した。
       
      
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ウラジオストクの高級スーパーにて

   
いまや日本の自動車をはじめ、様々なメーカーや物流企業がロシアに進出しているという。

     
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中国、インド、そしてロシアという人口大国の一般庶民が豊かになるということは、いったい私たちに何をもたらすのだろうか?

     
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ウラジオストクのメインストリート

        

高齢化も日本にすぐに追いつく!?

        
上海市人民政府(市役所)の福祉政策主管部門を訪ねた。
       

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珍しく上海で晴天に出会った

            

今後の日中間の福祉分野での協力関係について情報交換、意見交換を行なった。

           

政府担当者の話によると、05年の上海市の60歳以上の高齢者の割合は約20%弱だという。

       
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                            早朝の公園にて

            

日本の統計は65歳以上だから単純比較できないが、上海の高齢者比率は決して小さくない

        

今後、2020年までに35%くらいまで増加していくと予測されている。

    
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上海ではもう少子高齢化は始まっているのだ。

         

もっとも、上海では長期にわたる好景気で、若い人を中心とする流入人口が小さくないし、中心市街地だけを見れば活気ある若者の街という印象を持つのだが、実際の戸籍で政策を運営する政府にとっては、次第に頭の痛い問題になってくるだろう。

    
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紙には「怒るな、機嫌よく」と書いてある

            

現に、今の第11次五カ年計画では、経済過熱、環境汚染が克服すべき問題に据えられているが、次の五カ年計画では、間違いなく人口バランス、高齢化問題も取り上げられるはずだ。

     

    
それでも数年前、一部緩和された一人っ子政策も、最近維持強化の方向へ向かっているといわれるし、経済的理由、生活の豊かさを求めて、日本のように晩婚化、非婚化、望んだ少子化やノーキッズなどの状況が上海でもすすんでいるから、5年後10年後はやはり懸念されるテーマである。

       
    
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老人と子供
     
     

近い将来、中国で少子化が顕著になる時は、どんな事が起こるのだろうか?

    

上海市政府も高齢者福祉、障害者福祉、保険制度ほか少子高齢化に向けた対応について、今から対応を進めている。

      

情報交換・政策交流の面でも“少子高齢化先進国 ― 日本”への期待は大きい。

   
ビジネスチャンスかも・・・。

     
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また、「ニッポンを売る!」視点で観ると、対象国・対象地域の社会問題についても情報を収集しておくことは重要だ。

    

すでに台湾をはじめ東南アジアなど主要地域・都市の社会事情についても様々な特徴が見えてきている。

      
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上海の路上にて

      

例えば、   

今、日本食品を支持している年代や階層はどうなっているのか?
             
また10年後はどのように変化していくのだろうか?

      
など、思考を縦・横・時系列に広げていく事が求められる。

         

日本商品輸出の長期戦略を練る上でも、単なる実践マーケティング活動だけでなく、いろいろな「切り口」で捉えていく事が大切ではなかろうか。

    
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新旧の建物のコントラスト

     

    
まさか、将来中国は、石油・食糧のように世界中から移民、労働者の大量輸入を始める時代がやってくるなんて考えるのは早計だろうな。
      

しかし、エンジニアや優秀な経営者など高度人材は、もうドンドン世界中から引き寄せている

     
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上海カニ料理の名店 -王宝和酒家

          
                   

好き嫌いを越えて、海外事情に対して冷静に見ておくことが重要だ。

    
      

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インドシナへの冒険行

   

ベトナムカンボジアを訪ねた。

          

ベトナムは1991年以来15年ぶりの訪問
カンボジアは初めてだ。

          

人件費上昇、規制強化、反日運動など新たな要因が台頭している中国のリスク回避先として、タイやマレーシアなどと並び、日本のビジネスマンからもにわかに注目されている地域だ。

             

チャイナプラス・ワン戦略などと呼ばれている。
        

      
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伝統から成長路線への過渡期を思わせる・・・

       

今回は、最新の経済事情把握と金融ビジネスの視察が目的だが、
実はインドシナ内陸部への冒険の旅。 

      

今回の行程の最大の呼び物は、
ベトナムホーチミン市から国際バスに乗って国境を越え
カンボジアの首都プノンペンに向かうというもので
期待と不安が交錯するスケジュールだ。

         
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プノンペンの王宮前広場にて

      
プノンペンでは日本の製造業最前線に触れ、また農水産物市場の予想以上の活気を体験した。

         
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また戦後アジア史に刻まれるカンボジアの悲劇の現場にも足を踏み入れ、観光資源としての未整備ゆえの生々しい光景にショックを受けた。

     

続いてプノンペンから飛行機でシェムリアップへ。
あの世界遺産アンコールワットをじかに手に触れ、足に感じ、空気を我が物にしてきた。

           
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日の出直前のアンコールワット

   
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神秘的なアンコールトム

    

       

行程の後半はベトナム・ホーチミン市に5日間滞在して
躍進するインドシナの拠点にどっぷりと浸ってきた。

 
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もちろんホーチミン最大の食品スーパーも探訪

         

そのほんの一端をこれから時折、本ブログで紹介していこうと思う。

        

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氷を融かす旅

    
中国の温家宝首相が来日した。

12日の国会での演説でも

「我希望我的這次訪問能成為一次“融氷之旅”」

(今回の訪日が、氷をとかす旅になることを願っています)

と発言した。

       

漢字の国らしい表現で、私たち日本人にも非常に分かりやすいフレーズだ。

      

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上下の写真は、2004年に橋本訪中団に団員として参加し、北京・人民大会堂で接見したとき撮影したものである。

    
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とても親しみやすく、飾らない理知的な印象だった。

      
    
温首相が今回の訪日前に北京でNHK記者のインタビューに答えて(新華網記事による)

「もし、昨年の安倍首相の訪中が氷を割る旅(破氷之旅)だとすれば、4月の私の訪日はその氷をとかす旅となることを願っている」
    

という発言に続いている。

  

氷と言えば、この5年間ほどの政治セクターの冷めた関係のことを指すのは周知の事実。
    

日本国民の対中感情も大きく変わった。

      
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北京の街角で

      

しかし、今回の両国首相の相互訪問で、日中関係も新たな展開に移ひとつの契機になることは間違いない。

     

そのひとつの成果として、正式に日本米の中国向け輸出が今夏にも復活することになった。

  

もっとも、戦略的互恵関係と言うくらいだから、当然、わが国も何らかの門戸を開けるはず。

     

冷めても問題だが、熱くなるとまた摩擦も起こすはずだから、気が休まることはない。

   

でもこれは隣国としてはむしろ当たり前のこと。

  

氷が融けるといろいろな事も起こってくるのもまた道理。

    

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日中間の氷が融けるのを待っているビジネスマンも多い

    

チャンスの側面にも目を注ぎたい。

     

私が中国にかかわった30年の間にも日中関係は何度も大きく揺れた

  

中国の格言にもあるが、「人間万事、塞翁が馬」。

   

「人間」とは正しくは「じんかん」と読み、中国語では世の中、世間と言う意味だ。
   
にんげんという意味はない。
    
   
ちなみに中国では「塞翁失馬」と使う。

    
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現代の名馬? 上海・南京路にて

     

とかくこの世の禍福は、万事、あざなえる縄のごとし」という感じだろうか。

         
いちいち必要以上に一喜一憂することの無意味さを私は体感している。

        
    
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この読者の皆さんは、中国に対して好き・嫌い、友好・不信の想いもあると思うが、私は一応、この国を含めたアジアを舞台にビジネス支援をする仕事人として、中国の事はもちろん嫌いではないが、好きだ、骨まで愛してるという感情なども特段ない

   
淡々とした想いで臨んでいる。 

    

中国ビジネスにかかわって2年目の24歳の時にこれを自覚した。

    

    
物事は常に変性流転し、相対的である。無為自然で臨め」とは、
20年前、私の中国人の老師匠にコンコンと諭された処世訓だ。

    
     
Dsc02479 江蘇省で

     

彼は戦前戦後、そして文革、改革開放をたくましく生き抜いていったネアカな鉄人である。

      
中国も中国人も奥が深い。
     

いつまでも果てることなく興味が湧く。

       

ウラジオストクの露天市場にて

       
極東ロシアでも、こんなに物資が豊富だったのかッ!

    
     

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海外で初めて訪れる街の場合、
必ず足を向けるのが地元の食材などを扱う庶民の市場を見学することにしている人は結構多いのではないだろうか。

    

かくいう私も必ず市場に足を運ぶ。

どんなにタイトな日程でも、隙間時間を狙って。

    

ウラジオストクを訪れた時も、無理に手配をお願いして、数箇所の青空市場や近代スーパーマーケットなどを視察することができた。

     

    
沿海州政府前の広場でも、ちょうどこの日は青空市場が開かれており、多くの買い物客で賑わっていた。

     

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馬鈴薯やタマネギやビーツ(砂糖大根・赤甜菜)などの根菜類も豊富で、葉野菜や菌茸(キノコ)類、果物もとても種類が多い。

   
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最近、中国からかなりの量の農産物が輸入されているということで、ますます種類も充実しているということだ。

  

Dsc_8764パッケージを見れば中国産らしいことが判る

    

中国東北部の吉林省や黒龍江省、遼寧省などから生鮮野菜類が流通しているようだ。

    
Dsc_1409 瓜やスイカなども中国産なのだろう   

    

これにより、ウラジオストクの市民は急にいろいろな種類の農産物や食品、雑貨を手にすることが出来るようだ。

   

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しかし、ウラジオストク日本センターの所長さんの話では、

2005年11月に吉林省の化学工場で爆発事故が起こり、大量のベンゼンが松花江からアムール川に流れ込んだ。

ハバロフスク市が緊急事態宣言を発令し、付近一帯が大パニックになった事件をきっかけに、中国産農産物の安全性についても、ネガティブな情報が市民の間で飛び交うようになり、富裕層を中心に少々高額でも安全な食品を手に入れようとする傾向が続いているという。

   

安全といえば、日本産では・・・。

   

Dsc_8706ロシアでも口コミは重要な情報交換の場

    

それにしても、市場を散策してみると、青果物のほかにも、名産の蜂蜜や水産物、肉類、木の実などもたくさん出回っており、市民の豊かな生活をうかがい知ることが出来る。

  
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この赤い実はなんだろう?ジュースで飲んだがとても美味しかった

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ヒマワリの花? どう使うんだろうか。
    

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ウラジオの特産と言われるハチミツ

   
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とにかく種類が豊富      

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訪問先でも、極東ロシア最大の日本食品輸入商社や関連企業と面談し、最新の食品流通事情を知り、多くの情報を集めることが出来た。

   
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インスタント食品や製菓、調味料など、日本ブランドの食品も売られている

    

そして、新潟、青森、秋田、島根など日本各地の農産物もロシアに向けて輸出にチャレンジしているところがいくつもあることも知って、期待に胸が沸いた。

      

一定比率の高額所得者を中心に需要が起こり始めているのだという。

   
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もうすぐ日本産も・・・
     
      

もともと親日的で、船員の多くが日本の港に寄港しており、自動車や電気製品など日本ブランドの価値を多くの市民が認知していることも、チャンスの背景にあるかも知れない。
    

     
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こんなレベルの商品の横に、もし日本のブドウやモモを並べたら・・・

    

市場を歩き、現地在住の方のお話を注意深く聞いていると、本当に多くの情報を得ることができる。

     

   
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ソ連時代の残り香が・・・

    
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<(画像はいずれも昨年9月に撮影)